「鉄の重み」
「鉄の重み」
木々が揺れる音。
些細な音にも神経を磨り減らし、意識を集中する。
王女の眠る部屋の前でアレンは、自身の双肩にかかる、重みに身を引き締める。
「ふわぁー・・・ねみぃ。」
「交代してから、一刻と経ってないでしょう。」
「夜は普通、寝るもんだろ。
あー、深夜手当ては、つくのかねぇ。」
アレンは、隣で大あくびをする同僚を見る。
小柄だが、ガッチリとした体躯。
茶色髪に、うっすら蓄えた髭をなぞりながら、ハーパーは不満を漏らす。
「気を引き閉めろハーパー。
相手は並の怪奇ではないそうだ。」
「だからこそだろ、アレン。
常人の集中力は1時間程度しかもたないんだぜ?
お前やおれは、常人じゃないが、
そやって、ずっとピリピリしてたら
いざってときヘマこくぜ。」
平常運行な、同僚を手にもつ斧を、抱き、座り込む。
言い訳ばかりに使う、その頭をもっと違う方面に使えばいいのにと、
しかし、一理ある。
自分は少し張り詰めすぎていたかもしれない。
王女様の護衛。
しかも、その王女は正体不明の怪奇に狙われている。
僕にお任せくださいと、領主や、キャトル。団長バラクの前で見栄をきった以上、気は抜けない。
アレンは、壁に背をよっかけて肩の力を抜く。
同僚は、それでいい。と口角をあげると、タバコを吸い出した。
「キャトルさんが一緒じゃなくてよかったな。」
「お前と一緒だから志願したんだろ。突っ立て、"1本焼きながら"姫様の快適な睡眠を御守りすればいい。
手当ても栄誉もある上手い仕事だからな。」
「そうだな。
僕もお前が一緒で助かるよ。
いざってときは、心置きなく囮に出来る。」
「おーひでぇなぁ。」
ケラケラ笑うハーパーに、つられて
笑うアレン。
額の角を撫でるアレン、何か巧を企てているときの癖である。故にハーパーのような馴染みには直ぐに看破されるが。
「ここで、うまく姫に好かれ、王都配属になれば、いいんだがな。」
「相変わらず、腹黒い奴だなぁ。そんな、俺たちが嫌いかよ。」
「いいや、ただ自分の腕を王都で試したいだけだ。」
「ここも、領主や、琥太郎のお陰さまで、ずいぶん賑やかなじゃねえか。」
「そういう面倒事は、老いぼれ団長にでも任せておけばいいだろ?
俺たち未来のある若者は、もっと前線で力を振るわねば。」
「俺は、勘弁だ。前線なんて面倒くせえ。」
「ここで僕の活躍を見守っていてくれ。」
「若い鬼の死体が送られてこないよう祈ってるよ。」
軽口をたたきあい、勤める二人。
カラン。
何かが転がる音が響く。
その音の主は、二人の足元に、
パイナップル模様の小さな黒い塊。
「ハーパ・・・!」
アレンの声が届く前に、塊が炸裂する。
強烈な光を出すそれを、諸に受ける二人。
アレンは、目をおさえ膝をつく。
廊下の向こうから、静かに
尋常じゃない早さでこちらへ駆けてくる誰かが、
アレンは、涙に滲んだ目を必死に開け、そいつを捉える。
月明かりに照らされた獲物は、真っ直ぐに無駄のない動きでアレンの首を狙う。
上体を反らし、回避し、剣を抜くアレン。
的確に侵入者の首を狙う。
視界が戻ると、アレンの目の前には、大柄な坊主頭の男。
顔には幾つもの古い傷痕。
茶色の不精ひげを生やし、鷹のように鋭い目つき。身体中に、アレンが見たこともない重火器を装備し、その重量を感じさせぬ素早い動きで、
男は、手にもつ巨大なナイフをアレンの首に当てる。
「チェックメイト。」
男は、空いてる片手で小銃を掴みアレンに構え・・・
「舐めんなおっさん。」
転がっていたハーパーは、手にもつ斧を男の手に当て、それを防ぐ。
剣を肩口にあてるアレン。
緊迫した空気が三者を包む。
その空気を裂くように、
男は、ニヤリと顔を崩し、両手をあげ、アレンたちから距離を取る。
