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第十四話「グッドバイ・ワールド」

 後夜祭の夜以来、真知が将と共に帰ることはなくなった。とはいえ、「告白」の後のように全く会話がなくなったわけではなく、廊下ですれ違えば挨拶や軽いお喋りは交わした。


 将が真知を学校の屋上に呼び出したのは、暑さもすっかり失せた十月の末のことだった。


 真知は屋上で一人空を眺めていた。雲はなく、空気はさらさらとしていて、外にいると気持ちが良い。


 やがて、硬い足音が響き、真知は空へ向けられていた視線を水平に戻した。将は真剣な面持ちで真知の前に立った。


 二人の間を一陣の風が吹き抜ける。


「これから、一緒に東公園へ、紅葉を見に行ってほしい」


 将は毅然とした声で告げた。真知は笑った。


「何だ、そんなこと。わざわざ呼び出すものだから、何かと思っちゃったよ。いいよ。一緒に行こう」


 それから二人で電車に乗り、住む街に帰り、中学校時代の通学路を歩き、隣町へと足を向けた。


「なかなか遠いな。確か、歩きだと一時間近くかかるんだよな。昔はかなり無茶なことをしていたんだな」


 将は過去の自分に呆れたように呟いた。


「ねえ、マサくん。今ね、予感がしているんだ。これが最後だろうって。あの『告白』の後のようにはならないだろうって。だからさ、話してよ。これまでのこと」

「……そうだな。知っての通り、俺には恋愛経験なんてひとつもなくて、本やテレビの中の恋愛しか知らなかった。だから、『告白』さえすれば全て吹っ切れるだなんて、馬鹿なことを考えていた。実際はそんなことなくて、むしろ空野への気持ちは強くなるばかりで、それでも一度きりの『告白』だった以上、どうすることもできなくて……。『告白』にしろ、キスにしろ、象徴的な行為によってけじめがつくだとか、気分ががらっと変わるだとか、そう上手くはいかないものなんだな」

「そういう意味では、これも同じことかもしれないよ」

「かもな。だけど、実はもう結論は出ているんだ。吹っ切れているんだよ。だから、これは正真正銘、ただの思い出作りだ。空野は? これまでのこと、聞かせてくれよ」

「じゃあ、ネタばらしをするよ」


 二人は長い坂道に差し掛かった。既に太陽は傾き、足元には二つの長い影が伸びた。


「『告白』を受けたとき、わたしはマサくんの気持ちを傷つけないこと、『告白』によるダメージを最低限に抑えることばかりを考えていた。その為には、わたしの本当の気持ちを全て伝えなきゃって思ったんだね。でも、今思うとそれが原因でマサくんは片想いをこじらせちゃったのかなって気もする。兄が言うには、気を遣いすぎた振り方はかえって相手を傷つけるとか。まあ、それだけじゃないよね。わたしとマサくんの関係は特別だったもの。それで、何かしらの決着をつけるには、わたしの方から動くしかないんだなって思った。それが状況を余計ひどいものにする可能性があっても、もう一度マサくんに話しかける勇気が必要だと思った。そしてその頃、わたしがマサくんに対して抱いている、大きな愛の存在にも気付いていたんだよ」


 背後の街が一層小さくなってゆく。


「俺たちの言葉は、もうほとんど通じていないんだろうな」

「それはわたしも思った」

「多分、三年前のあの日から俺たちはずれ始めていたんだ。俺はあの東公園の風景を不気味だと感じた。そして、空野もその風景の一部で、あちら側に立つ人間なのだと思った。俺は大人になっていった。次第に空野と言葉が通じなくなっていった。いくら俺が変わっても、変わらず子どものままでいる空野は、俺には眩しすぎた」

「間もなくわたしたちの言葉は完全に通じなくなる。そうなる前に、ぎりぎりのところで、最後の別れを。そんなところかな」

「きっと、そうだな」


 二人は坂を上り切り、東公園の敷地内に入り、紅葉に囲まれた広場に出た。


 草は赤い。雲は青い。鳥が飛ぶ。木々が揺れる。


 あの日と変わらない鮮烈さで、そこにあった。


「変わらない風景と変わってしまった二人の関係が嫌でも対比されてしまう、だっけ」

「そんなこと言ったかな」


 真知は照れたように笑った。


「空野は志望校とか、もう決めた?」


 将は唐突に尋ねた。この幻想的な風景には似合っていない話題だった。それでも、必然性のある質問だった。


 真知は将に自らの志望大学を告げた。東京の大学だった。将はそれを聞くと諦めたように笑った。


「そうか。すごいな。空野ならきっといける。……高校受験のように俺が後を追うことも、もうないみたいだな」


 将も自分の志望大学を伝えた。千里と同じ、北海道の大学だった。


「やりたいこと、興味をもてることができた。この大地のこと、地球のこと、もっと知りたいと思った。だから受験が上手くいったら、東京を出るよ。生まれ育った街を出ていく」


 将は真知の正面に、夕日を背にして立った。両腕を広げる。


 強風に木々がざわめく。


「俺は、この世界が好きだった。この風景も、今でも美しいと思う。だけど、忘れるよ」


 将は微笑んだ。


 二人とも、涙を流していないのが不思議なくらいだった。


「マサくん」


 真知は穏やかな声で言う。


「わたしは何故かこのわたしであって、世界は何故かこの姿でここにある。同じように、わたしは何故かあなたを好きになった。嬉しいよ。確かにあなたという人がいて、わたしはあなたを愛していたのだから。そして最後に、こうして言葉を交わすことができたのだから」

「空野」

「はい」

「愛していた。大好きだった」

「わたしも。大好き。大好き。大好きだった……」


 そうして二人は公園を後にし、中学校時代いつも立ち話をしていたT字路に差し掛かった。


「じゃあ、ここでお別れだ」


 真知と将は、それぞれ反対の方向に足を向けた。


「さようなら」


 二度と交わることのない道を、歩み始めた。


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