「ポケットサクヤ」
お待たせしましたm(__)m
「ポケットサクヤ」
ライクニックの外れの丘。
最近、整備されたこの丘は、天気の良い日中はよく子供たちの遊び場として、利用されている。
"サクヤ"が奉られたため、子供好きな山神様の影響で、
あたりに魔物が住み着かなくなった。
領主の命で整地された丘からはライクニックの街が見渡せる絶景ポイントである。
その丘に日課のお参りにやってきた琥太郎と、その後についてきた玖礼は、穏やかな光景を眺めていた。
「あの奥さん何てどうだ?」
「うぬ・・・もう少し肉付き良い方が好みじゃが、ありじゃのう。」
「あっちのショートは?」
「おお、たまらんのう。良い眺めじゃ。」
エルフの若奥様方を見ながら、感慨に耽る犯罪者予備軍2人。
「そうだな、俺のお気に入りの絶景スポットだ。特にこの街はエルフが多く住むから、当たりが非常に多い。
・・・ヨミには黙ってろよ。」
「教えるわけなかろう。」
「うむ。ならば問題ない。
そんな、お前にはライクニック男子御用達の"スッキリするお店"を教えてやろう。女所帯の家に居候する身の上は俺もよくわかる。だいぶ、溜まってるだろう。」
「そんな店あるんか!?」
「ああ、秘密裏にだがな。間違ってアスビーに気づかれたら全員に雷が落ちるだろうが、
男性騎士達の助力により、経営が行われているクリーンなお店だ。」
「それは! ・・・しかし、ワシはやはり難しいかものぅ・・・」
「・・・あの狐様は鼻が利くからな、もし他の女の匂いでもつけて帰ろう者なら・・・」
「くそぅ! 残念じゃ! こんなに悔しいのは産まれて初めてじゃ!」
泣き崩れる玖礼。
その肩を優しく叩く琥太郎。
玖礼はとてもモテる。
顔も良いし男気もある。
すっとんきょうな身なりもヨミの所に住み込んでからなくなった。
そのお陰で、ヨミの舘には、若い女性の御客が、小間使いの玖礼目的で訪れるらしい。
ヨミは、それを利用して更なる顧客拡大を狙っているとか・・・
だからこそ、玖礼は虚しい境遇なのである。
ヨミがこれ見よがしに玖礼を連れ回し、コイツはうちのもんやから手出したら、どないなるか知らんで。と言わんばかりに。
なので、影ながら女性の黄色い目線を浴びる玖礼。
多少、ムカつくが、
日頃、ヨミに弄ばれ、悶々と苦しむ友人をどうにか救ってやろうと、今日も連れ出した訳だ。
そもそも、何故俺に声をかける女子がいないのだ。
稼ぎもある。何てったって領主に仕えてるんだ。
見映えも悪くはないほうだろう。
くそ!
きっと、キャトルや、狐あたりが俺の悪評を振り撒いてるに違いない!
キャトルめ、今日もその耳真っ赤に染めてやる・・・
今日は、筆責めしてみよう。
大の男が泣き崩れたり、怪しくほくそ笑んだり。
その様に気づいたエルフ奥様達は、子供を連れ早々に立ち去っていった。
二人だけを残して、のどかな丘は陽を燦々と浴び、美しい緑が広がっている。
その片隅の大きな木の下で、白い帽子を被る女性が現れた。
女性は、いつものように木陰に腰掛け、琥太郎を見つけると優しく頬笑む。
そんな状況の変化に気づかない二人は。
「よし、玖礼。先ずはアリバイ作りから始めるんだ。
そうだな、俺の所に・・・いや、それは直ぐにバレる。
アレンの家に泊まりに行くとでも言って・・・」
「ダメじゃ・・・ヨミは絶対外泊なんて許さへん。」
「くっ! 過保護者め! ・・・そうだ、朝方に行けばいいんだ! そうすれば匂いや、時間の都合なんて幾らでもつく!」
「ムリじゃ・・・日中は家事やら、使いやらで身動きとれん・・・」
「玖礼!」
「はっ!」
琥太郎が一喝する。
「不可能、不可能、不可能と。
最初から勝負を捨てるお前に!
