「君の瞳に乾杯」
「君の瞳に乾杯」
琥太郎は、汗を拭い水筒の水を飲んだ。
キャトルは、小さなお墓に手を合わせている。
お墓は、亡くなった子供のモノだろう。
遺体は、この丘で発見された。
丘からは、屋敷の方まで見てとれる。
陽もだいぶ傾いてきた。
明るいうちに村には着きたい。
帰りの時間から、出立の時間を考えていると、キャトルがこちらへ来る。
弔いは終わったようだ。
「いいのか?」
「うん。今度、お花を持ってまた来るよ。」
心なしか、耳が垂れるのが見える。
キャトルを視るにはまず、耳から。
彼女の機微に合わせて、ひょこひょこ動く耳を触りたい衝動を堪えるのは難しい。
「んで? 何か進展は?」
息を整えるので精一杯でした。
とは言えない俺は
辺りを見る。
「見ろ、不自然に禿げた地面を、あれは巨大な生き物が根城にしている跡だ。」
「ああ、あれ。
あれは、昔、アスビーと一緒に遊んでるときに倒した、バジリスクの跡だね。」
バジリスクの血を浴びた大地は向こう100年草木が生えないという。
「見ろ、あの蜘蛛。
ここらじゃ見ない種類だ。怪しいな。
きっと、怪奇に誘われてここらに紛れ込んだのだろう。」
「あれは、奥様方の間で、ペットとして流行ってるポイズンタランチュラの子供だね。
誰か、増えすぎた子供を棄てたのかな。もー・・・」
そういい、タランチュラの子供に、おいで、おいでとしているキャトル。
何だその、禍禍しい種のペットは、
近所の若妻たちへのセクハラは、ホドホドにしておこう。
「あの空・・・綺麗な夕暮れだ。」
「琥太郎・・・何もないなら、いいんだよ。」
可哀相な目で、俺を見るキャトル。
冷静になれ琥太郎。
「そもそも、今はまだ昼だろう。
俺の話した通りの奴ならば、
昼間、人里で餌を探してるに違いない。
ならば、暗くなって根城に戻ってくるのを待つべきではないか?」
「え? ・・・うん、それもそうか・・・」
冷静に振る舞おうと、とりあえず時間稼ぎにはしる琥太郎。
ヤバい、これ墓穴掘った。
明るいうちに帰りたいと思っていたのに!
キャトルは、耳を弄りながら、思案している。
「じゃあ、もう少し散策しながら、暗くなるのを待とうか。ここらの魔物の調査もしたかったし。」
「そうだな、それで問題なかろう。」
問題おおありだ!
しかし、今さら、怖いからやっぱ帰ろうとも言えない。
どうする?
頭が痛いから、帰ろう。
お腹が痛いから、帰ろう。
持病の椎間板ヘルニアが・・・!
いや、医学知識のないキャトルには、通じないか。
「どうしたの、琥太郎。お腹空いた?
近くのコカトリスでも狩ってこようか?」
エルフ族にとって森のなかは、自分達のテリトリーである。
そんなキャトルには、朝だろうが、夜だろうが森に対しての恐れなどない。
いくら、逃げ道を探しても無駄か。
どっちみち目的への最短ルートは、"女"と遭遇することだ。
話せる相手ならば、問題ない。
話せぬ怪物であっても、キャトルも居るし問題なかろう。
琥太郎の最大の武器はハッタリだ。
この口調も、落ち着きはらった態度も
全て、その為だ。
闘わずして勝つ。
自らが動かずして勝つ。
俺たちが今から会うのは子供を襲うと言う"八尺様"であるはずだ。
日本ではまだ、成人していない琥太郎だが、
この世界での成人は、男女ともに16歳。
ならば、何も恐れぬことはない。
琥太郎は、コッソリと決心した。
「じゃあ、アタシは晩ごはん狩ってくるから。