アレンとハーパーは、武器を構えながら男を警戒する。
「悪いな若者たち。癖みたいなもんなんだ。」
「黙れ、何者だ貴様。」
「田舎の騎士だと思って甘く見てた。良い動きだ。」
「そりゃどうも。」
男の姿が二人の目の前から消える。
二人の視界が追い付くより先に
男は瞬時に腰を落し、アレンとハーパーの足を払う。
動きについていけない二人は体勢を崩し、
アレンが顔をあげたときには、もう遅い。
男は、両手の銃口を二人の頭に定めていた。
「若いな。」
「くっ!」
「優位性を持たせた時こそ、相手の隙をつきやすい、覚えておけ。」
男は銃をしまう。
慣れた手つきで、タバコを取りだし、火をつける。
その光景を呆然と見る二人。
悪態をつきながら立ち上がる。
「おっさん、なにもんだ?」
「傭兵だ。」
「傭兵がなにようだ?」
「ピリピリするなよ。
目的はお前たちと一緒だ。」
「なに?」
「では、お前がプリエルカ様の・・・」
「若い鬼。侵入者にそんな情報伝えていいのか?」
「なっ・・・」
「つまり、お前らがたっていたその部屋にプリエルカ王女がいるんだな。
頭の回転は良いようだが、お喋りすぎだ。
減点だ。鬼の少年。」
唇を噛み自分の失言に気づくアレン。
「それに、お前。ドワーフだな?」
「あぁ。」
男の圧に押され素直に答えるハーパー。
「この狭い廊下でその獲物は不適切だ。
俺の腕に当ててどうする?
振り抜こうとした瞬間、銃口を向けられ御陀仏だ。」
「・・・」
ハーパーは、頭を下げる。
男は煙を燻らせ、
「二人とも不合格。訓練が足りねぇよ。」
「うちの若いの苛めんのは、そんぐらいにしろ、コブラ。」
廊下の向こうから声。
剣を掴むバラクが数人の騎士を連れ歩いてくる。
コブラと呼ばれた男は、ニヤリと口をまげ、腕を振る。
腕から、投げられた小石は的確にバラクたちの頭を捉える。
バラクは、それを手で払いのけるが、
騎士たちは、対応できず頭を押さえる。
コブラは、小さなナイフを取りだし手で回す。
「今投げたのが、これだったら、間抜けな騎士の死体が増えてたな。」
騎士たちは、その言葉に顔を背ける。
バラクは、コブラに近寄り、
「だから、止めろって。」
「ただの挨拶だろ、バラク。」
ナイフをしまい、バラクに右手を差し出すコブラ。
その手を握るバラク。
「ウィンドブレス。」
バラクの魔法がコブラの左手にあたる、
カランと音をだし左手に握られていたナイフが地面に落ちる。
「鈍っていないな、安心した。」
「毛の生え揃わないガキの相手ばかりだと肩は凝るがな。」
「娘は、元気か?」
「ああ、シャールに似て手がかかる。」
「この前、"怪奇省"で会ったぞ、おたくの嫁に、酒に誘ったら断られた。」
「人の嫁に手を出すな。」
「相変わらずいい女だったよ。娘さんに会うのも楽しみだな。」
「殺すぞ、コブラ。」
「何事ですか!?」
扉が開き、両手に護身用の短剣を握るプリエルカが飛び出してくる。
辺りに転がる騎士と、コブラを目にしたプリエルカ。
「コブラ・・・」
「よ、姫さん。元気でなにより。」
「すいません、みなさん怪我はないですか?」
「ああ、外傷はな・・・」
いまだ立ち直れないアレンたちは、顔を俯ける。
「お前ら全員、朝イチで修練場に来い。」
「はい。」
「若いんだから、ミスもあるさ。
戦場なら全員仲良く墓の中だがな。」
「コブラ! もう、意地悪なんだから。」
「申し訳ありませんね。
ただ、騎士の訓練も俺の分野なんでね。
戦友の、よしみで今回は無料にしといてやるよバラク。」
「そりゃどうも。」
「団長。」
アレンは、身を整え立ち上がる。
「こちらの方は?」
「お前が王女の護衛ってわけだな?」