いつまでも勝利はない!」
「じゃが!」
「言い訳をするな!
・・・玖礼。お前は俺の大事な友だ・・・俺を信じろ! そして、行動しろ!
俺が、絶対にお前を救って見せる!」
「琥太郎!」
熱く抱擁する二人。
男の友情はここに深まれり。
自分に気づいてくれないサクヤは、不満気にそんな二人を眺め、
ちょっとした悪戯を思い付いて、立ちあがり、姿を消す。
風が丘に吹く。
辺りの喧騒が、止んだことにやっと気づいた二人。
「ふぅ・・・てなわけで"風呂屋"大作戦を立案しようか。」
「・・・なんや、何か冷えてきたのぅ・・・」
「出たな・・・」
「誰がじゃ。」
「美人で、お茶目で、恥ずかしがり屋のお姉さん。」
風が動揺したかの、ようにそよぐ。
「何か風が吹いてきたのぅ。」
「む・・・いつもの場所にいないな。」
「なんぞ、居るんか?」
「だから、言ったろう・・・」
後ろに立ってる。
俺にはわかる、サクヤが意図的にやってるんだろう。
きっと、子供達がいなくなった後にひょっこり現れたが、ワチャワチャして、気づいてくれない俺を脅かそうとでもしているのか?
まったく、可愛いサクヤ姉ちゃんめ、
・・・そう簡単に策にかかるのは俺のポリシーに反する。
「玖礼、お前は知らなかったか、この丘に住む超絶美人で、子供が大好きだけど、いきなり現れるとビックリして逃げだすので、いつも祠の影から眺めてる、俺の事がちょーちょー大好きなお姉さまを。」
「下手な妄想じゃの。」
風がまた、乱れる。
その風を感じ、シメシメと言わんばかりに琥太郎は言葉を続ける。
「妄想ではない。最近では、俺に焦がれて部屋にまでやってきたしな。」
!!!
風が暴風に変わり、吹き荒れる。
ちなみに、これはほぼ事実だ。
俺が盛大に寝坊して夕方ごろに起きたとき、いつもの様に来なかった俺をあんじて、サクヤ姉ちゃんが枕元に立っていた。
あのときは心臓が止まりかけた。
「なんじゃなんじゃ!?」
「それだけじゃない。
雨が深々と降ってるときは、俺が山を登りだすと止み、下りたらまた降りだしたり。
陽気な日に俺がちょっと昼寝しようと、木の下で眠りこける。目が覚めると、大きな葉を布団がわりにかけてくれたり・・・」
俺が、サクヤとの間に起きた出来事をツラツラと話すのに応じ、台風が直撃したかのように吹き荒れる風。
「しかも、俺がコッソリ薄目を開けて寝たフリしてるのに、気づかず、ほっぺにっ!」
琥太郎の頭に風に飛ばされてきた枝が直撃する。
ちょっと、いじめすぎたかな
琥太郎は後ろを振り返る。
顔を真っ赤に染めたサクヤが涙目で睨んでいた。
「調子に乗ってごめーんね、サクヤ姉ちゃん。」
「ぽっ、ぽっぽ、ぽっ・・・」
サクヤの目と口が底の無い闇に覆い尽くし、
「ちょ! ごめん! ほんとごめん! それはダメ! 洒落にならないから!
