「プリエルカ」
この話を扱いたいが為に、「異世界怪奇譚」を書こうと思いました。
「プリエルカ」
カランコロン・・・カランコロン・・・
下駄の音が俺の耳に響く。
間違えた。
アレは、手に負えない。
牡丹の灯篭を捜し彷徨う亡者だけじやない。
それよりも、恐ろしい怪奇が・・・
早く誰かに伝えなくては。
カランコロン・・・カランコロン・・・カラン。
音が止まる。
静寂の中、鳴りやまない心音すら止めれないかと感じる。
息を殺し、気配をたって
その足が、自分にまだ気づいてないのを祈るしかない。
カランコロン・・・カランコロン・・・
下駄の五月蝿いほど耳につくその音が、遠ざかるの。
木の根本に座り込み、潜む我が身。
俺が本物だったなら、気を抜いて音をたてる、なんてなかっただろう。
実弾の入った銃を取り出そうと、ホルスターに手をかける。
銃の重さで、腕が揺れる。
カサッ。
揺れた銃身に触れた葉が音を出す。
しまった。
「新三郎さま・・・?」
気づかれた!
俺は獣道を駆け出す。
つもりだった。
距離を、アレから距離を取らなければ。
踏み出した右足が空を切り、支えを失った身体は地にまみれる。
なに、が・・・
土が、赤黒く染まる。
立ち上がろうと足に力をこめるのだが、
右足が熱い。
熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、痛い!
痛みを感じたとき、俺の目の前に、使い慣れた右足がポトリと落ちる。
「あ・・・あぁ・・・あぁ、ああぁ。」
何かの間違えだ。右足、膝から下に
感覚がない。
落ちている膝から下の部位、己の右足に手を伸ばす。
ヒュン!
耳元を、風がはしる。
伸ばした、右腕の手首から先が地に落ちる。
「痛いかぁ?」
ねちっこい女の声。
俺の回りを、愉悦に這いずる巨体。
手足をもがれた餌をどう料理しようか、
草木を踏みつけ、地を荒らす、巨体が、俺の身体にグルグル巻きつき、締め上げる。
咄嗟に、逃れようとあげた。残された左腕。
その手に、重い銃を握り。
ミシミシと肉と骨を締め付ける音がする。
頭は・・・どこ・・・だ?
朦朧とする意識の中、
俺を嬲り殺しにする女の顔を、木の影に見つけ・・・
引き金を引いた。
身体を締め上げてた力が失われ、
地上に落ちる。
俺の心臓から
音が聞こえなくなっていた。
アスビーの屋敷。
応接間に通されたプリエルカは、義理の姉から説教を受けてる最中である。
二人のやり取りを見守るのは、
従者である、琥太郎。
興味本位で着いてきたヨミと玖礼。
そして、プリエルカ"王女"の突然の訪問を聞いて、詰所から飛んできたバラク、アレン、キャトル。
「・・・」
アスビーは、無言でコーヒーを啜り、組んだ足をヒクヒクと動かしている。
「義姉さま・・・」
プリエルカは、おそるおそる話しかけるが、アスビーは口をへの字にしたままである。
「なぁ、琥太郎。」
「ん?」
「あの娘っ子が、この国の王女さまなんか? 」
玖礼は、琥太郎に耳打ちする。
「なんだよな?」
「知らんのかい。」
「知らん、一国の王族と面識なんてあるわけないだろ。
しかし、そうか。アスビーと結婚したら、可愛い妹までついてくるのか。なんと素晴らしいことだ。」
「おぃ、ボケ。何やよーわからん単語が聞こえたんやが、うちにわかるよう話してもらえるか?」
「神聖な単語だからな、易々使ってはならない。特に婚期の遅れたというか、そんな言葉と無縁な、年齢不詳な方に、現実をつきつける厳しい言葉だろうな。」
「ほー、それはうちにとってってことか? ん? DTの小僧が、麗しく妙齢な世界一の美人に、喧嘩うるっちゅうことやな?」
「妙齢と認めたな、それに現代日本ではDTの平均年齢はあがっている。ああ、そうか、大昔のお方は知るわけないか。」
「いかくさいDT小僧よ。それ以上、口臭を振り撒くとあまりの臭さに耐えかねた高貴な神様が、尻尾を振り回すかもしれんよ。」
「DTってなんじゃ?」
「お前には縁遠い言葉や。
寂しくなったら、いつでも夜這いに来てもエエんやでー。」
「お、おう・・・」
ヨミが玖礼の顎を艶かしくなぞる。
アスビーが足をヒクヒクと、
「ちょっと、プリエルカ様の前でやめてよね。」
「発情期か?」
「ベッドは、イカ小僧の死体でええかな?」
「おいおい、王女様の前で汚い言葉使うなよ。」
「あんたが、言い出したんでしょ!」
「なにをだ? 俺はただ事実を述べただけだ。」
「うちの可愛い娘はどこぞの馬の骨とは結婚せんわ。」
「それは、ありえません。お姉さまは、私のお兄様と結婚するんです。」
プリエルカは、胸を張って言い切る。
「ほーん・・・」
プリエルカをジロジロと観察する。
「な、なんですか?」
「つまり、その兄が不慮の事故に遭えば、嬢ちゃんと、アスビー二人とも幸せになるっちゅうことやな。」
「奇遇だな、ヨミ。俺もそれを考えてた。」
「え! えっ!?」
プリエルカを囲むヨミと琥太郎。
プリエルカは、狼狽するのを見てイライラのピークに達したであろうアスビーが、机を蹴る。
「二人とも黙ってろ。」
「・・・すまん。」
「でも、誰かがずっと黙ってたのが、悪いんやないかぁ?
