「実地調査」
今回は説明多目です。
「実地調査」
仲睦まじく? コーヒーを淹れて部屋に戻るとアスビーは書類の束を机に広げていた。
淹れたてのコーヒーをひとつ渡すと、短い感謝と共に座ることを促された。
アスビーは書類の中から1枚の"事件報告書"を指差した。
「これだ、先月の初め、我が領地で起きた事件」
この目の前にいる、美しい主 アスビー。
見るからにザ・出来る女風だが、ただの"風"ではない。
アスビー・フォン・ライクニックは今、俺が居る街"ライクニック"の現領主様なのである。
最初は冗談だと話半分に聞いていた俺だが、どうも訳がある。
といのも、前領主の父親は一級の召喚術師であり、召喚術大好きな召喚マニア。それが転じて、召喚術の研究とやらで放浪三昧。
母親も幼い頃に亡くしていた、一人娘のアスビーが放浪パパの代わりを勤めることになったというわけ。
元々、グラセニア国の首都学校を主席卒業するほどの秀才で、国でも有数の魔術師、召喚師として名を馳せていた彼女を、こころよく迎えた領民たちの期待を遥かに越える領主っぷりで、他国にも知れ渡る敏腕領主様なのである。
「なになに、行方不明の少女、森の奥で死体で見つかる・・・」
キャトルは、アスビーに見せられた書類を前屈みになりジーッと見つめる。
先程の鎧姿から一転、今はラフな部屋着に着替えたキャトルの胸元をチラリと見やる。
良い、とても良い。エルフ娘のキャロルは豊満なBODYの持主なのだ。
視線に気付いていないようだ。
「キャトル続けてくれ」
「ん? うん。」
「・・・琥太郎よ。こちらを向け」
「なんだ?」
キャトルが文を読み進めるなか、
アスビーの方を向いた俺は自然と、彼女の胸元を、キャトルのと見比べてしまう。
しまった! これは罠だ!
「比べて、どうだ? 琥太郎」
口許だけ、笑みを浮かべるアスビー。
心なしかアスビーの周りからピリピリと聞こえる。
フォローだ!
「そんな悲しい顔しないでくれアスビー。君のハートは美しい。」
ア「ふむ・・・及第点としてやろう。なかなか、口が上手いな、琥太郎。長生きするぞ。」
微笑を浮かべ、コーヒーを啜るアスビー。
危ない危ない。我が主は、スマート体型なのだ。
そう、スマートな体型なのだ。
3拍子でいうと『キュッキュッキュッ』なのだ。ストーっん! とは口が裂けても言えないよ。それは、それでいいではないか。むしろ俺は好きだが。
そんなこと口にした日には、言葉通り雷が落とされるがな。
「なーるほどね。アスビー、言いたいことはわかるよ。でも、これだけじゃあね・・・」
「何の話だ?」
「もー、ちゃんと聞いてなかったでしょ」
「少し命のやり取りをしていたのでね」
「はぁ?」
アスビーは、じっとキャトルを見抜く。
キャトルはそんなアスビーの視線を感じとったのか、眼を閉じ、思案しているようである。
俺は、"事件報告書"に目を通す。
『行方不明の少女、森の奥で死体で見つかる。少女は3日前の夜、突如、自宅から姿を消す。
家族の証言では、確かに、数分前まで自室に居ることは確認していたとのこと。少女はその日の昼に見た"何か"に怯えていた。
寝れてなさそうなら、一緒に寝てあげようかと、母親が訪れた際に姿を消していた。窓も戸も開いておらず、玄関から誰かが出入りした音も聞こえなかったとのこと。』
「確かに子供を拐うということは一致するが・・・流石に無理やりすぎないかアスビー」
「・・・」
「・・・アスビー、何か裏付けがあるの?」
アスビーが何か核心があると見たキャトルは尋ねた。
「ああ、母親から。娘は『白い大きな女の人』に怯えていたとな」
「それって!」
「聞いた当初は事件には関係ないと思い報告書には書かなかったがな。何かの怪奇と附随するかと留めていたのだよ。」
アスビーがゆっくり立ち上がる。
これは、異世界での、俺の仕事が始まる予感だ。
「琥太郎、キャトル」
「はいよ」
「"調査"だよな」
「飲み込みがよいな、助かる。」
「流石にもう、慣れたよ。」
「ふむ。では、また明日、現地調査としようか」
そういい、放つとアスビーはコーヒーを飲み干し、颯爽と自身の寝所へと向かっていった。
明朝。屋敷の門前。
安楽島琥太郎は、寝不足である。
身体も節々が痛む。
それというのも、キャトルと一晩を共にしていたからだ。
もちろん、夜通しハッスルしていたのではなく、
怖がりのキャトルが寝付くまで、そのまま話し相手になっていたからだ。
準備のいいキャトルは、そのまま、アスビーの座っていたソファに横になると、部屋から持ってきていた毛布を俺にも渡すと『何かワクワクして寝れないね!』と言い放って寝た。