本当にごめんなさい、姉ちゃん!」
琥太郎は、素早く頭を地にすり、土下座する。
さっきまで吹き荒れてた風は止み。
サクヤは、満足そうに頷いた。
琥太郎のせいで、拗ねた元八尺様は、二人に背を向け、木陰に座り込んだ。
玖礼は、目をキラキラさせて、
「ほー、山の神様かい。こりゃ、たまげたわい。はー、祈っておこう、祈っておこう。」
「爺みたいなこと言ってんじゃねぇ。」
「人生で、神様にお目にかかる何て、ありえへんじゃろ。
それに、エライべっぴんさんじゃのう。ワシも毎日来たら、現れてくれるかのぅ・・・」
「おい。俺のサクヤに色目を使うなっ!」
サクヤが片手をあげると、琥太郎の頭上に枝が落ちてくる。
「・・・機嫌直してくれよ、サクヤ姉ちゃん・・・!
うお! けっ、毛虫が! やめ、やめろ!」
「お前の物になった覚えは無いと、言っておるぞ。」
「俺たち一生の誓いをたてた仲じゃないか、サクヤ・・・」
甘く囁く琥太郎。
琥太郎が、サクヤにそろそろ寄ると、
二人の間に蜂の巣が落ちる。
「蜂は、ダメー!!!」
なぜか琥太郎だけをつけ狙う蜂の大群。
「ヤバイ! ヤバイって!
やめ、やめ、いたっ! いたっ! あーっ! 服の中に入って!」
「スゴい神さんじゃのぅ。
風を自由に吹かせたり、昆虫を操ったり。」
「・・・」
サクヤは、玖礼を向き
姿を木葉で隠すと、
玖礼の背後に音もなく現れた。
「のわ! 心臓飛び出すわい!」
再び、木葉に包まれるサクヤ。
琥太郎が、蜂に追われ力尽き倒れる。
琥太郎を木葉が包み、それが散ると
琥太郎の頭を膝にのせ、優しく髪を撫でるサクヤが現れる。
サクヤが触れる琥太郎の傷はみるみるうちに治っていき、
その手先に甘えるように身を委ねる琥太郎。
「なぁ・・・サクヤ姉ちゃん。」
サクヤは、琥太郎の言葉にただ、耳を傾ける。
「もし、俺が来なくなったら、悲しいよな・・・」
指先が、動きを止める。
サクヤは、目を開け琥太郎をジッと
見つめる。
「俺だって離れたくないさ・・・」
琥太郎の伸ばされた腕がサクヤの頬に触れる。
「でも、俺は近いうち、此所を離れて、どこか遠くの地に行くこともあるかもしれない。
俺には、心から全てを捧げる人がいるんだ。
その人に付いて王都に行ったり、もしかしたら他の国に行ったりさ。
1ヶ月、数ヶ月、もしかしたら数年帰ってこれなくもなるかもってな。
別に確証がある訳じゃないんだよ。」
俺の言葉を聴くサクヤの顔を見つめると、心が痛む。
俺だって嫌だ。でも逃げずに見る。
俺には着いていくと決めた人がいる、
その意思を固めた以上、
「ただ、俺は弱いからさ。
ここでの暮らしが余りにも楽しくなって、幸せで・・・
そんな、今がもし無くなったらって、悲観的になっちまうんだよ。
・・・俺が爺ちゃんになったら、美人な赤毛の婆ちゃんと二人でこの丘に家でも建てて住むつもりだけどな。
孫に囲まれて、静かに余生を満喫するつもりだぞ。」
俺がムリに笑ってやると、サクヤも、不器用な笑みをみせる。
サクヤのこんな表情見に今日は来た訳じゃない。
ひとつの可能性を提示しに来たんだ。
「もし・・・俺がどうにかして、ずっとサクヤ姉ちゃんと一緒に、どんなに遠くの地に行っても、一緒に。一緒にいれるように出来たら。
着いてきてくれますか?」
サクヤは、目を閉じうつむく。
サクヤの身が琥太郎に溶けるように重なり、
消えてゆく。
琥太郎は、頭をかいて立ち上がる。
「振られちまったかな。」
夕焼け空を見上げ、自傷気味に呟く。
「お前の心次第じゃな。」