琥太郎は、薪でも集めといて。」
「任された。気をつけて行ってこいよ。」
キャトルは、先程掴まえた、ポイズンタランチュラの子供を肩に載せ、弓を片手に森へ消えていった。
おじいちゃんは薪を集めに、おばあちゃんは山にコカトリスを狩りに・・・とんだ噺が始まりそうだ・・・
遅い。
キャトルが、一狩り行ってから小一時間は経つ。
太陽は沈みかけ、辺りを闇が染めだす。
火をおこし、手持ち無沙汰になった琥太郎は、適当な材木を集めてウッドチェアを2つ作り。
まだ、戻る気配のないキャトルを心配しながら
ウッドテーブルを作ろうと材料を探していた。
アスビーに教えられた異世界知識では、バジリスクの死に跡に
生き物は近寄らないらしい。
なので、琥太郎は、バジリスクの墓場となった禿げた大地に火をおこし拠点としていた。
幸い魔物が近寄ることもなく。
テーブルに適した材料を拠点に集め、キャトルの帰りを待つ。
「・・・少し寝よう。」
無駄に色々作りすぎた、琥太郎の身体を疲労感が襲う。
魔物もいないし、
キャトルが来たら起こしてくれるだろう。
なんとも、楽観的な男は
夜の帳が閉じ出している森の丘で眠りに着いた。
魔物を警戒するあまり、本来の目的を忘れつつある男の耳には、
引き摺る音が、近づいていることに気づきもせず。
ズルッ、ズルッ、ズルッ、ズルッ。
ズルッ。ズルッ、ズルッ、ズルッ。
アスビーの屋敷。
ヨミと他愛ない話をした、アスビーは、ヨミに連れられ、
屋敷へ戻ってきていた。
もう、夜だというのに琥太郎もキャトルも帰ってきていない。
落ち着きのないアスビーは、庭の木にもたれ掛かり
ポケットから、こっそり買いだめていたタバコを取りだし火をつけた。
ヨミは何を考えてる。
タバコを加えながら、アスビーは考えの読めぬ主をジロリと見る。
ヨミは、ノーチラスを撫で、好物のフクロウを与えていた。
ノーチラスは、それを大きな口を拡げ美味しそうに食べる。
バリバリと音と共に、ホーッ!
とフクロウの断末魔が聞こえる。
「たーんと、お食べや。ノーチラス。よく食べる子は、立派に育つよー。」
「・・・」
「ええ子やなぁ。主に似て、食欲に忠実やなぁ。」
「・・・ヨミ。」
「なんや? アスビーの分もあるえ。」
と言うと、ヨミは持っていた袋の中から、
フクロウを取り出す。
フクロウは暴れているが、ヨミが一睨みすると、観念して身を震わせている。
あの袋はなんだ?
なんで、小さな袋から
身の丈2メートルはあるフクロウが出てくる?
「私は食べぬぞ。」
「好き嫌いすると、育たへんよー。」
チラリとアスビーの胸もとを見る。
生のフクロウを食べればヨミみたいになるのか?
ヨミの豊満な胸をみて、
そんなことを考えるアスビー。
「・・・ヨミ。」
「そんな、何度も呼ばんでも。わかっとるよ。
もう少し待ちい。
そやなぁ。
西の空を仰げば煙たつ。
東の路には人来たれり。」
「どういうことだ・・・?」
同時にアスビーが、異変に気づく。
何者かが柵を越えて、庭に入ってきた。
ノーチラス用に高さ、4メートルほどある柵をひと飛びする者。
魔物か?
アスビーは、牽制のため、魔力を貯めて音のする方を見る。
ズルッ、ズルッ、ズルッ。
何か巨大なモノを引き摺る音。
この音・・・
先程のヨミの話しの怪奇と類似する。
アスビーは、加えたタバコを捨て。
近づく音の方へ牽制に雷を放つ。
引きずる音は、止み。
何者かが、こちらに駆け出してくる。
速い。
が、遅い!
