第四十話(最終話) 超絶仲良し兄妹
僕が意識を取り戻すまで、どのくらいの時間が経過したのだろうか。時計を見てみると、さほど時間は経過していないようだ。
ベッドに寝たまま見渡すと、里帆と由香ちゃんが床に正座していた。僕の寝ているベッドとは反対の方を向いているので、二人の裸足の裏がよく見えるが、二人のシュンと落ち込んだ様子が背中からも窺える。
そして、正座する二人に対峙するように仁王立ちしている女の子、菜帆ちゃんがいる。菜帆ちゃんも来てくれたのか。
「病人の部屋で騒いだりして! まどりんのお兄ちゃんが可哀想でしょ!」
どうやら菜帆ちゃんは、僕のために里帆と由香ちゃんを叱ってくれているらしい。
里帆・・・大学生にもなって中学生に叱られるとは・・・ぷぷぷ。
菜帆ちゃんが、僕の視線に気が付いて、
「あ、気が付いたようですね!」
里帆と由香ちゃんも、振り向く。
そういえば、まどかは? まどかはどこにいるんだ?
「まどりんはお水を取り替えに、キッチンへ行っています」
言われて、おでこに濡らしたタオルが乗せられているのに気が付いた。気持ちいい。
まどかが濡れタオルを乗せてくれたのか・・・僕は、感動した。
「まどむ、ゴメンね」
「お兄ちゃん、ゴメンナサイ!」
里帆と由香ちゃんが謝ってくる。が、別に僕は二人に対して怒っているなんてことはない。
「菜帆ちゃん、二人を責めないでくれ。二人とも、僕のお見舞いに来てくれたんだから」
聞き分けの良い菜帆ちゃんは、頬を膨らませながらも落ち着いてくれた。
そこへ、まどかが洗面器に新しい水を湛えて戻ってきた。
「あ、アニー起きたんだ。熱は下がったかな?」
「あたしが測ってあげるっ」
由香ちゃんがピョンとベッドに乗ってきて、僕のおでこからタオルをどかすと、手を当てる。
由香ちゃんの手は、ヒンヤリと冷たく感じた。
「うーん・・・ちょっと熱いかも・・・?」
そうか、まだ熱は下がりきっていないのかな・・・しかし、朝よりだいぶ頭はスッキリとしているぞ。頭痛もほとんど感じない。
「足の裏で測ってあげようか。そっちの方が正確に測れるから!」
いきなり由香ちゃんは右足を上げ、僕の額に足裏を当てようとする。
「「こらあぁっ!!」」
まどかと菜帆ちゃんが同時に怒ると、由香ちゃんは拗ねて、部屋の隅で体育座りしてしまった。
由香ちゃん的には悪気はなかったのだろう(そう信じたい)が、兄を大切に思うまどか、お行儀のよい菜帆ちゃん、二人から怒りを買う結果となってしまった。
「さっ、みんなアニーのお見舞いに来てくれてありがとう! あとはあたし一人で大丈夫だから!」
まどかが手をパンっ!と叩くと、女子たち三人は帰り支度を始めた。
「それじゃまどむ、お大事にねっ」
「お兄ちゃん、また来るよっ」
「お大事になさってくださいね」
里帆、由香ちゃん、菜帆ちゃんが帰ると、僕の部屋は再び静かになってしまった。
だが、今度はまどかがいる。まどかがいるので、寂しくない。
まどかは、両手を後ろに回して、モジモジしている。
なんだ、どうしたのか。
「あのね、アニーに見て欲しいものがあるんだけど」
そう言ってまどかは、デジカメを差し出してきた。
ほほお、自分で何かを撮影した、と。何を撮ったのだ?
「いいから見てみて♪」
まどかはニヤニヤしている。
言われるままに、一番新しいファイルを見てみる。と、それは動画だった。再生してみよう。
映し出されたのは、ベッドに寝ている僕。自分が映っている動画を見るのは、なんだか照れ臭いな。
動画の中の僕は、熱にうなされている。ちょっと苦しそうだ。
なんだよ・・・熱にうなされている兄を撮影して、どうしたいのだ、この妹は?
