第十七話 里帆とコーヒーゼリー
大学からの帰り、駅の改札を出たところで里帆とバッタリ会った。
「まどむ! 今帰り?」
「おお、里帆ではないか。 同じ電車だったのか」
里帆は僕の幼なじみで、商店街のケーキ屋『ロシナンテ』でバイトをしている。
中学まで同じ学校に通っていた。高校からは別々の学校に進学したが、今でもたまに連絡を取り合う仲である。
小さい頃はうちにも遊びに来ていて、その頃から里帆の素足を見てきたが、パーフェクトというべき美しさを持つ足である。
最近はロシナンテで会う程度なので里帆の素足は見ていないが、大学生となった今ではさぞかし素敵な足に成長していることだろう。
まどかみたいな中学生とは違った色香があるに違いない。
そんなことを考えていたら、里帆の素足を久しぶりに見たくなった。が、うかつに「見せてくれ」なんて言ったら変態扱いされかねない。
ちなみに今日の里帆の格好は、白いパーカーに細めのデニムパンツ、そしてスニーカー。
「ねえ、コーヒー飲みながらお話でもしない?」
「うむ、特段予定もないし、お付き合いしましょう」
里帆の方から誘ってくれたのは嬉しい。
僕らは、駅からちょっと離れた個人経営の喫茶店に入っていった。お店の雰囲気はロシナンテと似ている。お洒落というよりも、シックで落ち着いた空気感漂う喫茶店だ。
僕はホットコーヒー、里帆はコーヒーゼリーとアイスコーヒーを頼んだ。
「ここのコーヒーゼリー、すごく美味しいんだよ♪」
それはそれは、どこかの超能力者が喜びそうだな。
それにしても里帆と二人でお茶をするなんて、久しぶりだ。
里帆は何を思って僕を誘ったのだろうか。僕らは仲は良いが、恋人同士というわけでもない。
里帆はものすごい美人だし、付き合いたいと思ったことは何度もあるが、下手に告白して断られでもしたら僕が引きこもりになりかねない。
そんな恐怖感から、今のこの“幼なじみ”という関係に甘んじてしまっている。
それにしても、里帆の様子を見る限り、明らかに僕に対して何かを言いたそうにしている。
コーヒーとゼリーが来る。
里帆は「わあ♪」と声をあげてスプーンでゼリーをすくう。
「見て見て、プルプル♪」
ゼリーとは、そういうものだ。
それよりも、言いたいことがあるなら早く言え。
「この前さ、大雨降った日あったじゃん」
大雨・・・ああ、まどかを公園で裸足で歩かせた日、野外撮影リベンジのことだろう。
撮影開始時はまだ降り始めていなかったが、途中からポツポツと降ってきて、やがてどしゃ降りの大雨になったのだ。
あの時はビショビショのまどかを撮影できて、天気に感謝した。
その日が、どうかしたのだろうか。
「あの日さ、あたしも藤山公園にいたんだよね」
ほお、それは奇遇・・・だ・な・・・って、えええっ!?
あの日、里帆もあの公園にいたの!? なんで!?
「暇だったからフラッとね、散歩しに行ったの」
ほ・ほお・・・散歩ね・・・。
「そしたらまどかちゃんっぽい子がいて・・・」
なんと、里帆に見つかってたとは。
「まどかちゃん、裸足で歩いてた・・・」
う・うん・・・そういう動画の撮影だったので・・・。
「その後ろにカメラを持ったまどむがいて・・・」
たは・・・そこまで見られてたとは。
「ねえ、あの時あそこで何してたの?」
「なんだー、見てたのなら声掛けてくれればよかったのに~」
言うべきか?
裸足で外を歩く女の子の動画を撮影するために、あそこにいたんだと、言っても良いのだろうか。
「ねえねえ、何してたの??」
食い下がってくる里帆。
よほど当時の僕とまどかの行動が不審に見えたのだろう。
なるべく人目に付かないように気を付けていたつもりだったのに。
「まどかちゃん、両手も縛られてたみたいだけど・・・」
そこまで見られてたか・・・確かに、あの時はまどかの両手の親指を結束バンドで後ろで縛っていた。
「まさか、まどかちゃんをいじめてたりする!? 許さないわよ!」
語気を強くされ、僕の心臓は鼓動を速める。
里帆にとって、まどかは妹のような存在だと、前に聞かされたことがある。
確かに小さい頃からまどかを可愛がってくれている。
そんな里帆にとって、まどかが両手を縛られて裸足で無理矢理歩かされているなんて、信じられなく許しがたい光景に映ったかもしれない。
ここは、里帆の誤解を解かねば。
「違うんだ! 実はまどかはチューバーで、投稿するための動画を撮影していたんだよ」
「チューバー・・・?」
スプーンを加えたままキョトンとする里帆。可愛い。
うむ、僕が大好きな妹、まどかをいじめるわけがない。
「まどかちゃん、動画を投稿してるの?」
「うん、『BooTube』にね」
「へー・・・探してみる!」
「動画の演出、撮影を僕が担当してるってわけなのさ」
「そうなんだ・・・まどむが演出した結果、公園を裸足で歩く動画ってなったわけ?」
「えっ・・・ま・まあ、そういうことに・・・なります・・・」
いや、実際撮影内容のすべてを僕が考えているわけではない。動画に寄せられたコメントから、アイデアをもらうことの方が多い。
だから、あの動画がすべて僕の頭の中から生まれたと思ってもらうわけにはいかない。それこそ変態認定されてしまいかねない。
そこのところを里帆には、言っておかねばなるまい。
そして、まどかの動画の検索方法を教えると、僕らは喫茶店を後にして別れた。
帰宅して、夕飯を用意したり、食べたり、お風呂入ったり、気が付くと夜も遅くなっていた。
その間、まどかは終始お気楽モードであったが、藤山公園でもあの撮影を里帆に見られていたかと思うと、不憫でならない。
とりあえず、里帆に見られていたことは黙っていよう。
そんなことを思っていると、スマホがブルッと鳴った。見ると、里帆からメッセージが来ている。
――まどかちゃんの動画、見たよ!
――なんか可哀想な動画ばっかだね!
――あたしでもああいう動画、撮影したいって思う?
・・・・・・最後の一行は、なんだ?
里帆の素足を撮影しても良いと言うのか?
足の裏にお灸を据えても良いと言うのか?
僕は、震える手で、返事を送った。
――まさか、里帆の動画も撮影させてくれるの?
返事が来るまでの間、ドキドキが止まらなかった。
そして、返事が来た。
――BooTubeに投稿しないのなら、撮影してもいいよ!
なんと、撮影させてくれるって!
わざわざこちらからお願いしなくても、撮影できることになろうとは、夢にも思わなかった。
ニヤニヤが止まらない。
「なに? ずっと変な顔して・・・気持ち悪いっ」
まどかから罵声を浴びせられても、ヘコタレナイ。
僕は、里帆との撮影会に思いを巡らせ、気持ちを高ぶらせていた。
さて、どんなネタで撮影しようかな・・・・・。
つづく
2017/10/16 体裁を整えました。