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異世界怪奇譚  作者: 春ウララ
牡丹灯篭
34/70

「さよなら、、、」

「さよなら、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。

 身体の中の水分という水分が全て沸騰するような感覚。

 それもそうだ。

 いわば、俺たちは火事場のど真中にいる。

 この世界に防炎服や、消火器のような便利な物はないし、あったとしても意味をなさないだろう。

 今すぐにでも、突貫で仕上げた脱出口。

 屋敷の裏庭を越えて、この延々と燃え盛る熱からも逃れられる道。

 その道へと逃げればいい。

 

 振り返りほんの数歩。

 数メートルの距離。

 

 だが、振り返ることが恐ろしいのだ。

 奴に背中を向けることが恐ろしいのだ。

 

 「威勢がいいのは口先だけか?」

 

 舌舐り。

 貧弱な2匹のネズミ。

 その太く、強靭な胴で一絞め。

 それで事足りる吉美は、悠々と焔を背負い舌舐り。

 

 どうする。

 どうする・・・

 

 チラリとアスビーの目を送る。

 彼女は俺の恐怖、焦り、迷い。

 様々な様相に濁る眼とはたがい。

 そんなものを露ともせず真っ直ぐ、ネズミ狩りに興じる太蛇を見据えている。

 

 覚悟を決める。

 そんな容易いものじゃないんだよ。

 

 いつものような、こ狡い策がない。

 こ狡さに裏付けられた自信、矜恃。

 一切尽き果てている。

 

 当然、この部屋には爆発物の細工はしていない。

 間違って誘爆でもしたら一巻。

 if、if、if。

 もし、吉美が張り巡らされたトラップを乗り越え屋敷に辿り着いたら。

 この部屋まで辿り着いたら。

 俺たちの目の前に辿り着いたら。

 

 その前に喰らわせてやればいい。

 屋敷を吹きとばすほどの大爆発を。

 

 そんな、もしもとそれを支える罠。

 

 全て水の泡。

 

 どうしたらいいんだよ。

 

 

 迷いが銃口を震わせる。

 恐怖が眼を曇らせる。

 眼前の一匹の怪物が、この世の全てを呑み込むヨルムンガンドのように。

 全能を司るゼウスのように。

 避けきれぬ死を与えるサタン。

 

 「落ち着け。」

 

 落ち着け、落ち着け。クレバーに。

 

 「頭だけ。」

 

 頭だけ?

 

 「あの胴に並の攻撃は効かない。

 奴の頭、剥き出しの上半身。

 そこだけを狙え。琥太郎。」

 

 淡々と告げると共に、アスビーは巨槍を手に、はね上がる。

 

 「ディライト、ディライト、ディライト!」


 自身の身体に雷を纏い跳ぶ。

 そう。彼女はワルキューレ。

 闇を切り裂く戦乙女の様に。

 

 「うぉぉぉぉ・・・!!」

 

 吉美の頭を木端微塵に吹き飛ばすほどの、一突き。

 雷に乗り、雷を載せた槍から、放たれる一閃。

  

 雷速のうちに吉美と交錯するアスビー。

 吉美は、それを容易く交わす。

 交わしきれていない、肩口を雷を掠める。

 

 「小癪な。」

 

 胴を振る。

 ただ、それだけ。

 単純な動作。

 

 「ぐぅ・・・。」

 

 勢いのままに着地したアスビーは、瞬時に振り向き、槍でそれを受けとめる。

 受け止めてなお、その勢いは殺せない。

 弾かれてアスビーの肉体はゴムボールのように飛び、壁に向かって叩きつけられる。

 

 「アスビー!」


 「まだだ!」

 

 駆け出す足を止める一声。

 何の強化もせず吉美に近付くことは自殺行為。

 一払いで、命が摘まれる。

 

 吉美の攻撃は止まぬ。

 壁に叩きつけられたアスビーに這いより、一払い、二払い・・・

 

 単純だからこそ、御し辛い。

 アスビーは、それを何とか見切り、重ねてかけた強化魔法を更にかけ、それを目前で何とかかわす。

 

 下手な鉄炮、数撃てば当たる。

 強固に造られた、特殊な外壁をも尽く瓦礫と化していく。

 

 まさに災害。

 ただ、振り回すその胴が凶器。

 

 昔、観た映画「ハムナプトラ2」のスコーピオンキング。

 アヌビスに変えられた不死身の肉体。

 圧倒的な暴力、破壊。

 オシリスの槍を心臓に突き立てろ。

 アスビーの手にもつ槍は、まさに伝説の武具のように煌々と光をあげるが、

 そう易々と当たらないのが現実。

 