なぁ?」
周りに顔を向けるヨミ。
全員一様に顔をそらす。
アスビーがタメ息をひとつ。
「プリエルカ・・・なにようだ?」
プリエルカは、ホッと一息つき。
「勿論、お仕事の依頼ですよ。
ただ、お姉さまのところに遊びに行きたかったんですが、それでは、外出を許してくれないので・・・」
「つまり、遊びに来る口実に使ったわけだな。」
「こら! 余計なこと言わない。」
琥太郎の口を塞ぐキャトル。
琥太郎は、すかさずキャトルの指を舐め、キャトルは短い悲鳴をあげる。
それを見てたバラクが、腰の剣に手をかけるのを、アレンが制する。
「ふふふ・・・みなさん賑やかな方々ですね。」
「毎日これだと、疲れるぞ。
それで、ワザワザ長い旅路を経て王国一の召喚師を訪ねてまで頼む仕事とはなんだ?」
自分で、言い切り椅子に寄りかかるアスビー。
プリエルカは息を整え、
「・・・牡丹灯篭。そのお噺知ってますか?」
それを聞いた、アスビーの顔が険しくなる。
『牡丹灯篭』
聞き覚えがある。
見たこともある。
昔、親に連れられて銀座の歌舞伎座に芝居を観に行った。
内容は細部まで覚えてないが・・・
俺は、ヨミをチラリと見ると
ヨミも覚えがあるのか、俺の目線に合わせる。
「・・・プリエルカ。何を手にいれた?」
「牡丹柄の灯篭を。メイドのキャサリンが、市場で偶然。綺麗な造りの灯篭だから、私にくれたのですが。
その日から、夜毎カランコロンという音が続いて・・・」
「プリエルカ今もそれを?」
アスビーが責める口調でプリエルカへたずねる。
「いいえ、今は、護衛の方が持っています。」
「その護衛は?」
「明日にはここに来るかと思います。
別件で隣町に寄っているので。」
アスビーは、視線を走らせる。
「バラク。」
「はいよ。」
「プリエルカを詰所で泊めてやってくれ、夜通し護衛をつけてな。」
「勿論だぜ。」
「僕がつきますよ。」
バラクとアレンは、1歩出て拝礼する。
「その護衛が着いたら、すぐに私のところへ灯篭を持って来い。まだ間に合えばいいがな。」
アスビーは、立ちあがりプリエルカの肩を抱く。
「義姉さま・・・」
「大丈夫だ、プリエルカ。お前はやはり運が良い。そうだろ、琥太郎、ヨミ。」
俺は頷き、ヨミはにこやかに頬笑む。
それを、見て表情を崩す。
「姉さま、その・・・こんなこと言うのも・・・」
「わかってるよ、プリエルカ。
だから、ワザワザ私を訪ねに来たのだろう?
