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唯佇むものたち  作者: 鯣 肴
本編

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第四章 冬の墓標 白き灰降り注ぐ繁栄の残骸

 最後の季節を記録するために彼女は北へ向かっていた。高い城壁とその内側に見える旧い建築様式の建物が次第に大きくなっていく。


 きっと温度は低い。体の動きが少しばかり鈍くなったから。日差しは弱いか強いか分からない。下からも上からも右からも左からも前からも後ろからも光が万遍なく射すのだから。


 柱と梁の装飾に加え、ドーム状の構造物を多用したルネッサンス様式。ドーム状の構造物を多用しつつ、一見質素だが中はモザイク模様などで派手ななビサンツ様式。


 それらを取り入れた住宅などの一般的な建物が、バロック様式の博物館、ロマネスク様式の教会や豪邸などを取り囲んでいる。


 本来、赤っぽいルネッサンス様式の建物の屋根が視界の7割以上を占めるようになっているはずだが、それは一切見られない。積もる白い塵が屋根を覆っているからだ。


 冬の象徴、雪。


 雪という冬の結晶。降り注ぐそれらは彼女にとって、埃のような塵にしか見えなかった。


『主が以前見せてくれた、雪。主が数多の実験の末、数々の書物の記述から再現したもの。だがそのときと同じで、私にはそれが雪には見えなかった』


 手をかざし、空に向けて晒す。するとその手の上に白い塵が積もる。自身の肌の色と同じ、色を持たない白色の塵。


『私の手に触れても溶けない。主がそれを雪と言ったから。手を翳そうとした私を以前主は止めた。今回は翳した。主がやっとの思いで再現した自然の一種に浸れない。自身のそんな醜い身を呪わしく思った』






 彼女は街へと足を踏み入れた。城壁の内側。そこには大量の白い塵が灰のように彼女の膝下辺りまで積もっていた。その塵はまるで重さを持たないように軽く、彼女は灰煙を上げながら街を進む。


 綺麗な町並み。一面真っ白なのだが、そこに活気は一切ない。彼女は周囲を見渡さない。以前見た光景。ただ、前へと進んでいく。


 彼女は辿っていた。この領域は主が自身を引っ張って案内してくれた唯一の場所。


 以前とは異なり、全てが白一色に染まっており、隣に主がいない。寂しさを感じながらも、彼女はその足を鈍らせることはない。その表情は沈んでおり、影を含んでいた。






 この都市の入り口を6時の方向として、主はそこから時計回りに彼女を案内してくれた。彼女がまず向かうのは9時の方向。


 ある程度狭い、馬車一台分がやっと通れるかの道幅の住宅街をただ真っ直ぐ彼女は進んだ。すると突如道が開けて、巨大な広場が広がっていた。


 中央には噴水。その向こう側には四角くもその中に過剰ともいえる、彫刻や装飾が隙間なく張り巡らせられた、左右対称な建物。バロック建築の再現物。


 特徴の一つであるステンドグラスが灰のせいで前のように色鮮やかに見えないことに彼女は肩を落とした。


 彼女は建物の中に入っていった。長い通路を通って。その通路にも大量の装飾があったが、やはり白く染まりきっていた。足元にかかる灰がないのがせめてもの慰めだった。


 人3人程度が通れる幅の長い通路。それを通り抜けても続く長い廊下。その左右に豪華絢爛(けんらん)に飾ってある、過去の西洋美術の傑作たちの写し身。だが彼女は一切それらに目を向けない。


 植物のつたとそこに留まるはとかたどった手()りの階段を登り、数多の通路や広場を抜けて建物の最奥へ彼女は到達する。


 白い灰で白く染まってしまった大理石の重い扉を彼女は開く。そこにあったのは彼女がこの世界で初めて、唯一創り出した物だった。それは主の彫像。


 あらゆる角度から取った主の姿を立体的に処理して作った全体像を、石灰石の塊から削り出して作り出した。主の生の瞬間の一時ひとときを切り取ったもの。


 それを見た主が一瞬見せた落胆とその後に被った笑顔の仮面。それを彼女は忘れられなかった。


『なぜそんな顔をなさるのですか、我が主様。それが私の持った最初の疑問だった。そして今まで逃げ続けてきた疑問だった』


 彼女はしばらく懐かしい主の移し身を座り込んで見ていた。やがて、扉を閉めてそこから立ち去った。






 彼女はその後、12時の方向にあるロマネスク様式の教会へと向かった。だが、その周囲の風景など最早彼女にはどうでもよくなっていた。


 数多の幾何学図形を組み合わせつつも調和の取れたその内外の装飾に目を向けることなく彼女は素通りし、向かったのは祈りの間。そこにある像を見るために。


『主が私のためと言って見せてくれた唯一のもの。それが、これ。私の写し身。だが以前はその意味を理解できなかった』


 そこにあったのは、修道女の衣を纏った、等身大の彼女の像だった。はやり、これも、白にしか見えない。


 この像の衣の部分は青く彩色されていたのだ。瑠璃ラピス色に。像の下部分を手で払ってみたが、白い灰が飛び散るのみで依然としてその像は白いままだった。


 虚しくなった彼女は拳でその像を思いっきり叩く。罅割れがその部分に生じるとともに、彼女の頭上に灰が降り注いだ。


 彼女はその灰を自らの体から払うことすらせず、振り向くことなくそこから立ち去っていった。


 その像を主が作って彼女に見せた意図。それが分かってしまった気がしたから。しかしもう、何もかもが遅い。






 最後の場所。3時の方向にある邸宅。ゴシック建築で作られた教会を邸宅用に規模を小さくしたもの。礼拝用ではなく居住用にしたもの。


 周囲はサークル状の堀といってしまってもいいような池で覆われており、正面に架けられた煉瓦作りの橋から出入りする。


 主が自身の収集した知識を元に、居住用に調整した建造物。だがそこに主は一日も住んではいない。


『主は最後に私をここに連れてきてこう言った。この場所に永住しようと思っていたが、止めることにした。平坦に無気力に私に告げた。しかし今思い起こせばその裏には深い悲しみが込められていたのではにかと私は思う』


『そして主は私に指示した。邸宅の地下に静置していた、この都市の建築様式の栄えた時代に生きていた人を象った黒色の石像を運んで並べておくように、と』


『私はそのとき主の命令を初めて破った。私は何もしないままそこで佇み、幾日か経過した後城へと戻ったのだ』


『あのとき主は先に城へ戻ってしまった。私を置いて。そして意味のない命令を下した。だから私はそれに従いたくないと初めて思ってしまった』


 ここに再訪することになってしまった私はただ無為にそれらを配置した。できる限り、まるでかつてここに本当に人が存在したかのように、この都市が意味なきものに感じられないように。


 真っ黒であるはずの石の塊すら白き塵で染められていた。だがその灰ははたいても像から微塵も落ちはしない。


 虚しくなりつつも長い年月放置していた仕事を終えた彼女はその都市から立ち去っていった。そして、出口で振り返って最後にその都市を見て、顔を伏せた。その表情は見えない。


 彼女はどこか弱弱しい足取りでそこから立ち去っていった。


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