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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
ミスト
36/70

「霧の街」

「霧の街」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巨大トマトの町"ディセント"

 

 最初にキャトルから、嬉々と伝えられた向かうべき町の印象は、何とも・・・馬鹿っぽかった。

 その心を諸に顔に出していたところ、トマトのように赤面しながら、叩かれたのはつい昨日の夜のこと。

 

 腫れ上がった顔も癒えぬうちに、安楽島琥太郎ウラシマコタロウは、現在、居候中のヨミ邸宅の門前で一服中。

 

 閉じかけの眼をこすり、朝早くから長距離用の馬車を準備し、

 一仕事終えて満足気に煙を燻らせる。

 

 あぁ・・・しんど。

 

 従者だから、従者ですから!

 わかっていたさ。

 最近、いい感じに主との距離を詰めれてる気がしていても、

 所詮従者だからな・・・

 

 使用人を雇うことに反対のアスビー。

 だいたいのことは自身でそつなくこなし、その方が人件費も浮き、身体も鈍らないと豪語する、出来た貴族様アスビー・フォン・ライクニックであるが、

 

 朝には弱い。

 

 「琥太郎、明日の朝一に出発する。準備しておけ。」

 

 「・・・ファイト! 琥太郎!」

 

 いつもなら手伝ってくれるキャトルだが、不機嫌にさせてしまった手前頼み辛く。

 結局のところ、ノーチラスの餌やりから、馬車の準備まで日が登る前から一人でこなすことになってしまった。

 

 太陽も、昼下がりとなろうかというもころ。

 一向にアスビーは起きてこない。

 

 明朝、朝の鍛練じゃーっと言って玖礼が山の方へ走って行ったが、

 一向に戻ってこない。

 元気だなぁ・・・

 

 ギィー。

 

 後方から門の開く音。

 やっと起きたか・・・

 

 もう少し休ませてくれても良いだろうに思うが、致し方無い。

 

 「おはよーさん。あるじー。

 馬車の準備は出来てるぞ。」

 

 気のない声を送り、少々の不機嫌さを含ませる。

 

 「あ、えっとー・・・おはようございます。安楽島さん。」

 

 返ってきた柔らかで気まずそうな声に、しまった! と思う。

 咄嗟に門前へと振り返る。

 

 綺麗にお団子ヘアーの水色の髪の少女。

 黒色の瞳が、馬車と見るからにも不機嫌そうな返事をしてきた琥太郎を幾何が見て、

  小柄で細身の棄てられた子犬のように弱々しさのある少女は、申し訳なさそうに目を伏せる。

 

 「朝から、大変ですね・・・すいません・・・私が急な申し出に来たばかりに・・・」

 

 「おはようございます。サイさん。

 いい朝ですね、あまりにも、あまりにも天気がよかったので、僕もこうして朝から活動的になってしまったんですよ。」

 

 タバコを踏み消し、腕をブンブン回しながら、

 少女の痛々しいほどの気遣いをかき消すように間髪いれずに空元気を炸裂させる。

 あ、ちょっとヤニくらする・・・

 

 「そうですか・・・? それなら、良かったです。」

 

 ふんわりと頬笑むサイ。

 ここまで、純粋な笑顔をこちらに来て見たことがあるだろうか? いやない。

 一気に疲れも吹き飛び、心優しい天使の用な少女に話し掛ける。

 

 「サイさんこそ、ゆっくり休めましたか? アスビーもまだ来ないと思うので、もう少し休んでいても平気ですよ。」

 

 「いえ、充分休ませて頂いたので、平気ですよ。それにライクニック様も先程、書斎でヨミ様とお話されていましたので、間もなく来ると思いますよ。」

 

 心地のよい耳通りの気持ちいい声。

 

 「そうですか、それはざんね・・・いえ、そうですね。早く出発したほうがいいでしょうから・・・」

 