この話は何処にも漏らさんよ。」
「はい・・・キャサリンは悪くないんです。
手放して誰かに押し付けるなんて出来なくて、それで・・・」
小さくなる声のプリエルカを優しく抱きしめるアスビー。
王都なら、対処できる術師がいるだろう。
でも、それでは人目につく。
悪意はないといえ、王女に怪奇の種を渡したなんて、知れたらその、メイドは・・・
ヨミは、抱き合う二人の肩へ手を回す。
「ええ子やなぁ。うちにくれへん?」
「やらん、私の可愛い義妹だ。」
「アスビーの妹いうことは、うちの娘でもあるわけやなぁ。」
「え! ヨミさんは、姉さまの!?」
赤く腫れた目をあげ、衝撃の事実に言葉を失うプリエルカ。
プリエルカの頭を優しく撫でるアスビー。
「育ての親だよ。」
「つれないこと言わんと。
アスビーの、ちっちゃい頃の話、聞きたいよなぁ?」
「「ぜひ!」」
「あっ。」
つい、声に出してしまった。
ロリビーの、話を聞きたくないなんて、ありえるか?
いや、ありえない。
周りから溜め息が漏れる。
「空気読めないね。」
お前にだけは言われたくないが、今は分が悪い。
冷汗の出る俺に王女様が、笑みを向ける。
「琥太郎お兄さん。また今度にしましょうね。」
「そうだな、お姫様の眠りを妨げる悪い輩を、退治したあとでな。」
俺は、小指をさしだす。
たしか、イディオンでも同じ意味で使われてると街の子供に聞いたな。
差し出された小指に、その細く美しい指先を絡めるプリエルカ。
「はい! 約束です!」
本来の明るい笑顔に戻ったプリエルカ。
やばい、可愛い。
しかし、俺は、ロリコンではない。断じてな。
「ほれ、さっさと離さんかい。」
「ふむ。雷に焼かれるのと、炎に焼かれるのどちらがいい?」
俺は、指を引っ込める。
「ごほん。
じゃあ、プリエルカ。旅の疲れもあるだろうから、今日のところは、解散にしよう。」
「そうですね・・・みなさん!」
プリエルカは、可憐に凛々しく礼をする。
「突然の来訪、多大な迷惑をおかけして、申し訳ありません。
このご恩は、プリエルカ決して忘れません。」
その礼に応える面々。
「プリエルカ様、ライクニック騎士団の長バラク、必ず御守りします。どうぞこちらへ。」
バラクに促され、部屋を後にするプリエルカ。
アレンも、礼をし、部屋を後にする。
王女を見送るとアスビーが、俺に蹴りを入れる。
「お前が締めるな。」
「主の言葉を借りたまでだ。」
「ふむ、その気配りは及第点だったな。」
「かっこつけよって。」
「あんな小さい子が、色々背負いこんで、歩いてきたんだ。
全力を尽くさせてもらおう。」
「同意や。うちの娘を傷つける者は例え、七怪奇だろうと、容赦せんで。」
「期待してるぞ、二人とも。」
「安心しいやぁ。怪談物の専門家やで、うちは。」
「そうなのか?」
「せや。どちらかと、うち自身もそっちよりの者やしなぁ。
小僧こそ、あんな自陣満々やったけど、大丈夫なんやな?」
「ああ、劇作だが観たこともあるぞ。」
「ああ、歌舞伎やなぁ。うちも観たことあるで。」
「なんと・・・ん? だが確か『牡丹灯籠』は、江戸時代にはまだ、作品として・・・」
「この際やから、言っておくがなぁ。うち、第二次世界大戦前まで日本に居ったんやで。」
「え!?」
二次大戦まで? ずいぶんと日本の事情に詳しいのはそのお蔭か。
「また、うちの不思議が広まったなぁ。もっと色々聞きたければ、稲荷を寄越すんやな。」
「何故だろう、ホームシックかな。とても魅力的な提案に聞こえる。」
「そうそう、男子は素直なのが1番やでぇ。」
「ごほん・・・二人とも話を続けて良いか?」
「「はい。」」
ムスッとしたアスビーが割って入る。
珍しくヨミと意気投合して、主を置いてきぼりにしていたな。
しかし、日本の事を共有出来る相手がいると、嬉しいものだ。
今度、手塩にかけた稲荷を持って訪れるのも良いかもな。
「お前たちは良く知ってるだろうが・・・」
「あのぅ・・・あたし、何の話か、あんま、わかってないんだけど・・・」
「ワシもじゃ。」
話の腰を折り、申し訳なさそうに
耳を弄るキャトル。
玖礼も頭をポリポリと掻く。
アスビーは、二人の言葉を聞き
椅子に腰掛け、
「では、噺から始めようか・・・」
僕も、観に行きました。