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第十六話 由香ちゃんと映画デート


 土曜日、今日は由香ちゃんと映画に行く日だ。

 幸いなことに天気は晴れたが、まどかの心は曇天のようである。

 まず、朝食がご飯に梅干し一個というシンプルさ。それからトイレを三十分以上、占拠された。

 テレビのリモコンもどこかに隠され、土曜の朝のいつも見ている旅番組が見られない。

 大好きなお兄ちゃんが、自分の友人と映画に行くことに嫉妬する気持ちも、分からなくはない。

 しかし、焦らなくてもお兄ちゃんはまどかから離れて行ったりはしないから、世界一可愛い妹を手放したりはしないから、気を静めて欲しい。


「アニー! そろそろ出ないと遅刻しちゃうよっ!」


 おおっと、もうそんな時間か。

 私服の由香ちゃんは、まだ見たことがない。今日はどんな格好で来てくれるのか、楽しみだな♪

 僕は嬉々とした気分で家を出た。


 駅前の広場で、由香ちゃんと待ち合わせることになっている。

 僕の方が先に到着したようだな。

 どこか寄り掛かれるところで待とう、と視線を巡らせていると、胸ポケットに入れていたスマホがブルッとなった。

 由香ちゃんからのメッセージだ。


―今走ってる!―

―もうすぐ着くよ!―


 よかった。

 もしや「やっぱり行けなくなった」などというメッセージだったらどうしようと思っていたが、どうやら今の僕は上昇気流に乗っているようだ。

 やがて激しくも乾いた足音が聞こえてきて、腰に女の子が抱き付いてきた。


「おはよっ! お兄ちゃん♪」


 天真爛漫(てんしんらんまん)な由香ちゃんの登場である。

 こちらも笑顔で挨拶を返す。

 由香ちゃんの服装は、なんかキラキラがいっぱい付いたTシャツにカボチャみたいなブカッとした短パン、そして若干ヒールが高めの白いファンシーなサンダル。

 由香ちゃんはまどかや菜帆ちゃんほど色白なわけではないが、それでも短パンから伸びる脚は眩しかった。

 これが、若さってやつなのか・・・!


「お兄ちゃん、サンダル好きでしょ?」


 な、なぜそれを知っている・・・!

 っていうか、厳密に言うとサンダルよりも素足の方が好きなのだが。

 まあ、今日はたっぷりと由香ちゃんの素足を楽しませてもらおう。

 僕たちは改札をくぐり電車へ乗って、繁華街へ出た。


 今日観る映画は、すでにネットで座席の予約をしてある。

 劇場のロビーに設置された自動発券機で、チケットを受け取るだけで映画が観られる。


「じゃあチケット出してくるから、由香ちゃんはドリンクとポップコーン買ってきてくれる?」


 言いながら由香ちゃんに千円札を二枚渡す。

 「はーい!」と元気な返事とともに、由香ちゃんは売店の方へと走っていった。

 土曜日ということもあって、発券機の前も行列が出来ている。

 やっとでチケットを受け取り、発券機から離れようと後ろに数歩下がった時に、僕は誰かとぶつかってしまった。


「あ、すみません」


 咄嗟(とっさ)に謝ったが、相手を見ると女の子だった。

 背恰好はまどかと同じくらいで、大きなサングラスとマスクをしている上に、野球帽までかぶっている。

 んん?

 なんだか怪しげな女の子だぞ??

 背恰好は本当にまどかと似ているな・・・。


「ごっほん! こちらこそ・・・失礼しました・・・」


 しゃがれた声のその子は、そのままツツツ・・・と人の影に消えて行ってしまった。

 ふむ、まどかの声はあんなにしゃがれていないし、そもそもこの劇場に来ているはずがない。映画を観に行くなんて言ってなかったし、まどかと背恰好が似ている子なんて、いくらでもいるのだ。

 さて、由香ちゃんと合流しよう。

 売店の方を見ると、その横にトレイを持ったままピクリとも動かない由香ちゃんがいた。

 トレイには、おそらくこの劇場で一番大きいポップコーンのカップと、これまた一番大きいドリンクのカップが二つ、乗せられていた。


「由香ちゃん、チケット取って来たよ」

「こぼれちゃうから! 触らないで!」


 よく見ると、トレイにはお釣りも乗っていた。

 これらを倒したりこぼしたりしないよう、由香ちゃんは細心の注意を払って立っていたのだ。

 なんとも健気なことではないか。

 僕は由香ちゃんからトレイを受け取ると、代わりにチケットを渡した。


「ありがとう、お兄ちゃん! あ、上の階のスクリーンだねっ」


 今日来ている劇場は複合型の劇場いわゆるシネコンなので、スクリーンが複数ある。僕らが観るアクション映画は、ロビー階よりも上のフロアのスクリーンだ。

 上の階へは、エスカレーターで移動する。

 ポップコーンとドリンクをこぼさないようにしながら、僕らはスクリーンへ移動した。


 席へ座るとゆったりとしていて前の座席とも距離があり、なかなか優秀な劇場であることが分かる。

 隣の由香ちゃんは、ソワソワしている。


「どうしたの、トイレ?」

「ううん、違う・・・食べてもいい?」


 まだ上映前のCMすら始まっていないのに、ポップコーンを食べたがる由香ちゃん。

 もちろん、いいよと言う。

 「わあい♪」とポップコーンを掴んで頬張る由香ちゃんは、格別に可愛い。

 そして照明が暗くなり、映画の上映が始まった。


 映画の終盤になると、再び由香ちゃんがソワソワし始めた。

 ポップコーンは、とっくに空っぽになっている。

 一つじゃ足りなかったかな・・・。

 しかしもうすぐ映画も終わる。それまでの辛抱だぞ、由香ちゃん!


