第三十五話 裸足で踏むの?
夏休みも後半に入ったある日、朝食を終えてリビングでくつろいでいる僕の所へまどかがやってきた。
「あのさ、アニー」
ソファの前のカーペットの上にチョコンと正座をするまどか。
まどかは小さい頃から、この「チョコン」という人形のようなこじんまりとしたポーズをよくやってきた。
実に「妹」らしくて、僕はそれを見るのが好きだった。
「最近、動画を撮影してないなーって思うんだけど・・・」
確かに、最近はマドっ子まどりんを撮影して投稿してなかったな。
よし、じゃあ今日は(暇だったし)撮影するか!
「何を撮る? また裸足で何かする?」
その場にゴロンと寝転がり、裸足の両足を僕の方へ突き出してブラブラと揺らすまどか。
まどかなりの裸足アピールのようだ。
なかなか良い方向へ育ってくれているな。お兄ちゃんは満足です。
実は、次の撮影ネタはすでに考えてある。
僕は自分の部屋へ行って、机の引き出しから工作用の粘土(未開封)を持って再びリビングへ戻った。
「粘土・・・? 粘土で何するの?」
これでまどかの好きなものを作りなさい。果物でも動物でも何でもいいです。
「粘土で作るところを撮影するの?」
あからさまに「そんなの撮って面白いのかなぁ?」という表情をするまどかだが、もちろん面白くはないだろう。
そんなのを撮って喜ぶのは、親かお兄ちゃんくらいなものだ。
今までの動画に寄せられたコメントの中に、「フットクラッシュをやってみてください」というのがあったのである。
フットクラッシュとは、足で踏んでモノを壊す行為を指す。
世の中には、足で踏んでモノを壊す行為を見て喜ぶ人たちがいるらしい。奥が深いものだ。
今はまだフットクラッシュのことは、まどかには言わないでおく。
「よく分かんないけど、とりあえず作るね。何作ろっかな♪」
テレビ前のガラステーブルの前に座り込んだまどかは、粘土のパッケージをビリビリと開け、灰色の塊を出してコネコネと弄り始めた。
さて、僕はカメラの用意と、まどかの素足に壊されるモノを用意するか。
用意したものは、
・空のペットボトル500ml
・空のペットボトル1.5L
・新聞紙数枚
これだけあれば、とりあえずは撮れ高は満たせそうだ。
まどかの粘土細工はどうかな、と。
「あ、まだ出来てないから見ちゃダメー」
そんな大層なものを作っているわけでもないくせに、何を勿体ぶっているのか・・・。
さらに、出来上がるもののその後の運命を考えると、胸が締め付けられるようだ。
まどかの粘土細工が終わるまで、僕はソファでウトウトとしていた。
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。
まどかの声に僕は、起こされた。
「出来たよ! 見て!」
起きた瞬間、事態を飲み込めず混乱したが、まどかに粘土で好きなものを作らせていたんだったな。
どれどれ、見せてもらおうか・・・。
“それ”は、四つ足の生き物のようだった。
ふむ、動物を作ったんだね?
「そう! なんだか分かるでしょ?」
満面の笑みで“それ”を突き出してくるまどか。
胴体である塊から生えている四本の足。馬にしては短いし、豚にしては長いように感じる。
そして頭部と胴体を繋ぐ首の異様な長さ。キリンだろうか・・・?
頭部からニョッキリと飛び出している二つの平べったくも長い板状のこれは、なんだ・・・?
「これは・・・空想上の動物かな?」
「くうっ・・・?! ち、違うよっ! よく見てよっ!」
よく見ても分かんないんだよ・・・。
「うそ、分かんないの!? ウサギにしか見えないじゃんっ!」
えぇ・・・ウサギなの・・・これ・・・?
まどかが、そういうのなら、これはウサギなのかもしれない。
頭部から出ている二つの板状のものは、ウサギの耳のつもりか。
ウサギにしては首が長いように思うが、指摘してはいけないんだろうな、きっと。
よし! じゃあ撮影を始めるか!
場所を僕の部屋へと移し、壁際にまどかを立たせる。
おっと、マスクをさせないとな、面が割れてしまう。
そして、まどかの足元に500mlの空のペットボトルを横に倒した状態で置く。
さ、これをその足で踏むが良い。
「え? 踏んで潰すの?」
そう、それを撮影するのです。
「裸足で踏むの? 痛くない?」
足をモジモジと重ねるまどか。
ペットボトルなんて、簡単にペチャンコになるだろう。
そんなに痛くはないと思うぞ。
「分かった・・・踏む・・・」
僕はカメラの録画開始ボタンを押した。
「じゃあ、これからまどりんがペットボトルを踏んで潰しまーす」
宣言してからまどかは、恐る恐る右足をペットボトルの腹に乗せる。
Tシャツにミニスカートというまどかの格好は、今回の撮影によく合っていると思う。
まどかに踏まれるモノの説明をもっと詳細にするようにカンペを出す。
「えと・・・500ミリリットル?の空のペットボトルです。ラベルは剥がしてあるから、何のペットボトルかは分かりません」
よし、では踏んでいいぞ! とカンペ。
「えいっ」
まどかが右足に力を入れると、ベコバキと音を出してペットボトルは潰れた。
だが、まだ中央が凹んだに過ぎない。もっと踏んでペッチャンコにしてやりなさい!
「えいっ、えいっ!」
左足も使ってペットボトルを踏み続けるまどか。
一生懸命さが伝わってきて可愛い。
「あいたっ」
ペットボトルの口の部分を踏んだまどかは、その硬さに驚いてその場にしゃがみ込んでしまった。
口の部分は頑丈に作ってあるので、女の子が裸足で踏んだ程度ではビクともしないだろう。
「あはーん、痛いよぅ・・・」
恨みがましい視線を僕に送ってくる。
うむ、なかなか良い表情だぞ。
ペットボトルはだいぶペチャンコになってきた。
じゃあ、次は1.5Lのペットボトルに挑戦だ!
つづく
2017/10/28 体裁を整えました。




