「姦姦蛇螺」
「姦姦蛇螺」
豪勢な邸宅だな。
バカっ広い庭に、その広さに負けぬ存在感のある屋敷。
初対面から魔法を飛ばすあの女が気に入らなかったが、この無駄に豪華な邸宅を囲うのを見るに、殊更に気に入らない。
生まれながらにして屋敷。家族も従者もおり、大きくなれば領主の跡目につく。
眉目秀麗で、周りからも慕われる領主様。
憎いねぇ。
あの顔を目茶苦茶にして、首輪をつけて、四肢を切り落としペットとして連れ回して連れ回して、ここに住む人間どもの前で嬲り殺してやろう。
そうしなければならないとアタシは思う。
だってだって不公平じゃないか。
人のために、人間を“救うために生きる人間”が恵まれるなんておかしい。
口が裂けるほど口角をあげる吉美は、後方から走る下駄の音を聞き流しながら屋敷の門に手をかける。
「さぁ! 楽しいショーの始まりだ!」
静まり返った門前で、闇に吐き捨てる宣戦布告。
屋敷の一室に煌々と明かりが灯されている。
こちらが来るのを知ってか知らずか、ひっそりと一室だけ明かりが灯る。
待ち構えているってか?
雑魚共が浅ましい考えを振り絞りだした作戦を、土足でセイセイ堂々と踏み散らすのは何とも愉悦! 愉快!
気乗りして、門を力一杯に抉じ開ける。
ピンッ・・・
何かが外れる音がしたが気にしない。
整備された庭へと1歩足を踏み下ろす。さぁ、サンタクロースがやってきたよ。
刹那、吉美の身体は爆発と共に遥か後方へと吹き飛ばされた。
「はっ・・・?」
吹き飛ばされた身体は大木にぶつかり、大木を根本からへし折り、吉美の頭上を直撃する。
他の奴等よりも頑丈さに自信のある吉美だが、もろに受けた爆発と折れた大木にのし掛かられ、ゲホゲホと咳き込みながら這い出す。
「何だ! 何だ、小賢しいことしやがって! あのクソおん・・・な!?」
何が起きたのか理解できずに、スクッと起き上がり悪態をつく間も許されず、吉美の頭を正確に銃弾が貫く。
吉美はまたしても身体をのけ反り、闇の中から飛んできた銃弾を受ける。
「いっつ・・・ざけんな! こら!」
続けざまに1発、2発・・・
止まぬ弾丸が吉美の身体をテンポよく確実に貫いていく。
狙撃者を探そうと頭を上げるのも許されず、弾丸は無情にも吉美に襲いかかる。
起き上がれぬと思い、頭を下げ這いつくばって、どうにか弾をかわそうとする吉美。
「ざけんな、ざけんなゴラッ!」
声は無情にも弾丸にかき消される。いくら不死に近いほどの身体を持つ姦姦蛇螺・吉美でも、こう何発も急所を撃たれ続けては流石に“気分が悪い”。
痛みもあるし、血が流れ続けては満足に動けもしない。
人の形では駄目だ。変化、変化しなければ!
肉体を変化させようと射線から逃れようとのたうち回る獲物を、的確で無情な狙撃者がそれを許さない。
「くそ! くそ! おいお露!」
自分の後ろを歩いていた僕を呼びつける吉美だが、
その言葉に反し下駄の音は自分には見向きもせず、屋敷の庭へと進んでいく。
「くそ! 言うことを聞きやがれ!」
あのいけすかない男から念のためにと渡された従隷術式が彫られた紋を取り出し呪文を唱えようと右手を掲げ、
ピシュッ。
唱える間もなく、紋は綺麗にど真中を撃ち抜かれ、その効力を無くした。
「っざけんなぁ!」
カランコロン、カランコロン。
庭を駆ける足音は見事に " 何も踏まず " 屋敷の扉へと辿り着いたようだ。
庭へすらはいれない自分を嘲笑うかのように軽やかな足音を奏でて。
抑え込もうと術を唱える暇もない。
降り止まぬ弾丸を唯々浴びる吉美は、身体を縮め、身を震わせ怒りに震える。
舐めるなよ人間。
絶対に殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すころうす・・・
吉美は、弾丸を浴びながら身体を徐々に変化させていく。
手を肉体を・・・
突然に弾丸が止む。
吉美は中途半端に変化させた身体を起こし辺りを窺うと、
土を踏む足音が聞こえる。
「おお、そこそこ可愛い面じゃねえか嬢ちゃん。真っ赤なルージュが似合ってるぜ。」
大量の血にまみれた顔。
男の声が聞こえ、目を向けると
タバコを加えた男はヘラヘラとあたしの顔を見ながら、熱を帯びたライフルを携えている。
「手前か・・・」
「ん? タフだねえまだ元気満々か。」
「殺す・・・!」
腕を振るい、身体を跳ねらせ男へと飛びかかる。
こいつがやったのか!