「挨拶が遅れたな。コブラだ、傭兵から、モヤシ騎士の修練、単独で城を落としたりと手広くやってる最強の男だ。」
インパクトのある挨拶に閉口する騎士たち。
「相変わらずだな。」
「すいません、それよりコブラ。例の灯篭は?」
「ああ、持ってるよ。残念ながら、ターゲットは代わらず姫さんのままだ。利口な幽霊だな。」
コブラは、懐から小さな牡丹柄の灯篭を取り出した。
アスビーの屋敷・執務室。
琥太郎の噺を一蹴したヨミが「牡丹灯篭」の噺を語っている。
『牡丹灯篭』
因果と、愛憎の物語。
日本三大怪談話である。
旗本の娘、お露は浪人の萩原新三郎に焦がれ死に、下女のお米を連れ、夜半、牡丹灯篭を下げ、 下駄のカランコロンと音と共に新三郎のもとへ通う。
新三郎の下男"伴蔵"は、骸骨と愛を交わす主人を見つけ、お露が亡霊となって新三郎に取りついてるのを知る。
命が危ないと知らされた新三郎は、和尚に相談し、
金無垢の海音如来をもらい、魔除けの札を張り、お露の侵入を防ぐ。
札の力で新三郎に会えないお露は、札を剥がすよう伴蔵に頼みにくる。
伴蔵の妻"お峰"は、百両をくれれば札を剥がすと、幽霊に相談し
百両を受け取った伴蔵夫婦は、新三郎の家の札を剥がし、海音如来を持って逃げる。
札の剥がれた家に入り込んだお露は、新三郎を憑き殺してしまう・・・
ヨミの噺を聞き身体を震わせるキャトルと玖礼。
「とまぁ、その百両を元手に店を開いた伴蔵が、浮気したことをお峰に問いただされ、百両貰った話をバラす脅されて、お峰を殺してまい、
自身も霊に憑かれて川に身を投げるっちゅう話なんやで。」
「ご苦労、ヨミ。」
「お峰を演じる役者さんが超絶美人な女方だったな。そういえば。」
「それは、うち観とらんなぁ。」
「演劇の文化があるイディオンなら上演出来るんじゃないか?」
「そんなことしたら、怪奇に殺されるぞ。」
「それもそうか、残念だ。」
「お前の国ではそんな、恐ろしいもんやってるんか。」
「そうだ、俺の国を代表する怪談だからな。」
「そんな、凄いのに狙われてるってことだよね、プリエルカ様。」
キャトルが耳を震わせる。
「うむ、話に出る牡丹灯篭が、イディオンに召喚され、灯篭を探すお露。それを、偶然に手にいれたプリエルカ。厄介な辻褄の話だが、そういうことだ。」
「でも、灯篭があるのなら、それを封印すれば済むんじゃない?」
「簡単にさせてもらえればやけどな。恋焦がれて死んだ女や。
それも、愛する新三郎のいない世界に飛ばされて、
情念で凄まじい力になっとるやろうな。」
キャトルは、震える手でカップを持つ。
「震えていても仕方がないだろう。
灯篭が手元にある以上、対処はしやすい。」
「なぁ、試しに聞きたいんだが、その灯篭、お露に返したらどうなるんだ?」
アスビーとヨミが俺を見る。
「灯篭を求めて彷徨う霊なら、所有する俺たちに危害を加えるだろうが、灯篭を持ったお露が求めるのは新三郎だろ?
単純に新三郎のいる世界に送り還してやればいいだけなんじゃないか?」
俺の言葉に目を丸くする一同。
特に、ヨミとアスビーのそんな顔を見るのは珍しい。
考えもしてなかったようだ。
恋い焦がれる霊を、愛する者のいる世界に送り還す。
何とも後味の良い結末じゃないか。
「ヨミ。」
「帰るよ、玖礼。書物を漁ってみるわ。」
「お、おお。」
ヨミは、玖礼を連れだって、部屋を後にする。
「まさか、採用?」
俺とキャトルは、優雅にカップを傾けるアスビーに視線を注ぐ。
「朝一番に、プリエルカを迎えに行ってくれキャトル。琥太郎と、私は準備をする。」
「う、うん。」
「了解した。」
「ふむ、明日は忙しくなるぞ、二人とも。」
トントン拍子に話が好転し、
加速する。
一抹の、不安をよそに夜は空ける。
大和屋さんが、好きです。