第三十九話 念願の叶うとき
「じゃ、ちゃんと寝てるのよっ」
食べ終えた朝食の後片付けをしてくれたまどかは、親の真似っぽく僕にタオルケットを掛けると、部屋から出て行った。
急に部屋が静かになってしまった・・・。
カーテンが半分引かれた部屋は薄暗く、ジットリと暑い。
エアコン、点けたいな・・・しかし、そんなことをしたらまどかに怒られるだろう。
ふーっと、大きな息をつく。体の中の空気を丸ごと入れ替えたい気持ちだ。
それも無理だし、しょうがないと思った僕は、横になったまま目を閉じる。
窓の外から、走っていく子供の楽しそうな声が聞こえてくる。
ああ、子供は元気だな。小学生時代の夏休みは、僕もあんな風に走り回っていたな。
それなのに、今の僕ときたら・・・。
なんてことを思っているうちに、少し寝てしまったらしい。
コンコンッ
部屋のドアをノックされた。
時計を見ると、10時を回ったところだ。まどかがおやつでも持ってきたのかな。
僕は気だるく「おうよ」と言って、上半身を起こした。
「どうもー! 具合悪いんだって?」
入ってきたのはまどかではなく、里帆だった。
なっ、どど、どうして里帆が来たんだ!?
「まどかちゃんから連絡もらったの。アニーが熱でうなされてるって」
言いながら、肩から下げていた大きなバッグをドサリと置く。
そ、そうだったのか。それで、わざわざお見舞いに?
「そ! あたしを見て元気になってね♪」
しかし、里帆の格好を見ると、白Tシャツに小豆色のジャージ下、しかも白い靴下を履いている。
そんな恰好で、僕が元気になるわけないだろう・・・。
僕が裸足好きなのを知っていてその格好なのだから、隙のない女子だ。
「ふふーん、この格好がお気に召さない感じ?」
里帆の得意げな顔が鼻につく。なにか考えがあるようだが。
「まどむ昔さ、あたしに生着替えしてほしいって、言ったことあるよね」
な、なにっ!?
突拍子もないことを言われたが、思い起こせば確かに里帆の裸足が見たくてたまらず、目の前で着替えてほしいと言ったことがあったような気がする。
だが、それは小学生の頃の話である。
しかもその時、里帆にはハッキリと断られてしまったではないか。
「あのときの願いを、今こそ叶えてあげましょう」
女神さまのようなセリフを言う里帆。
いまいち意味が分からないのだが、どういうことだってばよ?
「今ここで着替えてあげるから、はやく元気になってよねっ」
ほほーん、つまり、熱を出して唸っている僕を元気づけるために、目の前で生着替えをしてくれる、ということか?
「そうだってば! 恥ずかしいんだから、何度も言わせるな!」
里帆・・・そのために、そんな恰好で来てくれたのか・・・。
僕は、感動した。
里帆は、バッグの中から持参した衣装を僕のベッドの上に置いていく。
「さ、どれがいい?」
並べられたのは、高校時代の制服と、ホットパンツだった。
前にも似たようなシチュエーションがあったな・・・里帆を撮影するときに、コスチュームを僕に選ばせてくれたときだ。
あの時は、ホットパンツを選択した。
では今日は、制服を選ぶとしよう。
「制服の方ね、分かったわ」
選ばれなかったホットパンツの方は、里帆のバッグの中へと戻っていった。
しかし、本当に目の前で着替えてくれるのだろうか?
「え? あたしの着替えじゃ元気にならないの?」
あ、元気になります。着替え、見たいです。
女子の心理というものは、男には理解できないところがあるな。
ここは素直に里帆の生着替えを見せていただくとしよう。
「じゃ、まずジャージを脱ぎます・・・////」
いきなりジャージ下を脱ぎだそうとする里帆。
ちょちょちょっ!! それを脱いでしまったら、パンツー、丸、見え! になってしまうのではないか!?