こいつが! こいつが!
獰猛な獣のごとく飛びかかる少女を見て、
男は煙を吹き片手をあげる。
遅い!
再び撃たれる前にその両手切り落として・・・
そう思考する頭を物理的に、何か通過する。
額から後頭部にかけて、1本の矢が貫く。
放たれた矢の勢いで、飛びかかった身体は反対に、地面をめがけて叩きつけられる。
意識が刹那、飛ぶ。
「ビンゴ! いい腕だキャトル。」
額からは致死量を優に越える血液が流れ出る。
それでも、幸か不幸か頑丈な肉体は機能を止めない。
刺さった矢を掴み、引き抜こうと手に力を込める。
「おっと、それは止めとけ。」
そう聞こえた気がする。
頭が、顔が、耳が、掴んだ腕が。
矢が光り、熱を発したかと思うと。
それらは本体を離れて爆散した。
頭を失い、背中から地面に臥す吉美。
それを眺め、タバコを燻らせるコブラ。
当然、頭を失えば普通なら御陀仏。
だが・・・
遠くでキィィと扉の開く音が聞こえる。
お露は無事に屋敷に入った。
作戦通りに地雷を"起動"させよう。
足止めは今のところ順調。
吸い終えたタバコを、倒れる吉美へと放り投げる。
「さて、第2ラウンドといきますか。」
コブラは、シューシューと煙をあげる吉美を尻目に再び闇夜へと姿をくらませた。
呼んでいる。
呼んでいる、新三郎様が私を呼んでいる。
高鳴る心臓の鼓動を感じる気がする。とうの昔にそれを失ったはずなのに、恋する乙女の心は踊る。
ただ逢いたい。もう一度。どれくらいの時が経ったか、ここは何処なのか。そんなことはどうでもいいじゃないか。彼がいるのだから。彼が私を呼んでいるのだから。
階段を上がる。一段飛ばしで駆け上がりたいほどだが、躰がついてきてくれない。こんな体では、新三郎様はきっと・・・
お露の体は灯篭から漏れる光に包まれ、その姿を変容させていく。
あの頃の、ままの姿で逢いたい。
この体でまたそっと抱きしめられたい。
想い現れた1人の少女は長い廊下を歩き、一室に辿り着く。
声が聞こえる。ここだ、ああここにいるんですね。
扉を開ける手が、震える。どんな顔していたか、今ではうまく思い出せないけど、きっと一目見るとわかる。
扉はゆっくり開かれる。
窓一つない部屋の真ん中に男と女。
壁の燭台の蝋燭と手に持つ灯篭の明かりで、照らし出された二人をお露は首をかしげて見やる。
「どなたですか?」
女に尋ねる。
「この屋敷の主人さ、お露。」
紅色の髪をかき上げて優しく呼びかける女の声に、少し罪悪感を覚える。 新三郎に会いたい一心でこの館に入り込んだ自分を不審に思っているのだろうか?
「勝手に上がり込んでごめんなさい。」
「いいんだ、君を招いたのは私たち・・・それと・・・」
女が隣に立つ険しい顔の男の肩に手をかける。少し怖い印象の男。
自分の顔を見て、少し腰の引いた少女に頭をかく。
元から険しい顔であればいたしかたないが、そうじゃない、単純に彼女の姿が、理解の範疇を超えている。
昨日森であった骸骨。この女性がお露の本来の姿か。
生前の姿なのだろうか、薄紫の着物を纏うまだ若い少女の顔は病的に色白ではあるが、美しさと可憐さを兼ね備えた古風な美少女だ。
「お露、お露・・・」
胸がざわめく。
「新三郎。」
呼びかけると、ざわめきは熱を帯び胸の奥から飛び出される。
青い炎を纏う骸骨が一つ琥太郎の内から出て、少女に飛びつくように宙を舞い・・・
「これは・・・」
「・・・新三郎か。」
青い炎がお露の周りを飛び交い包み込むように火勢をあげる。
お露を包み込む光となり、それは人の形をなしていく。
お露を背から抱きしめる男。
白無地の着流しを身につけた幸薄い印象の優男。
互いの熱を確かめあうように、お露も回された腕に手を添える。
確かに感じる熱に零れる涙はどちらのものであるか詮索するのも野暮であろう。
二人の再会を眺める俺は、ふと隣に立つアスビーの横顔を見る。
「・・・どうした?」
俺の視線に気づいてこちらを向く主。
「いや・・・何でもない。」
「・・・そうか。」
曖昧な返事をするのを嫌がることもなく。
恐らく無意識であろう。少し身体を寄せてくるアスビーに、顔のにまつきを抑えながら、
俺たちは束の間の温かい時間を共有した。
外から聞こえる爆音も何処か遠くにおいて。
週2、3投稿くらいでがんばりたいです。