「骸骨の恋」
「骸骨の恋」
「わかっていたさ。」
「そうですか。」
「お前のことなら何でもわかる。」
「・・・うれしゅうございます。」
「気づけば遠くまで来たものだな。」
「それでも、ここは清水の谷を思い出させてくれます。」
「そうだな・・・されど・・・」
「ええ、もう戻ることも出来ませぬ。」
「われらが住みし時より、もう幾百年も経っている。さて、どうしたものか。」
「では、共に。」
「ああ、共に。極楽浄土に逝くには、長生きし過ぎたのかも知れぬが。」
「ええ、あなた様となら。」
「ああ、お前となら。
共に参ろう。お露。」
「はい、新三郎様。」
絡み合った青炎がいつしか、赤く燃え上がるのを俺たちは見ていた。
幕を閉じてもいいのか?
・・・ああ、頼む。
・・・お前たちは幸せになれたのか?
・・・・・・。
隣から鈴の音の声が、呪文を唱える。
世話になった。
・・・こちらこそ、お陰で此処に戻ってこれた。
・・・感謝する。安楽島琥太郎。
・・・新三郎。
二人は幸せになれたのか。
何故、他人の幸せをそんなに確かめたがる。
無粋にもほどかある。
それでも、
「新三郎、お露。
余多に広まった怪奇と、恐怖。
お前たちの恋は、業の深いものとなってしまった。
けれど、この最期に。
私、アスビー・フォン・ライクニックは二人の幸を心から願おう・・・」
俺も、この人と共に。
1度死に、還ってこれた彼女の場所に。
俺のこの気持ちは、遂げられるのか。
俺は彼女と歩けるだろうか。
俺は彼女の為に生きれるだろうか。
俺は・・・
俺は・・・
俺は・・・
光が燃え上がる炎を優しく包み込む。
こうなることを願ったのは、俺だ。
それでも、その答えに不安と焦りを覚えるのは何故だろうか。
何故だろうか。
琥太郎。
・・・最期にすまない、安らかに。
すまない、そう言い聞かせる。
・・・お露。
はい。
まだ、未練が残ったと言えば、お前は哀しむだろうか?
・・・いいえ。わかっているのでしょう。私の気持ちも。
「トルニ・リモレス。」
琥太郎。お前に沿ってみようか。
光が、炎を包み込み。
雷鳴と共に、欠き消える。
最期に新三郎とお露の瞳のない眼が、俺を見つめ。
それを直視出来なかった俺は、やはり、覚悟とかそういう次元に心を置けていないのではないだろうか。
覚悟、決断。
そういう事柄から逃げてきた19歳。
残ったのは、過去と後悔。
わかっている。
そう思うのは、やはり過去のこと。
今のことはわからない。
何も・・・
「む・・・」
怪訝な声とともにアスビーの眉があがる。
「どうしたんだ?」
「いや・・・気のせいだろうか・・・」
うむ。と手を顎に当て何やら考えこむ主。
その悩みを聞き出そうと口を開く。
その刹那。
屋敷の中から強烈な炸裂音。
近い、外じゃない。
先程から、聞こえていた音とは比べ物にならない、近く。
壁を数枚隔てた所。
「アスビー!」
「わかっている。」
密閉された空間だった部屋に即席で掘った脱出口。
俺は、懐から屋敷の中に仕掛けた爆薬。それらをまとめて炸裂させる起爆スイッチを取り出す。
アスビーは、即席の壁を蹴り破り、迷わずそこに飛び込む。
俺もそれに続き・・・
「見いつけたぁ。」
身体中の細胞が縮こまる。
その声は、肉体を膠着させ、脳を冷え冷えと麻痺させる。
まてまてまてまて!
恐怖心は、深く深く根ざし、忘れよう忘れようと取り繕うと、きっかけ1つで、一瞬に全身へと伝播する。
飛び込め!
振り向くな、見るな!
飛び込め!
続け!
動け!
動け!
動け!!