「手厳しいな。」
「ヨミもよう言ってる。
女を泣かす男は、みんなクズじゃってな。ワシも同感じゃ。」
「俺は・・・」
「でも、お前はクズじゃないじゃろ?」
琥太郎は、丘を下る道へと足を向ける。
逃げるんじゃない、未来を掴みに行くんだ。
「ゼロじゃない。俺は不可能でも可能にするまで、泥沼を這いずり回る男だ。」
「お前は諦め悪い男じゃからな。ヨミもそこだけは唯一評価してもやらんって言ってたぞ。」
「玖礼、お前を連れてきて良かったよ。」
「きもいわ・・・」
玖礼は、俺にニカッと笑う。
コイツには勝てないな。
自分の顔を見られないように屋敷へと帰った。
「頭うった?」
屋敷に帰り、俺の温めていた発言を聞いたキャトルの第一声は何とも辛辣だ。
執務室には、書類仕事を黙々と片付けるアスビーと、非番であるキャトルが煎餅をかじりながら寛いでいた。
「何がおかしい?」
「おかしいよ、何がって、全てがまるっとおかしいよ。」
「領主がセコセコ働いてる前で煎餅喰って、茶飲んでる20代女性騎士に言われたくない。」
「なんうぇふってー!」
「お前は、煎餅のみ込め。
それで、アスビー。どうなんだ?」
キャトルでは話にならないと、俺は書類と格闘中の主へ話を振る。
アスビーは、黙って手元の報告書に目を通し、判を押す。
「キャトル、コーヒー。」
「ふぁーい。」
区切りがついたのか、アスビーは、背を伸ばし、キャトルが淹れたコーヒーに口をつける。
「・・・召喚術を教えてくれと。」
「そうだ、というよりは、使役する術を教えてほしい。」
「ふむ・・・」
真っ直ぐ、俺の真意を探ろうと目を向けるアスビー。
俺はその金色の瞳に怖じけづかぬ。
「出来ないことはないがな。」
アスビーが引き出しからタバコを1本取り出して火をつける。
キャトルは、嫌悪感丸出しで、手をパタパタと扇いでアスビーを睨む。
「ちょ! 何吸ってんのよ!」
「黙れ、キャトル。
ここは、私の執務室だ。仕事の後の一服をして何が悪い?
休みで、朝からグータラ人の仕事場で、バリバリ煎餅食ってるヤツに兎や角言われる権利はない。」
「ぐぅ・・・!」
やっぱ、イラついてたのか・・・
キャトルが歯をギリギリ鳴らす。
そんな、様を片目にいれて、アスビーは、
「・・・サクヤか?」
「流石、アスビー察しがいい。結婚しよう。」
「しない。」
「はぁ!? あんた、私たちに飽きたらず、サクヤにまで色目つかおうっていうの!?」
「そんなことは! ・・・絶対無いとは言えないが。」
「ふむ。」
「はぁ・・・」
なにやら二人に誤解を産ませてしまったようだ。
俺は、いつもの茶化しを捨て、腰を据える。
「俺はな、アスビー。お前の従者だ。主の行くところ、俺も行く。
たとえ、あのでっけぇ山の頂上でドラゴンの卵を取ってこいと言われたら、俺は喜んで登ろう。」
「・・・」
俺は、窓からうっすら見える、イディオンの大地のど真ん中に突き刺さるという"霊峰ハルピュイア"を指す。
アスビーは、煙を燻らせ俺の出方をみる。
「・・・ドラゴンは、あんなとこに住んでないよ。琥太郎。」
「キャトル、茶化さないでくれ。」
「むぅ・・・」
キャトルは、釈然とせず煎餅をかじる。
「俺は覚悟した。
サクヤの涙を溜めた目を見つめながら、言ったんだ。
俺がたとえ、他国に行こうと、ライクニックに帰れない場所に行こうと、
俺はお前に絶対会いに行く。
それが、無理ならお前を連れていきたいと。」
「ふぉ太郎・・・?」
キャトルが俺の鬼気を、案じるのがわかる。
せめて、呑み込め!