 もっとこの少女との語らいに花咲かせたいのだが、

 まぁ、客人もいるんだし流石の低血圧アスビーも多少早起きするか・・・

 

 「・・・そうですね・・・出来るだけ早く帰らないと・・・」

 

 小さく呟いた少女。

 

 昨夜、突然此所を訪れた来訪者である。

 ライクニックから、数キロ離れた隣町に位置する"ディセント"から一人。

 馬車を走らせてきたサイ・スミッティー。

 

 相当に急ぎだったのか、息も途絶え途絶えで、アスビーに助けを求めてきたのだ。

 

 一月前より、ディセントに決して晴れない濃霧が立ち込めている。

 日中は陽を完全に遮り、作物を腐らせ、夜も月の光すら通さない濃い霧。

 

 最初はただの霧で、数日もすれば晴れるものだと考えていた。

 ディセントには、土地を治める貴族も滞在する騎士も居らず、大きな事件も起こらない穏やかな田舎町であったが、

 霧が立ち込め出して3日後の夜。

 中々消えぬ霧に商売あがったりの農家の男が、憂さ晴らしに飲み、出来上がって家路につくうちに突如姿を消した。

 酔い潰れて道端にでも寝てるだろうとタカをくくったが、男は何日たっても帰ってこない。

 そんな突然の神隠しが止むことなく続き。

 サイの父親にあたる町長も、自体を重く見て首都に使者を送るも、使者も首都に着く前に姿を消し、

 高名な占術師や、魔法使いを頼ろうとも何も変わらず、ただ、行方不明者が増えるばかりであった。

 

 町民のストレスと不信感がピークに達しつつあるなか、

 町民の一人が突然、救世主メシアと名乗りだした。

 元聖職者だと名乗り、聖書のような本を片時も手放さない、変り者と評されていた町外れに一人住む老女。

 

 これは、全て神の罰だ。

 生贄を捧げて神の怒りを静めなければ、始めに町長の娘だ!

 あの娘を生贄にする!

 

 最初は誰も見向きもしなかった。

 だが、自体が好転しないほどに、その信者は数を増やし、

 10日程で、町民の三分の一が女の信奉者になる。

  

 「サイ。私の愛しい愛娘。

 このままでは、私たちもこの町も、あの妖しい宗教に毒されてしまう。

 どうか、私の頼みを、私たちの頼みを、ライクニック領主に届けてくれ・・・それまでは私がどうにか彼らを収める・・・」

 

 重く重く、語られた隣村の異常事態にアスビーは、即座に対処しようと、こうして琥太郎に準備をさせたのである。

 

 「事は急を要するか・・・」

 

 「はい・・・早く、早く帰らないとお父さんたちが・・・」

 

 サイは、顔を伏せて、弱々しく声を詰まらせる。

 

 父親は、町を救いたい一方。

 自分の娘も危険から遠ざけたかったのかもしれない。

 

 閉鎖された町では、文明が逆行し、古びた野蛮な非科学に救いを求める。

 束の間の、空虚な安心を求めて、

 古い時代では、そんな恐慌が何度も繰り返されてきた。

 

 そんな、腐った文明にこんな天使を生贄に喰らわせるなんて、許せない!

 

 琥太郎は今回、人一倍気合いが入っている。

 

  霧を産む怪奇? 神隠し?

 それがどうした。

 俺達は世界を震撼させていた姦姦蛇螺を打ち倒したんだぜ。

 神の一人や二人、お茶の子さいさいさ!