ドロリとした液体が頭にかかる。
真っ赤な液体。
それも尋常じゃない量の。
「デッドマンウォーキング君。
ぷちっと。
その最後の時をぷちっと。
ほんの一捻り。」
右肩に熱い手がかかる。
「や、や、や。」
「ああ、ああ、ああ。わかってる、わかってる、わかってる。お前もそう願ってるんだろう。
圧倒的、強者にくみしかれるのを。
あのムカつく女の尻に敷かれて、その尻を追い回し、追い回し、追い疲れて、いずれ孤独に死ぬことを。
大丈夫。もう頑張らなくて良い。
アタシが終わらせてあげる。」
あたかもそれは、聖女の囁きか。
その考えも、右肩にかけられた手が、俺の肩の骨をミシミシと鳴らす力に欠き消される。
「ぐぁ・・・」
「愉しい、愉しい。こんな愉しいのは、久しぶりだぁ。
鴨狩もつまらないものなんだ。
狩るなら獅子。
狡猾で、獰猛で、メスの群れに囲われたオス獅子。
その囲いを取っ払ってやったあと。
獅子は気づくんだよ。
自分がいかに脆弱だったかをさ!」
心が作った膠着が、いつしか、巻き付く、太蛇の黒々した胴体に変わり、
足の、腰の、腕、胸、そして、頭蓋の骨を砕・・・
「ライトニング!」
かれない。
あらゆる魔法に抗体を持つ胴体が効をそうす。
致死の雷は、その胴まで響かず。
力だけが抜け、俺の身体は地上に落ちる。
「痛っつ!」
受け身も取れぬほど、固まった身体はそのまま重力落下の衝撃を受ける。
その痛みから覚める間もなく。
今度は頭に、強い衝撃。
「へぶ!」
危うく舌を噛みかける。
「目覚めたか、寝坊助。」
頭を抑え、痛みから流れる涙を蓄えた目をあげる。
何で・・・
「つくづく、世話をかける従者だ。」
「・・・アスビー?」
手にもつ巨大な槍。
今度はその切っ先を真っ直ぐうちこんでくる。
「あぶっ!」
寸前で頭を下げ、頭上を突き抜ける切っ先。
「アスビー? 何がアスビーだ。
貴様の愚鈍さには目を見張るな。」
「・・・。」
ようやく、顔をあげ声と先程の強打を食らわせた主をみやる。
アスビー。
そう、彼女は何処までも厳しい。
自分にも他人にも。
俺の弱さを認めてやらない。
「・・・すまない。逃げ損ねた。」
「構わん。どっちみちコイツとは、相対すと思ってた。」
不意の雷を喰らった吉美は、身体を捻り、その激痛にもがく。
そのもがきが頑丈なはずの部屋の壁を根こそぎ破壊していく。
俺はもう一度、アスビーの目を真っ直ぐ見る。
その目には後悔も、迷いもない。
ただ、目の前にいる巨大な怪物にどう挑み、勝つか。
それの未来を見つめている。
「やっと立ったな。」
「え?」
気づけば俺は、その目に吸い寄せられるように立ち上がっていた。
「お前は立ち上がった。私がいなければとは言わん。
お前は今、立ち上がったぞ琥太郎。
自分の意思でな。」
「俺の意思・・・。」
戦場を駆ける戦乙女さながら、手にもつ槍を構えるアスビー。
俺もその横に。
琥太郎は、その横に立ち。
コブラから貰った銃を構える。
「クソッタレ! ああ、クソッタレ!」
奥歯が恐怖でカチカチ音をたてるのを虚勢を振り撒いて納める。
「ありがとう! アスビー! この借りはまたいずれ!」
「馬鹿め! お前の借りなぞ、既に幾千もある! 黙って私に使えろ!」
アスビーも呼応するかのように声を張り上げる。
そうしなければ、二人とも。
目の前に立ちはだかる恐怖に立ち向かえない。
構えた槍と銃口を向けられた、吉美はいつしか、落ち着き果敢にも立ち上がる二人を見る。
「姦姦蛇螺の吉美! 貴様の暴虐も今日ここまでだ! ライクニック領主にして、グラセニア一の召喚師アスビー・フォン・ライクニック!」
「その従者、安楽島琥太郎!」
「お前に引導を渡す。」
「・・・やってみろよくそども・・・!」
長い長い、二夜が空ける。
長い話はスタミナが持たないですね。
次か、次で、この噺も終わります。
その次からは、短くいきたい所存です。