俺は、寝ついたと思い、こっそり自室に戻ろうとしたが、耳の良いキャトルが出ていこうとすると『こたろー、ダメー』と可愛く囁くのだ。
これは、期待に応えるしかないかと、俺も向かいのソファに横になろうとしたが、
以前も同じようにキャトルに捕まった際、ソファで夜を明かした俺を見たアスビーが、何故か俺だけに目覚ましライトニングを喰らわせたのを思い出した。
幾ばくか考えたのち、床で寝ることに落ち着いたのである。
今度から、キャトルが怪奇を聞いた夜は布団を持ってこよう。
そんな、俺の朝の悩みを掻き消すようにキャトルが俺の背中を叩く。
「おはよう! 天気も快晴、良い朝だね琥太郎。絶好の怪奇日和だ。」
と、背伸びをするキャトルは、昨夜、帰宅時と同様の鎧姿。鎧姿と言っても人体急所等を守るためだけの簡易的なもの。
キャトルはアスビーの幼馴染であり、彼女を護る騎士である。
なんちゃって、ではなく正真正銘、王国騎士団所属の騎士だ。
なので、有事にはしっかりフルプレート装備で出立するのだが、
ここいらに居るときは専ら簡易スタイルだ。
「おはよう、キャトル。アスビーは?」
「んー・・・声はかけたけど、いつも通り低血圧だからね。そのうち起きて来るでしょう」
アスビーは、寝起きが悪い。というよりは、怖い。
女性が機嫌悪いときは下手に刺激するなと、あちらの世界で教えられた俺は、朝方のアスビーには絶対近寄らない。
「琥太郎、装備は大丈夫? 財布持った? 地図は? 」
「問題ない。」
そう言いながら俺は、腰のホルスターからハンドガンを取り出す。
もちろん本物ではない、普通より丈夫なエアガンといったところだ。
俺は、根っからのガンオタ、ミリオタであった。唯一のアウトドア趣味がサバゲー、本物の銃もハワイで親父に習ったりした。
まぁ、半分冗談だが。
この世界でも異界からの知識で、銃がある程度認知されているらしいが、全然普及していない。
アスビーが言うには、そんなものより、魔法を使った方が強い。だそうだ。
魔法も対して使えない俺の当分の相棒をホルスターに納める。
腰に2丁、背中にはロングバレルライフルを背負って、これが俺の戦闘装備だ。
俺が唯一使える魔法と組み合わせるとこのエアガンも中々の武器となるのだ。
「銃を使うなんて本当に物好きだよねー。何ならアタシが剣でも弓でも教えるのに」
「使い慣れない武器を今更、覚えるよりも使い慣れたのを極める方が良いと思うのだがな」
「まぁ、一理あるか。銃なんて、魔力も上手く籠めれないしモンスター相手には豆鉄砲みたいなものなのにねー」
物好きなんだから。とキャトルが門に寄りかかると同時に門が開いた。
キャトルは、拠りどころを無くし倒れそうになるが寸前で出された手に救われる。
手の主は、まだ眠いのか少し不機嫌そうだ。
「朝から、騒がしいなキャトル。」
「あ、アスビー。おはよう!」
「おはよう、主様!」
「ええい、大きな声を出すな、ズキズキする・・・」
アスビーは、こめかみを押さえる。
我が主は、あまり強くない癖に、大のお酒好きだ。
昨晩も寝酒にしたらしい。
待たされた腹いせの、意地悪はここまでにしようと、俺はキャトルと目配せた。
「じゃあ、アタシ馬車取ってくるねー」
「ああ・・・」
そう言い走り出すキャトルを見送り、俺はアスビーを見る。
ばっちり装備を決め込んだ俺たちに比べ随分な軽装である。
まぁ、彼女は魔術師なので、特別何もなくてもいいのだが。
俺はおもむろに胸ポケットから、タバコを取り出す。
この世界での成人は16歳以上なので、何の問題もない。
ここ、イディオンの世界でもタバコは、普通に普及している。
どこの世界でも趣向品は一緒なんだなぁと、加えたタバコに火をつけようとすると、アスビーが手を指し出してきた。
俺は慣れた手つきで彼女にタバコを渡し火をつけてやる。
彼女は、ゆっくりと一呼吸すると、煙を吹き出した。
「ふー・・・やっと頭が覚めてきた。」
俺も彼女と同様に火をつけ煙を燻らせる。
彼女は体裁をとても重んじる。
領民や、他の貴族。キャトルの前では絶対に吸わない。
俺がここに来る前は、キャトルの目を盗んでどうにかしていたらしいが。
俺がここに来てからはいくぶん楽に吸えるようになった。
匂いも、俺のせいに出来るからな。
無言のまま、煙を燻らせる彼女は美しい。
二人だけの秘密を共有している、この空間がとても心地良い。
俺が、こちらの世界で1番好きな時間だ。
車輪の音が聴こえる。
この時間に終わりが告げられる。
俺は、ポケットから、ポケット灰皿の用な物を取り出すと、アスビーはそこにタバコを押し付けた。