 

 「辛い目に合われたんですね、サイさん。

 でも、大丈夫です。

 俺達がいます。

 数日前に七怪奇を退けた俺とグラセニア最強の大魔術師アスビー・フォン・ライクニック。

 気に食わないが、どんな怪奇も尻尾を巻いて逃げ出す悪名高い占師ヨミ。

 サイさん。大船に乗ったつもりでいてください!」

 

 琥太郎は現在調子に乗っている。

 大難を乗り越え、その弁もはったりもよく回る。

 

 「そうなんですか!? あの七怪奇を?」

 

 あまりにも力強い言葉に純粋な少女も綺麗に乗せられる。

 

 「そうだ・・・話せば長くなってしまうが、いずれは、一代叙事詩になる物語だからな・・・イディオンを長い長い間・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽が1日の折り返しへ登る頃、アスビーはやっと腰をあげた。

 

 断じてまだ目が覚めないとか、自分勝手な理由ではない。

 数日空けることを騎士団に伝えるため、キャトルを遣いに出し、その帰りを待って出発しようという魂胆。

 

 それに日中"ディセント"に到着するのも間が悪い。

 面倒な連中が蔓延っているし、出来ればあまり相手にしたくない。

 短期決戦。

 着いた夜に原因を究明し、翌朝には疫病よりも厄介な異教論者の排除。

 

 それが、ベストではあるが・・・

 

 「そろそろ、行くんか?」

 

 紺色のセーラー服に身を包むヨミは、穏やかな口調でカップを傾ける。

 

 「ふむ、そのつもりだが。」

 

 「そかそか、ほな行ってらっしゃいな。土産はいらんからなぁ。」

 

 「・・・やはりお前は来ないんだな。」

 

 「必要ないやろ、それに念のためのお守りがおらんとな。」

 

 「それもそうだな。」

 

 ヨミがいれば、いく分スムーズに事を進められるが、

 それよりも奴等。

 "怪奇教徒"の動きが気になる。

 

 バラクたちを信用していないわけではないが、

 吉美もしくは、あれに相当する者。

 アスビーの居ない間に反攻してきても不思議ではない。

 

 むこうからすれば、幾年ぶりになるかの異常事態。

 七怪奇の1つが滅せられる1歩手前まで追い詰められた。

 私が、奴等なら早急に処置したい脅威。

 

 しかし、動きがまったく想像出来ない。

 そこまで、統率の取れた連中でもないと聞くし、あまり気にしても杞憂に終わるかもしれない。

 

 その旨も含めてバラクたちに警戒を強めるように伝えた。

 

 「しばしライクニックを頼んだぞヨミ。」


 「あ、ちょい待ちいな。」


 艶ややかな赤髪をたなびかせ、部屋を後にしようとするアスビーに、

 

 「・・・バカンスは、しばし我満しろよ。」

   

 「はいはい、それはわかっとるよぅ。

 せやなくて、ちょいと忠告しとこうと思ってな。」

 

 「忠告?」

 

 傾けていたカップを置きアスビーを、正中に見るヨミ。

 改まって、真剣な眼差しを送るヨミに、内心何事かと思う。

 

 「あの魔法なんと言ったかの?」

 

 「ん?」

 

 「あれや、あれ。蛇女に撃ったやつや。」

 

 「神之雷罰インディグネイション

 

 「うん・・・それやな、うちも知らんやつな。」

 

 「そうか? 父の書斎の魔導書から見つけたんだが。」

 

 「まぁ、ええ。

 それよりも・・・それもう二度と撃たんほうがええよ。」

 

 「・・・。」

 

 突き刺すように、アスビーの眼を見つめるヨミ。

 言いたいことは・・・

 

 「理解しててってのが1番良くないで。

 控えめに言っても"それ"は人間の使う魔法やない。

 プリエルカ嬢ちゃんにも言ったがな。

 人智を越えた術には、絶対に災が憑き物や。

 それをわからんほど自分も阿呆やないやろ?」

 

 これは、説教か。

 ヨミの眼光からは、怒りと心配とその様な感情が混ざった念が込められている。

 

 「・・・わかりました。」

 

 アスビーは、深々と頭を下げヨミに誓いをたてるように応える。

 

 「うん。それならええよぅ。

 ・・・それより、早く娘のところに行ったれやぁ。小僧が相手しとるみたいやから、心配やわぁ。」

 