「これ、里帆お姉ちゃんたちが来る前に撮ったんだよ」
ふむ・・・。そんな苦しそうな兄の動画を見せて、いったい何を・・・?
『お兄ちゃん、苦しい?』
撮影しながら、僕に声を掛けるまどか。
僕は額に汗を浮かべながらコクリと頷く。
『タ・・・タオルを・・・』
『ん? なあに? タオル?』
『タオルを・・・濡らして・・・持ってきて・・・』
『えー・・・あ、じゃあ、それ持ってきたら、あたしのお願い聞いてくれる?』
顔をしかめたまま、僕はコクコクと頷いていた。
っていうか、濡れタオルは僕が持ってくるようにお願いしたのか!
まどかが自分から用意してくれたわけではなかった・・・がっかりした。
しかも、頼んだ時にちょっとめんどくさそうな反応していたぞ?
「えへへ、アニー、あたしのお願いを聞いてくれるって約束してくれたんだよねー」
嬉しそうにまどかがすり寄ってきた。図々しいのに可愛いから、妹というのは困る。
動画は僕が頷いたところで終わっていた。
つまりまどかは、僕がお願いを聞いてあげると約束したことを動画で伝えたかったわけだ。
熱のせいか、記憶にはないんだが・・・動画という証拠がある以上、約束は守らねば、な。
「そのお願いって、何なんだ?」
目を輝かせながら幸せいっぱいの笑顔のまどか。可愛い。
「あのねっ、夏休みの宿題なのっ!」
突然部屋を飛び出していったまどかは、ほどなくして何冊ものドリルを持って戻ってきた。
数学や漢字の書き取りドリル、社会の暗記ドリルなど、結構な数だが・・・まさか、これ全部やってないのか?
「てへ♪」
てへ♪って・・・・僕は呆れた。
まどかの言い分を聞いてみると、小学校までは「算数」だったのに、中学に上がった途端に「数学」などといういかにも難しそうな名前になったのが気に入らないそうだ。
他の教科については明確な理由はないが、とにかく今年の夏休みは中学生になってから初めての夏休みなので、思いっきり遊んでみた、ということらしい。
下がりかかっていた僕の熱は再び上がり始め、頭痛も戻ってきた。
あきらかにまどかのせいである。
まどか、ちょっとそこに正座しなさい。
「ふえぇ・・・お仕置き・・・?;;」
そうです。お仕置きします。
僕は机の上にあった竹定規を手に取ると、正座するまどかの背後に回った。
振り上げた竹定規をまどかのお尻の下の足の裏に振り下ろす。
バチーン!
「いったぁーーーーーいっ!!」
ビクンと体を弾ませて悲鳴を上げるまどか。
宿題は手伝ってあげよう、約束だからな。
しかし、もう夏休みもあと数日という今日まで宿題を放置していたのは、いけないことである。
「す、少しはやったもん・・・」
口ごたえをしない!
バチィーンッ!
「ひゃうーーーーっ!!」
まどかの足の裏は、赤くなった。
まあ、看病してもらっている身でもあるので、ここらへんで勘弁するとしよう。
「ぐすん・・・じゃあ、宿題、手伝ってくれる・・・?」
ああ、もちろんだ。
まずは一番面倒くさそうな数学からかな。
「へへ・・・っ、ありがと、お兄ちゃん♪」
まどかが抱き付いてきた。
まどかの匂いが僕の鼻をくすぐる。
まどむ の 頭痛が 消え去った!
まどむ の 熱が 下がった!
まどむ は 元気に なった!!
僕にはまどかが必要だ。
そして、まどかには僕が必要なのだ。
縁あって家族・兄妹として巡り合った僕たち。
時には喧嘩することもあるけれど、細胞いや分子レベルでは超仲良しなのだ。
これからも、まどかとは超絶仲良しさんでいようと思う。
「アニー、どうしたの? ニヤニヤしてる・・・」
ん?
ふふふ、なんでもないよ。
妹がいて、良かったなって、思っただけだよ。
お わ り
2017/10/28 体裁を整えました。