アスビーは、2発目を放とうと力を込めたと同時に音の主が、見える。
「あれ? アスビー? 何でこんなとこいるの?」
「それは、こっちの台詞だ。キャトル、帰ってくるなら門から入れ、危うくエルフの丸焼きをノーチラスにやることになっていたぞ。」
「いや、それはないよ。アスビー。その前に、領主の活作りの出来上がりだよ。」
何をそんなに、張り合うのか。
キャトルは、狩りとった、コカトリスの首を携えている。
後ろには丸々肥ったコカトリスの、首なし死体が2つ転がっていた。
さっきの引きずる音は、これか。
二人のやり取りを面白そうに眺めていたヨミが歩いてくる。
「相変わらず、活発やなぁ。」
「あ! ヨミ! 何でこんなところに?」
キャトルは、辺りを見渡して、此所が屋敷の庭であることに気づく。
「はえ? 何でアタシ、帰ってきてんの?」
「知らん。 それより、琥太郎はどうした? お前と一緒ではないのか?」
「いや、一緒だったんだけど・・・。道を間違った? でも、そんな・・・」
キャトルが混乱するのも無理はない。
エルフであり、幼い頃からここらの森を遊び場にしていた、自分が道を間違えるはずがない。
そんな、キャトルの混乱汲み取った、アスビーも、同じく頭を悩ませる。
「ほうら、来よったで。」
「なに?」
「キャトルは、弾き出されたんやなぁ。大人やし。」
「どゆこと?」
「良かったなぁ、アスビー。あの小僧が見事に掴まえたよぅ、今回の怪奇を。」
「なんだと?」
「キャトルちゃんの方向感覚を狂わせる、なかなかの力を持ったやっちゃのう。」
「え!? じゃあ、もしかして・・・」
「そう、言ったやろアスビー。待ってれば向こうから来よるって。
あの山は、恐らく"あれ"の縄張りなんやろなぁ。小僧とキャトルちゃんが、その中心に入り込んだ。今までも、そうやって紛れ込んだ子供を餌にしとったのやもしれんなぁ。」
「でも、琥太郎は、もう19だよ。なんで、琥太郎だけ?」
「知らんかったかえ? うちや、小僧の世界では、20から大人と呼ばれるんやで。」
ヨミが言い終わる前に、アスビーは、駆け出し、ノーチラスの背に股がる。
キャトルの持ってきたコカトリスを食べ終わったノーチラスは、グルルと、雄叫び。
飼い主に従う。
「キャトル、騎士の詰所へ行け。」
「私も行くよ!」
「それは、無理やで。キャトルちゃんは、弾かれたんや。
普通に行ってもまた、ここに戻されるだけや。」
キャトルは、自分の軽率さに唇を噛む。
なんで、琥太郎と別れてしまったんだろう。
あたしが、守ってあげなくちゃいけなかったのに。
そんな、キャトルの様を見るアスビー。
「キャトル。」
「アタシが、離れなければ・・・」
「キャトル!」
キャトルを、一喝するアスビー。
「お前は騎士だろう。私に仕え、私を守る。」
「・・・」
「私の騎士は、過ぎたことに、クヨクヨして救える命を取りこぼす阿呆ではない。
私の騎士は、しくじっても兎に角、走り回って走り回って、がむしゃらに挫けない。そんな奴だ。」
ヨミは、袋の中から、巨大な槍を抜き、アスビーに投げる。
アスビーはそれを掴む。
キャトルは、それを見て、アスビーの顔を一瞥すると、駆け出した。
「相変わらず、優しい娘やなぁ。」
「ヨミ。お前は着いてこい。道を空けれるだろう?」
「はいはい、勿論やでー。」
詠みどおり事が進み、満足気なヨミにアスビーは、
「それと、ヨミ。
今度、私の従者の命を危機に晒したら、
殺すぞ。」
強烈な怒気を孕んだ言葉を浴びせるアスビー。
それに臆せず、怪しく頬笑むヨミ。
「ほんま、優しい娘やな。
大丈夫、そこまで詠めとるからな・・・
それに、こんぐらい死ぬくらいの小僧なんて、いらないやろ・・・そんな、怒らんといてやぁ、アスビー。
確かにあの小僧は嫌いやけど、
期待はしてるんやで。
きっと役立ってくれるってなぁ。」
ヨミの態度は、前々から気に食わないが、今はそんなやり取り不毛だ。
アスビーは、投げられた槍を握り直し、ノーチラスの手綱を握る。
「それで、ヨミ。
琥太郎は、どこにいる?」
ヨミは、そんな事を真剣に聞くアスビーにおもわず噴き出す。
「ほんま、アスビーたちは飽きひんわぁ。
案内するから着いてきぃ。」
空へ羽ばたくノーチラスを股がるアスビーを、
尻目にヨミも飛び立った。
スーパーヨミさん。