「ディセント」
「ディセント」
安楽島琥太郎は夢を見ました。
たぶん。
夢ってものをこの世界に来てから一度も見ていなかったから、
もしかしたら、住んでる世界が変われば夢という、1番人間の人間の心理状況によっての現象にも変化があるのかと思って、それで夢は見れないと思っていた、というより何となく感じていただけなんだが。
たぶん、何だかんだ夢を見ている余裕もなかったのかもしれない。
今もないけど。
夢見がちという言葉もあるけど、知っての通り、俺は夢見がちな男だった。
うん、綺麗に言ったけど、現実逃避だ。
退屈、退屈、現実は退屈だ。
何かワクワクする、非現実的な。正に今置かれてる境遇のように。
夢でもいいから見ないかなぁ。と夢に夢見がちだった。
正夢とか御呼びじゃない。たった19年そこそこで、達観した風な俺は、ずっとリアルの再現なんて御呼びじゃなかった。
ああ、でもこれ良い夢な気がする。
何でって?
だって隣に美人が寝てるから。
寝てるという表現は違うか。
顔を覗かれている。
誰かはわからない、もしかして天使?
もしかして、俺は死んでしまったのかも。
何で?
それは、さっきの。
さっきの衝撃で。
何の?
竜の息吹ってやつか。
あれ?
何か大事なこと。モノを手放してしまった気がする。
とてもとても大事なモノを。
「ああ、意識が戻ってきたのね。僕は非常に残念に思うよ。ほんとだよ。」
美しい濡羽色の黒髪の美女。
僕っ子だ。
ほんとにいるんだ。
キャメロン・ディアスみたいな体型の美人が僕っ子なんて、それだけでインパクトある人だ。
「今回はサービスだよ。○○のよしみってやつよ。うそうそ、一応護ってくれたことへのささやかな恩返しってところかな。ほんとだよ。」
肝心なところが聞こえなかった気がするが、悪いようにはしないと言うなら別にいいか。
「琥太郎くん。僕は本当に君に興味があるよ。
不思議だね。力も魔力もてんで、強くない。むしろ貧弱とも言っていいのに、どうしてだろうね。あの"魔皇"が君を頼るのは何でだろうね。不思議だね。不思議だね。」
うーん、何か素直に褒められているようにも聞こえるなぁ。
馬鹿にされてる気もするけど。
うん、夢なのだから仕方ないか、考えてもどうせ覚めたら忘れてる。
夢なのだから忘れてる。
俺に夢を見せている夢の精なんだ彼女は、きっと。
では。
俺は彼女の右胸を鷲掴みした。
「きゃ!」
おお、可愛い反応だ。
「流石、夢だ。俺の理想の恥じらいをしてくれる。」
「夢? 夢だと思うの?」
ん? 何かおかしい。
先程まで頭にかかっていた靄が覚めていくようだ。
あれ、そういえば手に掴んだサイズも一回り、二回り小さいような。
「ん? 心なしか小さく感じるな。全盛期のキャメロン・ディアスのように思えたのに。」
「ぶちっ!」
血管が切れたような音がする。
その音が靄を完全に取っ払い。
「お、キャトル。おはよう。」
「・・・・・・おはようじゃ・・・なぃ!」
吹っ飛ばされた、文字通り。俺の身体はフワフワのベッドから窓を突き破り、今まで寝ていたであろう家屋を飛び出し土の地面に叩きつけられた。
「意識が戻ったと思ったら、これか! 琥太郎! あんたはやっぱり、あんたは!」
「落ち着いてください! 落ち着いてください!」
追撃のために剣を抜こうとするキャトルの肩を必死に押さえるサイ。
「うーん、まったく乱暴な起こし肩だなぁ、キャトル。もっと優しく、頬にチュっとするくらいしないと俺は気持ちよく目覚めないぞ。」
「気持ちよく目覚めなくていい! あんたは、一生寝てなさい!」
「ダメです! ダメです! 落ち着いてください! やっと、目を覚ましたんですから!」
身をなげうってキャトルにしがみつくサイが微笑ましく可愛らしいと思う、ん?