いや、待て逃げるな琥太郎。
俺は何を焦ってるんだ?
冷静に考えると只の妄想に過ぎないだろう。
明日、死ぬんでもあるまいし。
そういえば、俺って日本では死んだことになってるのかな?
時間が等しく流れてるなら、もう半年くらい行方知れずってわけか。
誰が悲しむかな?
母親はきっと泣いてくれるだろう。
どっかで働いてる兄貴も心配してくれるかもな。
父は、泣いた顔が想像できない。
でも、見たくないな。
友達もいた。
でも、心からの友人も
きっと直ぐ忘れて、昔話のネタになるだろう。
怖い
怖いんだ。
アスビー
キャトル
玖礼
アレンたち
いちお、狐。
俺の薄い殻が破れて、消えたとき。
俺の周りに何が、誰が残るんだ。
この世界に家族と呼べる人はいない。
キャトルは、泣いてくれるかな?
玖礼は、アレンは?
アスビーは、どんな顔するのかな。
見知れぬ恐怖に震える身を締めて、
俺は仮面を被り続ける。
煎餅の音だけが部屋に響く。
そのペラペラの仮面を正面から叩き潰すのは、
「自惚れるな琥太郎。お前がサクヤを使役し、連れ回せると思うのか?
お前のよう才能も、技術も、知識もないちっぽけな人間風情が。山の神を使役するだと?」
「ああ、そうだよ! 何も出来ない俺だが、でも、俺はやる!」
俺は、立ちあがりアスビーに喰いかかる。
座っていると、もう一人の自分が立ちあがり、台無しにしてしまいそうで。
「アスビーに頼れなくても、俺はやるさ! ああ、ヨミか? 悪魔か? 禁術か? 見境なく、もがいてやるさ!」
何をそんなに言葉を荒らげるのか、自分にもわからない。
ただ引っ込みがつかないのだ。
アスビーは、椅子を蹴飛ばし
俺の額に、打ち付ける勢いで額を寄せる。
「調子に乗るな、琥太郎!
弱い畜生の遠吠えほど醜い! お前の言うもがくとは随分他人だよりだな!
悪魔だ? 禁術だ?
なにも知らない餓鬼が!
自分の足で歩けぬ子馬は、大人しく小屋の中でもがいていろ!」
「なにも知らない!
そりゃそうだ! 俺は日本人だからな!
知らなきゃ知ればいい!
知れなければ探せばいい!
何がそんな、気にくわない?
俺は、俺は、俺はただ!」
互いに何をそんなに怒鳴り散らしてるんだ?
なぁ、アスビー?
なぁ、安楽島琥太郎よ?
「ふ、二人とも!」
キャトルは、二人の豹変についていけない。
そりゃそうだ、俺もついていけない。
「それでも!
もし可能ならば!
サクヤを独りにしたくないと思う俺はやはり身の程知らずの傲慢だろうか!」
アスビーと俺の荒れた息が絡む。
アスビーは、肩を切らし俺の瞳を覗く。
俺は、アスビーの瞳に移る自分の顔を見る。
何て、顔してやがる。
くそ・・・
「琥太郎。お前は・・・」
「・・・アスビー・・・」
落ち着きを取り戻しつつある、二人の声が、部屋に木霊する。
サクヤ、俺は・・・
1番しちゃいけないことをしてしまっている。
「悪いな、ちょっと頭冷やしてくる・・・」
アスビーから、逃れるように俺は身を離す。
「琥太郎。」
アスビーが、俺に何かを投げる。
右手で掴んだ何か、手を開くと年季のはいったシルバーのくすんだ指輪。
「その指輪は、私が父に貰った物だ。
契約を補助する役割がある・・・とでも言おうか。
幼い私が、一角獣の魔物ノーチラスとの契約の際に用いてたものだ。
今となってはそんなもの使わずとも問題ないがな。
魔のモノとの契約では、契約者の才覚、智識、根気の強さなどが大事になるが、何よりも大事なのは
契約者と魔のモノとの相性だ。
お前とサクヤなら、全く問題ないだろう?
