第十五話 中学生の女の子
大学の昼休み。
僕は友人の秋津章雄と一緒に、学生食堂へ来ている。
今日の僕のお昼は、ハムラーメンにした。
初めてこのメニューを見つけた時、「チャーシューじゃねぇのかよっ」とツッコミを入れたが、今ではお気に入りのメニューである。説明するまでもなく普通の醤油ラーメンの上にスライスハムが5枚乗っているだけなのだが、これが意外にはまってしまうのである。あっさり醤油のスープと、ハムが予想外に合う。
章雄は、生姜焼き定食を食べている。
ちょっと章雄に訊いてみよう。
「なあ、中学生の女子って、どう思う?」
章雄の手がピタリと止まる。
「どう思う・・・とは?」
「まあなんだ、その・・・彼女として中学生は・・・アリか、ナシか・・・」
言ってから、ロリコンなのかとあらぬ疑いを掛けられやしまいかと不安になってきた。
章雄の僕を見る目が怪しくなってきたら、この会話を無かったことにしなければならない。
「おまっ・・・女子中学生の彼女がいるのかっ?!」
飯粒が飛んでくる勢いで叫ぶ章雄、きたない。
しかも、食堂には大勢の生徒がいるのだ。大声で言うには、いささか問題のある発言だ。
「声がでかいんだよ! トーン落としてしゃべれ!」
「す・すまん、で、その女子中学生はどこに?」
「そんなのいるわけないだろ! 恋愛対象として、中学生はどうかなって意見を聞きたいだけだ」
「なんだ、いないのか・・・よかった、まどむと付き合っている女子中学生は、いないんだな」
なんか気になる言い方だが、実際僕は由香ちゃんから告白されたわけではない。
もし告白されたら、それを正面から受け止め付き合っても良いのか、はたまた丁重にお断りするべきなのか、友人としての意見を乞う。
「まあ、小学生ならどうかと思うがな。中学生なら恋人として、ありなんじゃないの?」
「ほお、そう思うか」
「うん、数年すれば高校生だしな。大学生と中学生なんて、そんなに歳が離れてるとは思わん」
なるほど、良い意見だ。
確かに僕とまどかも六歳差であることを考えると、別段異常なカップルというわけでもないな。
まあ、まどかが章雄と付き合うなんて言い出したら、全力で止めるが。
それが妹愛というもの。
午後の講義を終えて帰ると、家の前に誰かいる。
まどかと同じ制服を着た女の子が、玄関の前でしゃがんでいる。
あの子は・・・。
「あっ、お兄ちゃん! おかえりなさい!」
由香ちゃんだった。
家の前で何をしているんだ?
「お兄ちゃんが帰ってくるのを待ってたんだよ!」
なんと、僕を待っててくれたとは。
っていうかわざわざ家まで来たのなら、上がって待っていればいいのに、まどかもいるだろうし。
「今日はお兄ちゃんに用があって来たんだよ。ちょっとまどかには聞かれたくない話だし・・・」
立ち上がった由香ちゃんは、やっぱり裸足でスニーカーを履いていた。
まどかに聞かれたくない話って、なんだろう?
「お兄ちゃん、今度の土曜日あいてる?」
おっと、いきなりデートのお誘いか?
えーと、予定は・・・と、スマホでスケジュールを確認する。
もともと休日に予定なんか滅多に入っていないのだが、お友達の少ない暇な人って思われたくないので恰好だけでも確認する。当然というか予想通り、予定など入っていなかった。
「うん、ちょうどあいてるよ」
「ほんと!? じゃあ、一緒に映画に行こ?」
いきなり映画に誘われるという展開。ずいぶんと積極的な子だな、由香ちゃんは。
その前向きさ、嫌いではない。
キラキラした視線を僕に送ってくれる。
「映画かぁ、いいね! 何を観に行く?」
「お兄ちゃんが観たいのでいいよ!」
ふむ、なんでもいいのか・・・つまりこれは、僕とデートがしたいということなのだろう。
ふふ・・・女子中学生に気に入られてしまった・・・。
う・嬉しい・・・!
その場でお互いの連絡先を交換し、由香ちゃんは帰っていった。
僕はウキウキしながら、玄関のドアを開けた。
「ただいまぁ~♪」
まどかがいるはずだが、返事がない。
まあいい。
土曜日、由香ちゃんとどの映画を観るか、さっそく調べなくちゃ!
