第三十八話 看病してくれる妹
その日、僕はこれまでの人生で最悪の夢を見た。
僕は立っていた。
周りは真っ白で、外なのか、屋内なのか分からない。アニメの「タッチ」の背景みたいな白さである。
向こうから誰かが来る。
目を凝らしてみると、里帆ともう一人、男だった。
里帆は、男の腕に自分の腕を絡ませて歩いてきた。
「やあ、里帆・・・」
「あ、まどむ」
その男は誰なんだ?と聞きたかったが、喉から声が出ない。
里帆はミニスカートを履いていたが、その下に“ニーソックス”を履いていた。
ニーソックスを履いている里帆なんて、今日まで見たことないぞ。
僕の視線に気付いた里帆。
「あ、これ? これね、彼の趣味なのー」
彼・・・ああ、隣のその人ですか。
顔もよく見えないその男がニコッと笑い、白い歯がキラリと光をこぼした。
里帆の素足はものすごく綺麗なのに、彼はそれをニーソックスで覆ってしまうのが好きなのか。
なんとももったいない話・・・なんてぼんやりと思っていたら、里帆と男はどこかへ行ってしまった。
里帆に彼氏がいたんだ・・・まあ、美人だし、いても不思議ではないが。
このときは、まだこれが夢だとは気付いていなかった。
次に来たのは、由香ちゃんだった。
元気に走ってくる。由香ちゃんらしい。
「お兄ちゃーーーん!!」
飛びついてきそうな勢いで走ってくる。
僕は両手を広げて、由香ちゃんを受け止めようとする。
しかし、由香ちゃんは僕をすり抜け、僕の後ろにいた男に飛びついた。
「お兄ちゃん、遊んでー♪」
その男は「はっはっは」と笑いながら由香ちゃんを抱っこすると、そのまま見えないところへ行ってしまった。
由香ちゃんのお兄ちゃんは・・・僕じゃなかったのか・・・。
このときは、まだこれが夢だとは気付いていなかった。
次に現れたのは、菜帆ちゃんだ。
菜帆ちゃんはその場に立ったまま、肩から下げたポシェットの中をガサゴソと何かを探しているようだ。
僕が声を掛けると、顔を上げてこちらを見るが、僕を見る目が堅い。
「だ・・・誰・・・ですか・・・」
へ?
菜帆ちゃんが僕を認識してくれない。
見ると、足が動いていないのに少しずつ僕から遠ざかっている。
器用だな・・・なんて思っている場合ではない。
「菜帆ちゃん、僕だよ、まどかのお兄ちゃんだよ!」
「し・知りません! 通報しますよっ!」
そう言い残して、後ろに引いて離したチョロQのようにピューっと向こうに行ってしまい、見えなくなってしまった。
菜帆ちゃん・・・どうして・・・すごいしかめっ面だったし。
このときは、まだこれが夢だとは気付いていなかった。
最後に登場したのは、我が妹まどかだ。
まどかは、僕を見て逃げたりしないよな?
向こうから歩いてくるまどかに、声を掛けた。
「あ・・・」
僕に気付いたまどかが、ギクリと立ち止まる。
なんだよ、ギクリって・・・。
キョロキョロと視線を泳がせたかと思うと、突然走って僕から離れようとする。
え、ちょ・・・っ、待って!
僕も慌ててまどかを追いかけるが、どんどん距離が広がっていく。
夢の中ではどんなに走っても、歩く時よりもスピードが遅い。僕の夢では、いつもそうだ。
しかし、ここでまどかにまで逃げられては、精神的ダメージによって僕が引きこもりになりかねない。
僕は、自分が高速で走るジェットコースターであるとイメージした。強くイメージした。その瞬間、スピードがグンと上がって、まどかに近付いてきた。
よく見ると、まどかは靴下とスニーカーを履いて走っている。
その格好自体は別段おかしくないのだが、なんだか許せなかった。
なんで裸足じゃないんだ。まどかは、僕が裸足が好きなのを知っているだろう。今すぐスニーカーと靴下を脱ぐんだ! と、まどかの手を掴もうとする。
もう少しで手が届く。その瞬間、僕は、目を覚ました。
直後に感じたのは、頭の下にあるビッショリと汗に濡れた枕の感触。
続いて、激しい頭痛に襲われた。こめかみから後頭部にかけて、かなりの痛さだ。
上半身を起こそうとして、首から肩にかけても痛いことに気が付いた。なんだこれ、最悪の体調じゃないか。
そのとき、部屋のドアがノックされた。
「アニー、朝ご飯だよー」
ガチャリと開いて、まどかが入ってきた。
僕は無意識にまどかの足を確認する。よかった、裸足だ。可愛い。
「な、なにその顔!」
よほどひどい表情をしていたらしい。
駆け寄ってきたまどかは、左手の平を僕のおでこに当てる。
「・・・・うーん・・・・分からん」
分からんのかーい! と思ったが、突っ込む気力がない。
まどかは「体温計取ってくる!」と部屋を出て行った。
やがて戻ってきたまどかから体温計を渡されると、脇に挟む。
「お兄ちゃん、すごい汗だよ」
まどかは、タオルも持ってきてくれていた。
顔と首筋の汗を拭きとると、少しだけ体が楽になったような気がした。
「朝ご飯、持ってくるね。ベッドから出ちゃダメだよ!」
再びまどかが部屋を出ていくと、とたんに部屋が静かになってしまう。
もしまどかという妹が生まれていなかったら、僕は一人っ子だったんだな。
静かなのも悪くはないが、ずっと妹がいるのが当たり前だった僕にとってこの静かさは、ちと寂しい。
「アニー、ドア開けてー!」
ベッドから出るなと言ったり、ドアを開けろと言ったり、うるささがなんだか嬉しい。
怠く重い体を何とか動かしドアを開けると、トレーに朝食を乗せたまどかが、ゆっくりと入ってきた。
トーストにスクランブルエッグを乗せて、ケチャップをドバドバと掛けたまどかお手製の卵トーストだ。コーンスープも添えてある。
可愛い妹の、素敵な手作り朝食。これ以上ない幸せだと思う。
体温計を見てみると、39.6度・・・おお、結構高熱だ。
「ね、寝てなさいっ」
まどかに無理矢理寝かせられてしまった。
まあいい、今日はまどかに看病してもらうとしよう。
つづく
2017/10/28 体裁を整えました。