 アスビーの考えは間違っていない。

 いくら不死身の怪物・吉美といえど、心臓に雷の一槍を浴びれば痛い。

 

 先程浴びせた、不意のライトニング。

 吉美は確かに雷に痺れ、その動きを幾拍か止めた。

 それよりも、強力な雷撃。

 浴びれば数秒、数十秒。

 それだけ止めれれば逃げられる、そして吉美ごと屋敷を吹き飛ばせる爆薬を起爆させれば。

 

 その一撃が決まれば・・・

 

 そんな闘いに無駄な思考、考察。

 本当の闘者にしたら不純物。

 自らの判断を遅らせる不純物。

 

 だが琥太郎にとっては、それが武器。

 力の持たぬ者。

 真っ向から向かえぬからこそ、張り巡らせる、その場の流れに合わせた勝算への道のりへ。

 

 金属の擦れる音。

 

 琥太郎の力は脆弱。自分で理解しているからこそ、敵にとってもそれは事実。

 

 絶妙のタイミング。

 吉美の視界から消えた琥太郎という力なき存在、脅威の欠片もない道端に転がる石ころ。

 

 俺はそれでいい。

 そんな、石がたまたまを装い、敵を躓かせる。

 躓かせ、どんな過酷な闘いにも、眼を背けず真っ直ぐと前だけを見続ける気高き主。

 

 アスビーは、その躓きを逃さない。

 

 小さな戦姫を弄ぶのに夢中な蛇。

 横槍を入れるのは容易い。

 

 放たれた銃弾は、真っ直ぐに吉美の頭部へと軌道を進める。

 

 吉美の弱点。

 破壊を振り撒く胴体。

 それにばかり目が行きがちだが、当然胴を振るえば、上半身は動かせない。

 上半身を正中させ、胴体を右へ左へ振り払う。

 動かぬ的を狙うのは容易い。

 

 当たるのを待たずに、次発、次発、次発。

 コブラに渡された銃と幾ばくかの弾丸。

 弾が切れると、次の弾倉を装填。

 また、撃つ。

 途切れれば、弾倉を装填。

 撃つ。

 弾倉を装填、撃つ。

 装填、撃つ。

 装填、撃つ。

 装填。

 

 最後の弾倉を込め、琥太郎はやっと的の様子を見る。

 全弾命中なんて、上手い話ではないが、ただ純粋に単純に、

 ここぞの機会で放った数十発。

 その3分の1は、吉美の身体を。

 そして、たった4発。

 吉美の頭部を貫いていた。

 

 苦悶の顔を浮かべる吉美。

 意識を向けなかった石ころの強打。

 ほんの数秒前まで、なぶるのに夢中になっていたのに。

 

 向ける目線、殺意。

 やっと、塞がった傷口から流れる血液。乾いた血が湿りを帯び再び鮮血が視界を覆う。

 

 「餓鬼がぁ・・・調子にのるなよ・・・」

 

 詰める距離を、掴むその小石を。

 その小石は抵抗もさせず容易く絡めとる。

 

 「黙ってれば、楽に殺してやったのに、なぁ。」


 「・・・」

 

 銃を掴んだ腕だけを万歳と掲げて、吉美の胴体に絡めとられる琥太郎の身体。

 少し力をこめればそれで、琥太郎の命はついえる。

 

 

 「クックックッ・・・」


 「・・・なに笑ってんだてめぇ。」

 

 何故笑う。

 死ぬんだぞ、お前。

 アタシがいま、殺すんだぞ!

 

 「さっきと、一緒だ。」


 「・・・はぁ?」


 「無駄にでかくなって、栄養が全部脳まで届いてないのかな・・・なぁ、吉美。お前がほんとに単純で助かったよ。」


 「何? 阿呆か、お前。気狂いか、てめぇ。アタシがほんの少し、ほんの少し力を込めたらそれでお前は死ぬんだよ!」

 

 何、笑ってる。

 阿呆はてめえだ。

 

 「すまんな、吉美。すまんな、アスビー、待たせた。」


 「・・・・・・はぁ?」

 

 待・た・せ・た・・・?

 

 「本当に待たされたぞ、琥太郎。何処までも鈍感なやつだ。だが、よくやった。琥太郎。誉めてやろう。」

 

 後ろから声。

 どんなに弄び、力の差を見せつけようと、目が屈しないムカつくほど凛々しい女。

 

 「天よ、雷の主よ。燦爛なる偉大なる力を、我が呼び声に応えその力の片鱗を見せよ・・・。」

 

 強大な魔力のうねり。

 この部屋を、崩れた天井から外に飛びだし、そのうねりは天に登るほど強大な渦を起こし、いまそのうねりが収束しようとする。

 

 「おぃ、おいおいおい。くそ女。何だそりゃ。その馬鹿みたいな魔力は!」


 「切り札だよ。」

 

 

 切り札?