自分の部屋に戻ってパソコンの前に座ると、早くも由香ちゃんからメッセージが届いた。
― 土曜日、楽しみにしてるね♪ ―
おお・・・、ちょっと感動する。
ネットで映画情報を漁っていると、あっという間に時間が過ぎていく。気が付くと、夕飯の時間になっていた。
しまった、ご飯の用意、まったくしていないぞ。慌ててキッチンへ降りていくと、すでにまどかがテーブルに着いていた。
「あ・ごめん・・・ご飯、まだ用意してないんだ」
「そう」
「今から作るのもアレだし、今日は外に食べに行こっか」
「うん」
心なしか、まどかが素っ気ない。気のせいかな。
近所のファミレス「ゼイサリヤ」に行くことにした。
レストランまでの道中、まどかは一言も発しなかった。なんか機嫌が悪そうだな・・・。
席に案内され、料理とドリンクバーを注文する。
それぞれドリンクを持ってきて、やっと落ち着くことが出来た。
「今日由香ちゃん来ていたぞ」
「知ってる、一緒に帰ってきたから」
ああ、そうだったんだ、知ってたのか。
「家の外で僕を待っていたんだが・・・」
「うん、上がるように言ったんだけど、外でいいって言って、上がってくれなかった」
そういえば、まどかに聞かれたくない話とか言ってたな、由香ちゃん。
「由香ちゃんに何言われたの?」
「え、あ・・・映画に行こうって言われた」
「なっ! 映画!? それで!? 行くの!?」
「うん、今度の土曜日にね」
まどかの表情が険しくなる。
僕が由香ちゃんに映画に誘われたのが、そんなに気に入らないのだろうか。
最愛のお兄ちゃんが友人に取られてしまう、そんな危機感を感じているのかもしれない。
これは、あきらかな「やきもち」である。しょうがない妹だ。
「今度まどかとも映画に行ってやるから、な?」
「行って“やるから”?」
あれ、なんか言い方まずかったかな。
普段は実に可愛い妹である。
だが今はどうだ、般若顔負けのすごい形相だ。
「アニー、由香ちゃんとデートするのがそんなに楽しみ!?」
「な・なんだよ、映画観に行くだけじゃん・・・」
「もうっ! ちゃんと由香ちゃんをエスコートしてあげてねっ!!」
なんなんだ、やきもち焼いたり、エスコートしろって言ったり・・・。
ほどなくして料理が届くと、ニコニコしながら食べ始めるまどか。
気持ちの起伏が激しいな・・・中学一年生なんて、そんなものなのだろうか。
しかし、美味しそうに、そして幸せそうに食べているまどかは、やっぱり可愛い。腹いっぱい食べるのだよ。
ファミレスから帰ってからのまどかは、終始ご機嫌だった。
お腹が満たされて気分が良くなったのだろうか。兄へのやきもちはどこへやら。
今なんて、お風呂から鼻歌まで聞こえてくる。
やはり中学生、単純である。
お風呂から出てきたまどか、タオルで髪を乾かしながらリビングへやってきた。
僕はソファでテレビを見ていたが、その横へドッカリと座るまどか。
全身からせっけんのような良い香りがする。
はあ~、いい匂い・・・クンクン。
「ちょ・ちょっと! 嗅ぎ過ぎっ!////」
あ、ごめん・・・妹相手だと、どうしても遠慮が無くなってしまう。
由香ちゃんと映画に行くときは、こうならないように気を付けなきゃな。
「あ・足・・・マッサージしてくれても・・・いいよ////」
いきなりまどかが、僕の膝に両足を乗せてきた。お風呂上がりの素足は、眩しいほどに清らかだ。
なんだ、マッサージしてほしいのか、しょうがないな。
僕は両手でまどかの右足の裏を包むと、親指で土踏まずを強く押す。
「んぅ・・・っ、痛い!」
「痛いくらいがちょうどいいのさ」
まどかの足裏は柔らかい。
押した指を離すと、すぐにほんのりとピンクに色付く。
足の指も一本一本揉み解してあげる。
「はぁ~ん、気持ちいいぃ・・・」
まどかの目がトローンとしてきて、このまま寝てしまいそうだ。
「アニーは・・・まどかの・・・お兄ちゃん・・・なんだから・・・」
ん? なにか言ったか?
良く聞こえなかったが、今日はまどかはソファで寝てしまいそうだ。
タオルケットを持ってきて、掛けてあげよう。
静かに夜が、更けていった。
つづく
2017/10/16 体裁を整えました。