やっと?
そこで、琥太郎は自分の身体を見る。
ミイラ人間とまでは行かないが、身体中に包帯がグルグルと巻かれているのにやっと気づき。
「いってぇ!」
全身に遅れて痛みがはしる。
その痛みに無様にも地面をゴロゴロとのたうち回る。
「そのまま、転がってなさい!」
突き放すように叫ぶキャトル。
痛みを誤魔化すように転げ回り、彼女の機嫌をどうにかとって。約1時間後。
俺はようやく、自分達の置かれている状況を耳にする。
「誰もいない?」
「うん。」
誰かの家だと思っていたところはどうやら、この街。ディセントの町長の家、つまりサイの家らしい。
片田舎ではあるが、その内装も騎士詰所ほどではないが、街の人を集めてホームパーティでも開けそうな程に広いその居間で、簡素な椅子に腰かける俺たち。
街に人がいれば。
「琥太郎が寝てる間に、色々街を見回って見たんだけどね。
霧が深いから端から端までとはいかなかったけど。何処を見ても人っ子一人見当たらないのよ。」
1番最初に意識を取り戻したキャトルは、倒れる俺とサイを引きずってどうにか、この家まで辿り着いたらしい。
もちろん、馬車はバラバラ、馬も何処かに走り去っていってしまった。
「あの竜のせいか?」
「うん・・・そうかもしれない・・・」
歯切れ悪く頷くキャトルを見て、しまったと思いサイに目を向ける。
「みんな、竜に食べられてしまったんですね。」
「・・・。」
「みんな・・・私がいない間に・・・お父さんも。」
「そんなこと・・・。」
俺はそこで、言葉を止めてしまう。
街を覆い尽くす霧。
俺たちの前に立ちはだかった巨大な竜。
俺も伝聞でしか聞いたことないし、この世界でも、勿論日本でも竜なんて見れるものじゃない。
こっちに来てから、興味本位で開いた書物の1つに載っていた竜は、日本のテレビゲームやアニメーションで見たと同じように、巨大な爬虫類のようで恐竜の進化姿のようで。
竜は、基本的には肉食なのだ。
竜はとても長命で、1000年単位で生き長らえる。
いつしか、人語も話せるようになるとか。
「そう結論付けるのも早いかもよ。」
キャトルは淡々と述べる。
「いや、でも。あれをお前も見ただろう?」
「うん、本当に人を丸呑み出来そうなほど大きかったね。」
「じゃあ・・・」
「アタシ、目は良いし、鼻もいいし、耳も良いんだよ、エルフ族だし。」
「うん?」
「だから、一人でこの濃霧の中、二人を運べたし色々見て回れた。」
そうだ、そうだともよキャトル。
その力は十分わかっているさ。
俺たちを・・・
俺たち・・・二人?
琥太郎の背中に悪寒がはしる。
二人?
二人って言ったよな?
おい、待てよ。
まてまてまて。
「琥太郎・・・。」
俺がどうして、今になって気づいたか。
言い訳をするようだが、全身を強打して朦朧していたし、何よりも竜のインパクトがデカ過ぎて、
忘れていた。
片時も忘れることなかった人の事を。
忘れてしまっていた!
目を閉じ首を横に振るキャトル。
俺の言わんとすることを理解してサイも目を伏せる。
「・・・・・・アスビーは?」
恐る恐る、窓ガラスを割った子供が親に謝るように。
「わからない、ここに着いて2日になるけど。」
「そんな・・・」
「待って琥太郎。だからこそ聞いて!」
「探さなきゃ。」
探さなきゃ、探さなきゃ、探さなきゃ、探さなきゃ、探さなきゃ。
俺が護るって。
護ってくれって。
急に立ち上がったため、頭が眩み、身体には鈍痛がはしる。
「待って琥太郎!」
「待てるわけないだろう!」
そう叫んだ。
八つ当たりするように。
イライラして。
自分に。
自分の行いに。
どうして、手を離した。
フラフラと覚束無い足取りで、全身を引きずるようにして、玄関口へと歩く。
早く、早く。
俺はどんな顔をしているのだろうか。
泣きそうで、辛そうで、今にも倒れそうで。
パンっ!