琥太郎。
私が、お前の唯一誇れる美点は"お前が誰よりも、思い上がること"だ。
俺なら出来る、俺なら勝てる。
俺しかいない、出来ない。
そんなお前の矜恃。
放り出して帰ってこないだろ?
それだけ言っておいて、無理でしたと、放り出す。無様を、私に。見せないだろう?」
「・・・」
俺は顔をあげるも、アスビーは背を向け窓の外を眺める。
俺は、1つ礼をして、祠に向かう。
指輪を握りしめ、部屋を飛びだした。
「ちょっと待ちなさい!」
「キャトル。放っておけ。」
「なんで!? 琥太郎、きっと森に行ったんじゃないよね!?
こんな時間に素人が森に入るなんて自殺行為だよ!」
「だからだよ、キャトル・・・お前の最大の美徳は変わらぬ優しさだ。
帰ってきたらたっぷり叱ってやってくれ。」
「ちょっと!」
そういい残し、アスビーは、足早に部屋を出ていく。
廊下を歩き、キャトルが部屋を飛び出し琥太郎を追ったのを見て壁に背をもたれ、座り込む。
タバコに火を灯し、
「久々だな、誰かと言い合うなんて・・・」
自嘲するアスビー。
「ばかめ・・・琥太郎。お前の不安なんて・・・私もまだまだか・・・」
タバコをふかし、誰にも聞かせぬ弱音を吐くアスビー。
「ばかめ・・・」
夜は更けて、二人の疾走する影はやがて重なり合う。
祠にたどり着いた琥太郎は、指輪を捧げ、ただ、祈り話しかけていると、
追い付いたキャトルにビンタされる。
泣きながら怒るキャトルに謝り、慰めて、明け方屋敷に帰った二人は廊下で加えタバコをして寝てるアスビーを見つけ、また一騒動。
祠に収められた指輪は、次の日、琥太郎が見に行くと、無くなっていた。
代わりにそこには、
小さな白い帽子が置かれていた。
夜。
昼過ぎにやっと眠りにつけた琥太郎が、目を覚ました。
寝台の隅に置かれた白い帽子。
その帽子を持ち、琥太郎は部屋を出る。
琥太郎が眠りにつく頃、目を覚ましたアスビー。
二人は昨日の夜から1度も顔を会わせていない。
意図的にも、無自覚にも。
琥太郎は、夜更かしな主がいるであろう、執務室へ向かう。
広い屋敷は静かで、琥太郎の足音だけが廊下に響き渡る。
琥太郎は、執務室の前にたつ。
執務室からは、光が漏れている。
ノックしようとあげた手が止まる。
どんな顔で、会えばいい?