「あ、大丈夫だよ。ちゃんと短パン履いてるから」
な、なんだ・・・がっかりした。いや、ホッとした。そういうところは、しっかりしてるんだな。
そして、いくばくかの恥じらいを見せながら、里帆はジャージ下を脱ぐ。
スラリとした脚がお目見えする。まだ白い靴下は履いている。
「まだ靴下脱がない方がいいよね」
ううむ、脱いでくれてもいいし、脱がなくてもいいです。
目の前で里帆が着替えてくれているというだけで、大満足です。
Tシャツに短パン、白ソックスという格好の里帆は、その場にしゃがんでジャージ下を丁寧に畳んで、バッグに仕舞う。
続けてYシャツを出してきた。
「Yシャツ着まーす」
真っ白な半袖に颯爽と腕を通す里帆は、なんだか格好良くすらある。
テキパキとボタンが噛み合わされ、里帆はYシャツを装備した。
里帆の 防御力が 35 上がった!
「? 何わけ分かんないこと言ってるの?」
ごめん。嬉しくてつい口走った。
里帆はバッグから赤いリボンを取り出す。何に使うの、それ?
「これはネクタイみたいに、襟のところに結ぶんだよ」
ほほお、そうなのか。
襟の下を通したリボンを鎖骨の真ん中たりで器用に結ぶ。
ふむ、なかなか可愛い制服なのだな。
そして登場するスカート。グレーでヒダヒダのあるスカートだ。
里帆の女子高生当時の長さのままなのだろう。幾分成長した里帆が履くと、短さが際立つ。
そして「う・・・き、きつい・・・」だそうだ。
お尻、大きくなったんだな。
と、言い終わらないうちにキックが飛んできた。痛い。
スカートも履き終え、一通りの着替えを完了させた里帆は、その場でクルンと一回転して見せる。
「どお? まだまだ高校生に見えるよね!」
さっき「きつい」とか言ってなかっただろうか。まあそれは置いといて、制服姿の里帆は、確かに反則的に可愛い。
しかし、僕にとってはまだ完成ではない。
「あそっか。靴下脱ぐんだったね」
靴下のつま先部分をつまんで、そのまま引っ張って白ソックスを脱ぐ里帆にちょっと色気の物足りなさを感じたが、そこは黙っておく。
裸足になった里帆は、僕の目の前にドーンと腰に手を当てて立った。
「さ! 今度こそどお? 嬉しい?」
超絶美人の里帆が、女子高の制服を着て、しかも裸足になってくれている。
これが嬉しくないはずがない!
僕の細胞のすべてが、拍手喝采をし始めた。
動悸が激しくなってくる。
おいおい、僕の細胞たちよ、少し興奮しすぎじゃないか?
少し眩暈もするような気がする。
ドタドタとやかましい音が部屋の外から聞こえてくる。幻聴だろうか?
「ちょっと、まどむ、大丈夫?」
里帆が寄ってくる。
おお、里帆、僕を誘惑するのか?
僕は視線を里帆の足に落とす。
うむ、綺麗な素足である。こんな素足の綺麗な里帆に言い寄られるとは、僕も幸せだ・・・。
突然、ベッドに座っていた僕の上半身がグラリと揺れた。
――??――
「あっ、まどむ――――!!!」
里帆のちょっと大きな声の驚いた瞬間、僕の部屋の扉がバンッ!と開いて、誰かが飛び込んできた。
「お兄ちゃぁぁーーーーんっ!!!」
ああ、由香ちゃんだ。由香ちゃんが来てくれたんだ・・・。
由香ちゃんの大きな声も、僕の耳に突き刺さるようだった。
そして由香ちゃんが制服姿の里帆を見て、目を見開ている。
そりゃそうだよな、大学生であるはずの里帆が、僕の部屋で女子高の制服を着ているんだもんな。
いったいどういうプレイなんだよって・・・そんなことを思ったかもしれない由香ちゃん。
由香ちゃんもまた、制服を着て、そして裸足だった。
ああ、制服裸足の女の子が僕の部屋に二人も・・・幸せだ・・・しかし、僕はこめかみの辺りを強烈に締め付けられるような痛みに襲われ、意識を保つことが出来ない。
駆け寄る里帆と由香ちゃんをぼんやりと見つつ、僕の記憶はプツリと途絶えた。
つづく
2017/10/28 体裁を整えました。




