第二十八話 キリスト姫は十字架に掛けられる
夏休みになり、毎日が暑い。
エアコンは冷房のまま、ずっとつけっぱなしだ。
エアコンの吹き出し口から聞こえる冷気風の音に混ざって、外からセミの鳴き声が聞こえてくる。
まだ夏休みは始まったばかり。
大学生は宿題なんてものは無い。つまり、僕は暇なのである。
暇だから、まどかの部屋に遊びに行こう。
ガチャリ
まどかの部屋のドアを開けた。
「もうっ! ノックしてって言ってるでしょ!」
まどかは、テレビゲームで遊んでいた。
僕の方を振り向きもせず、テレビに向かったまま文句を言う。
見ると、落ち物パズル的なゲームをやっているようだ。手元は忙しそうにコントローラーを捌いている。
まどかはこういうパズルゲーム的なのが得意で、たまに一緒に対戦したりもするが、全然歯が立たない。
お兄ちゃん、暇なのです。そんなゲームやめて、一緒に遊んでよぅ。
「ちょっと待ってて! 今忙しいから!」
軽くあしらわれてしまった。ちぇっ。
ふと、まどかの机の上に目をやると、1枚のプリントが目に留まった。
そこには、「文化祭の案内」と書かれていた。
なになに・・・・ふむふむ・・・・なるほど、まどかの学校では夏休みが明けてから一ヶ月後に、文化祭を予定しているらしい。
クラスごとに催し物を行うのか。
「まどかのクラスは、催し物は何をやるの?」
「あー、うち? うちのクラスはねぇ、劇に決まったの。『キリスト姫』をやるんだよ」
ああ、キリスト姫か。
・・・・・。
キリスト姫って、何?
「アニー、キリスト知らないの!?」
いや、キリストは知ってるが・・・・姫ってなんだ。
「もしもキリストが女の子だったらって設定の劇なの」
ああ、そういうこと・・・って、誰だよ、そんなアホな設定を思い付くのは。
訊けば、クラスの男子の発案らしい。ふむ、女子をキリストに見立てて、磔にしようという魂胆だな。発案者は、なかなか見どころのあるやつなのかもしれない。
で、そのキリスト姫は誰がやるのだ?
「あ・・・あたし・・・・////」
そうか、まどかがやるのか・・・・っええええっ!?
最後十字架に磔にされてしまうんだぞ!?
「知ってるよ」
答えながらも手はテキパキとコントローラーを操作している。相変わらず器用な妹だ。
いやいや、磔にされてもいいのか・・・まどか?
「んー」と素っ気ない返事しかしてくれないので、僕はまどかの部屋を後にして、自室へと戻ってきた。
うーん、まどかがキリストねぇ・・・。
ラストはゴルゴダの丘で十字架に掛けられてしまうのだが・・・まどかは、そこまでの覚悟はできているのだろうか。
中途半端な気持ちで、キリスト役を受けたのではないだろうか。
ちゃんと十字架に、おとなしく掛けられるのだろうか、あのお転婆娘が。
僕はとても心配になってきた。
まどかがしっかりと磔に掛けられるように、練習をしておいた方がいいと思う。
そう考えた僕は、財布を掴んでポケットに押し込むと、家を飛び出した。
一時間後、僕は大きな荷物を抱えて帰宅した。
ちょうどいいサイズの木材が買えて、良かった。
自分の身長よりも大きな木材を三本、買ってきた。結構な出費になったが、まどかのクラスの劇を成功させるためだ、良い買い物をしたと自分を納得させる。
さっそく父親の工具箱からのこぎりやトンカチ、釘を持ってきて、工作を始めた。
ほどなくして、僕の部屋に立派な十字架が完成した。
土台もガッチリと組んであるので、女子中学生一人を掛けたところで、倒れたりはしない・・・と思う。
僕はまどかと呼びに行った。
「じゃ、部屋に入ってくれ」
「はいはい・・・」
ガチャリ
「・・・・えっ、なにこれ!?」
ふふふ、お兄ちゃんお手製の、磔用十字架さ!
これを使って、磔にされる練習をしようじゃないか。
「え、ちょっと待って、磔にされるの? 誰が?」
誰がって・・・まどかがキリスト姫やるんでしょ?
キリスト姫は、最後十字架に磔にされるんでしょ?
「そ・そうだけど・・・あたし達がやるのって、朗読劇だよ・・・」
朗読劇・・・・朗読劇っ!?
朗読劇とは、つまり、読んで聴かせる劇であり、実際に十字架に掛けられる演技はしないってこと・・・?
まどかは悲しそうな表情でコクリと頷いた。
訊けば、クラスの女子が「キリストのお話をやるなら朗読劇で!」と頑張って朗読劇に決定したらしい。
そのときの男子の悔しそうな表情が想像できる。今の僕も、同じような表情をしているのだと思う。
「だから、磔の練習は・・・必要ないと思う・・・」
まどかの申し訳なさそうな視線・・・・あああっ、せっかく木材を買ってきたのに!
重いのを頑張って持ち帰ったのに!
一所懸命に十字架を、こんな大きな十字架を作ったのに!
まどかは磔にならないと言う!
今日という日は、この夏休みの中でもっとも不幸な日になってしまった!
僕はガラガラと音を立てて、その場に崩れ落ちた。
どれほどの時間が過ぎただろうか。
誰かの僕を呼ぶ声で、僕は我に返った。
「アニー・・・!」
お・おお・・・まどかか・・・。
まどかがモジモジしている。何かを言いたそうな感じだ。
「あの・・・せっかく作ってくれたから・・・ちょっとだけ・・・」
え?
「ちょっとだけ磔に・・・されても・・・いいかなって・・・」
な、なんだって!?
今、この十字架に、磔にされてもいいと、言ったのか?!
「ちょ・ちょっとだけだよ・・・!////」
まどかが磔に興味を持ってくれた!
それだけでも、僕は嬉しかった。
今日という日は、この夏休みで一番のハッピーデイになりそうだ・・・!
つづく
2017/10/27 体裁を整えました。