自分の刺を吐き散らし、その刺を刺した相手に。
キャトルがいれば・・・
あぁ、やっぱアイツは泣いてくれるんだ。
それだけで、少し救われた自分。
しかし、傷つけた愛する人に
何て声をかけたらいいのか・・・
「空いてるぞ。」
ドアの前で固まる男に、アスビーの声が届く。
おそるおそるを隠すため、普段より強めにノックし、ドアを空ける。
アスビーは、椅子に腰掛け、ワインを傾けながら本を読んでいた。
琥太郎は、ドアをゆっくり閉めて部屋に入ると、ソファに腰かける。
アスビーは、本を読みすすめ、
琥太郎は、内心そわそわしながら、
腰かけたソファに背をもたれる。
本がめくられる音だけが、執務室を、支配する。
琥太郎がおもむろに、タバコを取り出す。
マッチを探そうと、ポケットを漁ると、
アスビーは、本を置き
ワインボトルを琥太郎の、前に置くと近くの棚からグラスを1つ取り出して、そのグラスにワインを注ぐ。
その動きを黙って目で追う琥太郎。
「アス・・・」
「言うことがあるだろう?」
ワインの入ったグラスを琥太郎に前に差し出すと、マッチを擦りタバコに火をつける。
「ありがとう、アスビー。」
アスビーは、マッチを琥太郎に、投げる。
それを受け取った琥太郎も火をつける。
「謝りでもしたら、そのボトルで叩いていたのに。残念だ。」
杯をかわす。
琥太郎は、グラスを傾け、ワインを一気に飲み干す。
「カッコ悪いな。」
「今さらだろ?」
アスビーも、ワインを飲み干す。
琥太郎は、アスビーと自分のグラスにワインを注ぐ。
「もう、しないよ。」
「なにをだ?」
目を細め、琥太郎を見る。
「アスビーに死ぬまで頼らせてもらうよ。」
「ハッハッハッ・・・!」
声に出して、大笑いするアスビー。
琥太郎は、罰が悪そうにワインをチビチビ傾ける。
アスビーは、またグラスを飲み干すと、琥太郎にボトルを向ける。
琥太郎も、グラスを空ける。
「琥太郎。そこまで、私のことだけを観察していると、なると気持ち悪いぞ。」
「主の事を、四六時中考えて生きてるからな。」
「昨日は読み違えたな?」
「それは・・・すまん。」
少し頬を赤らめて、妖艶な笑みを見せるアスビー。
その顔を見つめ緊張が溶ける琥太郎。
二人は自然にグラスを合わせる。
「私も思うところがあるには、あったからな。年甲斐もなく怒鳴ってしまったな。」
「まぁ、9割俺の自爆だけどな。」
「ふむ!
苦悩する従者の背を押してやるのも、主の勤めだ。」
「粉骨砕身仕えます、主。それに・・・アスビーからの贈り物大事にしないわけないだろ?」
「じゃあ、その白い帽子は何だ?」
上機嫌な、アスビーは棚から2本目のワインを取り出す。
「俺の予想だと・・・」
「言え、間違えるのを恐れるな。」
「この前の酒屋でも思ったが、酒が入ったアスビーは、3倍増しで魅力的だ。」
「だからと言って、その手の口説きに、乗ってやらんぞ。」
「簡単に落とせるなら、ここまで夢中にならないさ。」
「言うようになったな、琥太郎。」
チンッ、
グラスが合わさる。
「それで、新米召喚師モドキ君。順調かな?」
「とりあえず"応えて"はくれたみたいだな。」
「私とノーチラスの場合、三月くらいかかったぞ。
お前は、何年かかるかな?」
「三日で事足りる。」
「賭けようか?」
琥太郎は、タバコに火をつける。
「面白い。ひと月、食事を作ろう。」
「良いだろう、しかし、お前の料理はどうも私好みじゃないからな。ヨミ先生の料理教室に、通ってもらおうか。」
「ならば、日数を増やしてくれ。」
「いいぞー、そうだな・・・三ヶ月以内に定着させれたら、お前の勝ちだ。
どうだ?」
「乗った。」
グラスを傾け、アスビーはタバコを加える。
琥太郎に渡したマッチを要求しようと、琥太郎を見ると、
琥太郎は、自分の加えたタバコを差し出していた。
アスビーは、赤く灯るタバコに先端をあてがう。
2本のタバコは二人の間で燃え上がり、煙と共に離される。
「今のは悪くなかったぞ。」
「より、一層のご贔屓を。」
「ばかめ・・・」
二人だけの執務室には、煙と楽しげな二人の声が篭り、世が更けていく・・・
翌朝、
執務室で7本の空のワインボトルと、机に突っ伏し眠る琥太郎、ソファで眠るアスビーを見つけたキャトルが騒ぎだし一騒動。
この二人だけの夜会は、細く長く続いていく・・・