 そして、映画が終わった。面白かった!

 エンディングのスタッフロールが終わった後に、どんでん返しがあったのが良かった。

 スタッフロールが始まった瞬間に帰っていった人たちは、あのどんでん返しを知らないで帰っていったことになる。

 あのどんでん返しにこそ、この映画の本質があると言っても過言ではないのに。

 大満足して由香ちゃんを見ると、立ち上がって足踏みをしている。

 まるでトイレを我慢しているような・・・あっ、もしかして!


「お兄ちゃん、早く出よ! トイレ行くぅ!!」


 ポップコーンが足りないのではなく、由香ちゃんはトイレに行きたかったのか。

 上映中でもトイレに行けば良かったのだが、それをしなかった由香ちゃんはエライ!!

 劇場での鑑賞マナーをきちんと心得ている。

 僕と由香ちゃんはスクリーンの部屋を出ると、トイレへと向かった。

 ドリンクが大きかったので、僕も用を足してこよう。トイレを出たところで落ち合う約束をして、それぞれトイレへと入っていく。

 僕がトイレから出てくると、由香ちゃんはまだいない。女性用トイレは混んでいるらしい。

 僕は少し離れたところで壁にもたれ掛かって、由香ちゃんを待つことにした。

 女性が一人、また一人と出てくる。

 あんまりジロジロ見るとアレなので、スマホの画面を見ながら出てくる女性を瞬間的に確認する。

 すると、上映前に発券機のところでぶつかった女の子がトイレから出てきた。

 相変わらずサングラスとマスクをしている。あの子も同じ映画を見ていたのかな?


 ほどなくして由香ちゃんがトイレから出てきた。

 時刻はお昼を回ったところだ。


「そろそろお昼にしよっか」

「うん! お腹すいた!」


 ポップコーン、食べたのはほとんど由香ちゃんだったのだが・・・。

 僕らは劇場を出て、近くのファーストフード店に入った。

 好きなもの頼んでいいよ、とは言ったが、まさかバーガー二つにホットドッグまで頼むとは思わなかった。

 由香ちゃんは、かなり食欲のある女の子のようである。

 だが、嬉しそうな顔でバーガーを頬張る由香ちゃんを見ているのは、実に心地が良い。

 このファーストフード店は、テイクアウトも出来るプリンの評判がすごくいい、と前に幼馴染の里帆に聞いたことがある。

 バーガーを食べ終わった僕は、由香ちゃんに席で待っててもらい、カウンターでプリンのテイクアウトを二つ、買った。

 一つを今日のお土産として由香ちゃんに渡すと、満面の笑みで喜んでくれた。

 それから僕たちは少しブラブラと歩いてから、電車に乗って最寄り駅まで戻り、解散した。

 由香ちゃん、とても楽しそうだった。

 僕も楽しかったし、今日のデートはうまく行ったようだ。


「ただいまぁ~」


 帰宅すると、まどかがリビングのソファに寝っ転がって雑誌を読んでいた。


「おかえりぃ、どうだった?」

「うん、映画も面白かったし、楽しかったよ」

「あっそ・・・」


 素っ気ない返事。

 そこで僕は、妹の気持ちを一気に引き寄せる効果がある強力な秘密兵器を取り出す。


「お土産、あるぞ、プリン」


 ガバッと起きるまどか。

 僕の手からプリンをひったくると、夢中で食べ始めた。

 そんなまどかを見ていると、こう思わずにはいられない。やはりまどかは可愛い、と。


「今日さ、僕らが映画観てるとき、まどかも同じ映画観てたのか?」

「ん~ん、あたしチケット無いからスクリーンの外でずっとスマホ見て・・・」


 言いながらまどかは「しまった!」という顔をする。


「やっぱりお前だったのか・・・」


 まだプリンが残っているのに、スプーンを置いてションボリするまどか。

 サングラスにマスクの度々見かけた女の子は、やはりまどかだった。

 しかしなぜ僕らの周りをウロチョロしていたのか。いや、それを追及するのは酷かもしれない。


「今日の映画、すごく面白かったから、まどかも観たいか?」


 突然パッと顔をあげるまどかの表情は、いつもの明るいそれだった。


「じゃあ明日、行こうか」

「しょうがない、付き合ってあげる! でもアニー、映画の内容知ってるからって、ネタバレしたら許さないからね!」


 映画鑑賞のマナーを重んじる僕は、絶対にそんなことはしない。

 こうしてまどかの機嫌も良くなり、気持ちの良い土曜日となったのである。



つづく



2017/10/16 体裁を整えました。

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