 アスビーの誓いに満足したのか、いつもの口調に戻りやんわりと返事を送るヨミ。

 

 「心配をかけてすまん。そうさせてもらう。」

 

 「うん。」

 

 慈愛を持った優しい声に、

 今は亡き母の面影を彷彿とさせられるアスビー。

 他の誰にも言われなかった言葉。

 誰も気づかなかった事。

 

 あんな魔法を撃つことが、確実にアスビーの身体に大きな負荷を与えていること。

 

 まだ、魔力が戻っていない。

 撃てと言われても、撃つことが出来ない強烈な一打。

 普通の魔法でもあまり乱発は出来ない。

 

 そんなことにはならないと思うが・・・

 

 「あー! なにやってんの馬鹿!」 

 

 「痛っ!!」

 

 外から騒々しい叫びが2つ。

 

 「・・・キャトルが戻ったか。」

 

 「何や、面ろそうなことしとるらしいな。」

 

 クスクスと笑い、カップを傾けだす、ヨミを横目に。

 アスビーはタメ息混じりに部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何をしていた? おい、そこの転がる従者。」

 

 

 アスビーが外に出て琥太郎たちを見ると、

 大きなコブをこさえた琥太郎が地面に伏していた。

 

 「この助平! あんた、こんな純粋な子になに頼んでたの!」

 

 キャトルが耳を真っ赤にして、罵倒するのを見て、冷徹な眼を向け出すアスビー。

 

 「あの・・・キャトルさん。落ち着いて下さい。随分お疲れの様でしたので、少し膝をお貸ししただけですから・・・」

 

 どうにか、諌めようとキャトルへと話しかけるサイだが、

 膝を貸すという言葉にアスビーも、合点がいきだす。

 どんな、言葉を使ってこの純粋無垢な少女に膝枕してもらっていたのか。

 アスビーの髪に静電気が走る。

 

 「らしいぞ、キャトル。」

 

 「らしいぞ、じゃないでしょ!」

 

 ムクッと頭を上げ平然と答える琥太郎の頭を張り倒すキャトル。

 

 「止めてください、キャトルさん!」

 

 「良いのよ! このくらいしないと琥太郎の馬鹿は治らないんだから!」

 

 再び地面に口づける琥太郎の頭をゲシゲシと蹴るキャトル。

 

 琥太郎もまだ頭が覚めていないのか、それを朦朧と受け続ける。

 アワアワとキャトルとアスビーへと交互に視線を送るサイ。

 

 「随分、幸せな惰眠を貪っていたらしいな琥太郎。」

 

 転がる琥太郎を見下すアスビー。

 朦朧としているせいか、琥太郎はあろうことか、アスビーの冷たい眼に気づいていない。

 

 「ん、何だ嫉妬かアスビー。アスビーの膝で、癒してくれてもいいんだぞ。顔が怖いぞ。」

 

 「キャトルどけ。」

 

 キャトルが足を退かすと、アスビーは細足を琥太郎の顔面目掛けて振り抜く。

 

 所謂、サッカーボールキックである。

 

 諸に受けた琥太郎の身体は地べたを転がり転がり、道端の草むらに突っ込む。

 

 「うわぁ・・・今のは痛い。」

 

 「キャトル。そこに落ちてる琥太郎を拾って出発するぞ。」

 

 「はーい。」

 

 「あ・・・あの・・・。」

 

 呆然と一連の従者と主のやり取りを見ていたサイ。

 

 「さぁ、出発するぞ、サイ。早く乗るといい。」

 

 「は、はい!」

 

 

 何故かかしこまって、足早に馬車へと乗り込むサイ。

 アスビーもその後に続き。

 琥太郎が投げ込まれて、キャトルは手綱を掴み。

 

 一同は、"ディセント" へと馬車を進めるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某作家キングさんが好きです、僕は。

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