 ふざけるな、そんな力おくびも感じなかったぞ!

 吉美の想像を越えるほどの魔力の高ぶり、

 吉美が今まで会った者。

 この世界で会い、そして敗北も味わった圧倒的な魔力の保持者。

 それに匹敵するほどの魔を、何故こんな女が持っている!?

 

 「信じてるぜ。」


 「なに?」


 「アスビー、そして、吉美。お前の力を。」


 「何言ってやがるんだ・・・心中しようってのか!?」


 「まさか、俺はもう二度と死なないさ。お前の怪物じみた抗体、信じてるぜ・・・・・・アスビー!」


 「任せろ。」


 「・・・よせ、おい、女。よせ、こいつも!」


 「インディグネイション!!」

 

 掲げた腕から天へとアスビーの持てる最大の魔力が伸びていく。

 その魔力が応え、雲が、空が、天が。

 その力に応える。

 

 琥太郎は、祈るように目を瞑る。

 吉美の胴体の魔力抗体を信じ。

 アスビーの全身全霊の一撃が、吉美を仕留めることを・・・

 

 ん?

 吉美が仕留められたら、つまり、俺もお陀仏ってことになるんじゃないか・・・

 

 ああ、馬鹿。

 かっこつけはしたもののやっぱり死にたくはない。

 死にたくはないんだよなぁ。

 

 

 そうか。

 

 ・・・誰だ?

 

 死なせはしない、琥太郎。

 

 誰?

 

 脳内で二人の声が聞こえる。

 

 どこがで聞いた声だ。

 それもついさっきまで、もうひとつはよく聞きなれた声が。

 

 貴方が死んだら、誰が私に会いに来てくれるのですか・・・死なせません、琥太郎。貴方を決して。

 

 初めまして、お嬢さん。私も貴方と同じ気持ちです、そうだろう、お露。

 

 ・・・はい。

 

 

 新三郎? それに、お露。もしかして、もう一人・・・姉ちゃん?

 

 

 琥太郎の意識はそこで途絶える。

 

 天がアスビーに応えたからだ。

 

 屋敷を丸ごと、それよりも大きな白い閃光が空より降り落ちる。

 燃え盛る炎も、崩れかけた瓦礫も、

 そして、吉美と琥太郎を。

 全て消し飛ばす白い雷。

 

 アスビーも祈っていた。

 そして、雷の直撃の寸前。

 祈りに応えるように現れ、琥太郎を包み込む淡い光を見つめた。

 

 「感謝する。」

 

 浄化への違和感は、これか。

新三郎、お露。そして、サクヤか。


 ふむ、本当に怪奇に愛される男だな琥太郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数刻の間、アスビーは気を飛ばしていた。

 最大限までの魔力を注ぎ込んだ一撃。

 実際に使うのは2度目か、3度目か。

 

 ふらふらとする意識のなか、アスビーは誰かに身体を起こされる。

 

 無骨な手つきだが、自身を案宝石を扱うかのように、優しく丁重に。

 

 ふふ、悪運強いな、私もお前も。

 

 「死ぬかと思った。」


 「ふふ、第一声がそれか。」

 

 肩を借り、目をあげるとふてぶてしくも、ボロボロな男。

 身体をが所々、焦げているが、それでも命を繋ぎ止めている男。

 余裕を見せて、私の身体を支えているが、支える足がふるふると震えている。

 

 「満身創痍だな。お互いに。」


 「俺は、そうでもないぞ。」


 「強がるな、馬鹿者。」


 「むう・・・隠しきれんか。正直、今にでも倒れそうなんだアスビー。」


 「そうか、私もだ。」


 「でも・・・」


 「・・・ああ、私たちの勝ちだ、琥太郎。」

 

 1面の焼け野原となった、中心に。

 二人は立っている。

 アスビーと琥太郎。

 イディオンの脅威となっていた、七怪奇・姦姦蛇螺の吉美。

 それを討ち取ったのだと。

 

 「琥太郎ー! アスビー!」

 

  ほんのりと青みがかる空。

 遠くから共に闘った仲間の声。

 

 「キャトル・・・それにヨミもいる。」


 「あいつがいたのに、むざむざ、こっちまで吉美を通したのか、後で問い詰めてやろう。」


 「手伝うぞ、主。」

 

 肩をかしあい、立つ二人を祝福するかのように、いつしか朝日が登り、彼らを長い夜から明けさせる。

 


 

 

 

 

 

 

某少年誌の打ち切りみたいな、終わりかたですが、終わりませんよ。



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