そのあと、軽い香りの香水を自らにふる。
キャトルが馬車に乗り俺たちの前に停める。
「あぁー! もう、タバコは害だよ!」
「すまない、一度癖になると、やめられない事も、あるだろう」
「もう・・・家の敷地内は全面禁煙ですからねー」
ぶつくさと文句を洩らすキャトルを後目にアスビーは馬車の荷台に乗り込む、続いて俺もタバコを消し彼女に続いた。
国境の街『ライクニック』
この異世界『イディオン』は大きく分けて7つの大国で成り立っている。
その中でも大国の1つと数えられている『グラセニア』と隣国『エンビリカ』
その国境に位置するのがここ、『ライクニック』である。
国境の街ということでピリピリとした雰囲気が街を支配していると思うだろうが、前述の通り領主の手腕で、貿易が盛んで、豊かな自然に囲まれた田舎街である。
そんな平和な街で起きた凄惨な事件。
市民には子どもを遊ばせる際の注意勧告。
警護団や、騎士達の巡回強化。
領主自らの実地調査。
様々な策を労したが、犯人は捕まらず、アスビーの悩みの種となっていた。
街に着いて、早々にアスビーは何処かへ姿を消した。
考えがあるとは言っていたが・・・
「とりあえず・・・騎士の詰所にでも行ってみる?」
「断る。どうしてもと言うならば、若い娘を紹介せよ。スマート美人の赤髪領主様とか、ショート美人のエルフ騎士とか。」
「素直に断れないわけ・・・? めんどくさいなぁ。」
「詰所に向かうなんてナンセンスだ。」
「ほうほう、その心は?」
キャトルは、自分の意見を真っ二つにされて機嫌が悪いのか、耳をヒクヒクさせている。
「俺の世界の諺に、"盗っ人盆に帰る"と言う諺がある。」
「うんうん」
ド忘れして適当な言葉を創ったが、意味合いは伝わるだろう。
「つまり、犯人は自分の犯行を犯した現場が、気になって戻ってしまうという心理が働くらしい。
自分の犯行は、うまく言ったのか?
警察は、どんな犯人像を追ってるか?
自分にどれだけ近づけているのかと、気になってな。」
「つまり、子供の家を訪れるってこと? それこそ、アタシたちも、アスビーもとっくの昔にやりましたけどね。」
キャトルは、そう言い
自分の意見に正当性ありと、騎士の詰所へと足を向ける。
俺は、キャトルの後ろからこそっと詰め寄り、キャトルの長い耳を軽く撫でる。
「きゃっ! こ、こ、この、変態! 詰所に引っ張りだしてやる!」
顔を真っ赤にして、腰の剣に手をかけるキャトル。
やはり、エルフは耳が性感帯のようだ。
実地調査はしてみるものだ。
メモメモ・・・
「早とちりするな、キャトル。」
「何が、早とちりか! 公衆の面前で、妙齢エルフ女性の耳を触るなんて完璧な変態行為よ!」
「その事ではない。俺は何も子供の家を訪れるとは言ってないぞ。」
真っ赤にして息を荒らげるキャトルを宥める。
キャトルは、そんな俺をキッと睨み付け何かを言おうと、口をパクパクさせるが、いい言葉が見つからないらしい。
「森だよ、キャトル。都合のいい事に俺たちは装備も万全だ。
子供の発見された場所に行ってみようではないか。
運悪く、もし怪奇の主と遭遇したとしても遅れは取らんだろう。」
「え? ・・・うん、まぁそうだろうけど・・・」
「煮えきらんな。アスビーに何か言われるかもと?」
「うん、流石にアタシたちだけで敵のアジトに攻めいるなんてさ・・・」
先程のセクハラ行為に落ち着いたのか、耳を弄り出すキャトル。
それを、じっとりと見ている俺の視線に勘違いしたのか、こちらを睨む。
まぁ、勘違いではないがな。
「それこそ、思い違いというやつだろう。
俺もかれこれ、4回目の調査だ。そろそろ主の意図も掴めてきたというわけだ。」
「そのこころは?」
「私の先を進んでみよ! だ。」
「そのための単独行動と・・・まぁ、一理あるか。」
キャトルもそれで納得してくれたらしい。
ここ何回かの調査では、常に単独で事件を解決まで持っていくアスビー。
そして、そのあとに俺に向ける冷ややかな眼。
お前、何のために着いてきた?
嫌いではないが、俺も男だ。
そろそろ、その眼を剥かせてやりたい。
間違えた、その服を剥かせてやりたい。
間違えた。
まぁ、とにかく。アスビーに見返してやりたい。
俺も、キャトルもその一念を心に抱えている。
「発見場所か・・・
確か、2丁目沿いの山奥だったって聞いたな。」
「行くぞ。」
俺は、主を見返すべく、強く歩みを進めた。
「もう。変態の癖に、背格好は様になるんだから・・・」
キャトルのそんな呟きも耳に入らぬ、琥太郎を追いかけ、キャトルたちは山奥へと進んでいった。