キャトルは、フラフラの琥太郎の頬を叩いた。
その力に耐える力も残されてなく、膝から崩れ落ちる琥太郎。
「聞きなさい!」
俺のそんな死人のような顔を、胸倉を引っ付かみ起こす。
力強く起こされ顔を突き詰めるキャトルもまた、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「琥太郎まで、いなくなってどうすんのさ。」
「・・・。」
何も言い返せない。
どうしようもない俺たちの間に深い、深い沈黙が流れる。
いつしか、力なく掴んでいた腕を離すキャトル。
「血が見当たらなかった。」
「え?」
弱々しく、呟いた言葉の意味がわからなかった。
「町中、可能な限り、見て回ったけど。血の匂いも、痕も、争った形跡も見当たらなかったよ。」
「・・・それが。」
それが何だと言うんだ、やはり朦朧と痛みに堪える身体と頭では、理解できなかった。
「だからね、琥太郎。もし、竜に襲われて食べられたとしてだ。この霧で見えなかったにしろ、不意をくったにしろだよ。
血が見当たらない何ておかしいじゃん。」
「・・・それはそうですけど。」
サイもキャトルが言いたいことがまだわからないらしい。
「だから、二人とも。
竜がどんなにデカイ口を持って街の人達を食べたとしてだよ。
意識のない、アスビーがもし、襲われたとしてだよ。
血が出ないなんてあり得ないでしょう。
見えないにしろ、あのデカさだよ。
何も痕がなく、血も出ていない何てあり得ないでしょう。」
俺たちはようやく、キャトルの言わんとすることがわかった。
端的にいうと、巨大な竜が襲った形跡が一切この街の何処にもない。
竜と争った形跡が何処にもないのだ。
「じゃあ、いったい?」
何が、街中の人を消したんだ。
アスビーの姿を消したんだ。
「教祖・・・。」
「教祖?」
「いや、教祖なのか、わからないけど。ねぇサイ。
この街で、この霧を神の裁きだとか何とか言い回った狂者がいたって、言ってたよね?」
「はい・・・。」
「じゃあ、ソイツの仕業ってことかも。」
「え?」
冷静に考えればそれもどうかと疑問に思っていただろうが。
それこそ、争った痕が残っているだろう。
それでも、そう考えた方が希望があるとは思った。
コンコン。
村長の家の玄関の戸を外から訪ねるノックが確かにした。霧が立ち込め、街の人達を何処かへ消してしまった濃霧の中。
顔を見合わせる。
話の流れから、どうしても軽く考えられない。
残っていた町民かとも思えない。
「あのー、もしもーし。誰かいませーんか?」
妙に間延びする女の声が聞こえた。
声からでは詳しくはわからないが、若い女の声。
若い?
最悪の最悪を考えると、まさに今、話の焦点になっていた。狂者。
街の外れに住む狂った老女が俺たちを見つけにやって来た。
そんな風に状況を、悪く悪く捉えている俺たちは、
やはり、この時も霧の中にいたんだろう。
消して、覚めない、醒めない"霧"の中捕らわれていたんだろう。
玄関の戸がゆっくりと開く。
俺たちは全く動けず、只、見まもっていた。
「あー、いるじゃないですかー。いるなら返事してくださいよー。」
俺たちの目の前に小さな小さな少女が現れた。
すっぽりと漆黒のローブに着られた少女が、ニコニコと家へと入ってくるのを俺もキャトルも。
その異様さにただ、言葉を詰まらせ、身体を膠着させ。
「あー、サイちゃんだっけ? 帰ってきたんだー。
そこのお二人様は、はじめましてー。
怪奇教・司祭のリコラスですー。」
少女は、笑みを崩さぬまま、
楽しそうに、愉しそうに。
間延びする口調を崩さぬまま、
頭をペコリと下げたのだった。