10話 スカウト!
辺りはすっかり暗い。目立たなくていいのだが。。
寿司屋から追ってくる奴も数人いる。
あぅ。。夕飯食べ損ねた。。腹減った。。。
変な拘りで大損した気分だ。だが親の教えは破れない。
田中に謝って置くか・・・とスマホが無い事に気付く。
寿司屋に戻るが入り辛い。。こっそりドアを開けて
テーブル席に近づくと話声が聞こえる。
「顔とスタイル良くても性格きついよな~」
「うんうん言えてる。言葉使いも男みたいだしな。」
等と聞こえるが、男にモテても嬉しくない。
狙った訳では無いが、ウザイのが減って良い感じだな。
その時、田中がフォローを入れてくれる。
「そうかも知れないけど、僕を立てくれるし優しいのは間違えないよ。」
「そう言われれば、一途と言うか純粋な感じはするな。」
おい!フォローは嬉しいが・・・逆効果だ!
「あっ。スマホ忘れてる。土地勘も無いかもだし追いかけてみる。」
あぅ!!俺は慌てて店から出た。
そして店の入り口付近で右に隠れるか左に隠れるかうろうろしてると
田中が出てきた。
「あっ。良かった。スマホでしょ?はい。これ。」
「ああ。ありがとうな。」
スマホを受け取り礼を言う。
「送るよ。方角一緒だし。」
「ありがとう。」
無言で歩く2人。
そこに、お腹が空腹を訴える。
くぅ~~~~~。。
「あはは。夕飯食べ損ねたからな。」
「んじゃ何か食べて帰ろうよ。何が食べたい?」
「何だか・・・ごめんな。」
「付き合ってるんでしょ?気にしないでよ。」
「んじゃ・・・マックでチーズバーガーセットが食べたい。」
「んじゃ決まり。」
マックはすぐ近くだ。
店を前にして聞いてみた。
「俺の言葉ってそんなに変か?」
「そうだね。少し乱暴かな?フランス人で日本語に慣れてないし
仕方ないよ。気にする事ないと思うよ。」
「そっか。。少し意識しながら話す様に頑張るかぁ。。」
店に入ると目立たない奥に座った。
2人用の席だ。当然向かい合わせて座る訳だが、
田中はオーダーする為に並んでいる。
そこに二人組の男が声を掛けてくる。
「この動画の本人さん?一人?」
スマホを俺に見せながら寄ってくる。
「人違いです。連れがいます。」
「なら一緒に食べない?それと自撮り棒あるから一緒に一枚いい?」
「人違いです。連れがいます。」
こいつらも・・・人の話聞いてない。超軽いナンパだな。
更に会話が成り立っていないのに強引にも程がある。
無視すると、わざわざ近くの席に移動して観察してやがる。
更に、隠し撮り・・・てか堂々と撮ってるな。
田中がバーガーセットを抱えて戻ってきた。
俺の向いに座ると、ナンパ男が驚いているのが分かる。
無視してポテトを摘まんで口へと運ぶ。
周りに・・・人が集まってくるのを感じる。
そこへ一人の男が近づいてきた。
何てか・・・40歳前後のサラリーマン風だ。
「ちょっと失礼するよ。」
そう言うと俺の視線の高さに屈んで名刺を出した。
「こうゆう者だけど。」
名刺には芸能プロダクション”GOOD MUSIC”と書いてある。
「芸能界に興味ないかな?」
・・・興味があっても、一ヶ月後には男に戻る。
更に、両親が猛反対するのは予想できる。
「まっっっっったく興味ありません。」
「すごく光る物を感じたんだけど。」
「すみません。穏やかに食べたいです。」
「ああ。ごめんね。食べ終わるまで待ってる。」
そう言って店から出て行った。店の外で待ってるのか??
辺りは更に増え続ける人。
「芸能プロダクションからスカウトだってさ。」
「当たり前の成り行きだよな。」
会話が丸聞こえだ。田中がそれに反応して席を立つと
「迷惑です。お引き取りください。」 御辞儀をする。
俺も席を立つと、
「大勢に見られて、味がしません。ご遠慮ください。」
同じく御辞儀をした。すると人だかりは無くなった。
去り際に、謝る奴もいた。この年代の若者も、
まだまだ捨てた物では無いな。。。と思う。
再び席に座り顔を突き合わせて思う。
田中に迷惑を掛けっぱなしだな。。
「あのさぁ。。。勝手だけど、別れよう?」
「えええ?!どうして?何で??」
俺が思ってるより、・・・迷惑してない様だ。
「いや、普通に街も歩けないし、変な奴等が寄ってくるし。」
「気を使ってるならやめてよ。この夢が続けばいいと望んでるし。」
田中も一ヶ月で俺が消える事は知ってる訳だし。
これ以上迷惑かける様なら考えよう。。。
そして、すっかりお腹も満たした。
店内の客がこっちを意識してるし早々に逃げるか。
今から言葉は意識して考えて使おう。
「御馳走さまでした。では帰りましょうか?」
「えっ?あっ?うん。そうだね。」
俺の言葉に驚いた様だ。顔が真っ赤になってるぞ?大丈夫か?
そう思いながら、俺のゴミも持ってくれた田中の後ろから
裾を掴もうと思ったがINしてた。ベルトに指を掛けて、
後ろから着いていく。
その光景を不思議そうな顔で見守る客。
ゴミを捨てトレーを戻すと店を出た。
店を出るとさっきのおっさんが待っている。
「さっきの続きだけど、歩きながらでいいから少しいい?」
「ダメって言っても付いてくるのでしょう?」
「あはは。参ったな~ んじゃ~ 早速なんだけど、
僕は、ダイヤの原石を見つけて磨くのが仕事で、
目の前の原石を磨きたいんだな。これが。
輝きを増したダイヤは、一つのCM出演でいくらだと思う?」
「見当も付きませんが・・・30万くらいでしょうか?」
「あはははは~それは謙虚だね。まぁ一本で1,000万円くらいかな。
売れてる子だと3,000万まであるよ。」
「えええ!!!CMに出るだけでですか?!」
「うんうん。興味が出たかな?」
「あっ。いえ。。親が厳しいので無理です。」
「親御さんは、こちらから説得はするよ。」
「・・・・・・」
「最初は学校が終わった後や、土日だけの活動だから
負担は少ないと思うし、前向きに考えて見て。
いい返事くれるなら、名刺に番号あるから電話して。」
「では・・・地球の寿命が尽きる前に返事します。」
「そっか。。残念だな。気が向いたら電話して。」
そう言うと残念そうに肩を落として去って行った。
しかし・・・CM1本で1,000万円?すげぇ。。。
だが、落とし穴がある。それは税金だ!!
事務所が抜いて税金取られて・・・200万くらい?
な物だろう。いあいあ。。受けるつもりないのに
何考えてるのやら。。。
田中に家の近所まで送ってもらって帰り着いた。
「ただいま帰りました。」
「お帰りなさいませ。よくは存じませんが芸能事務所から
お電話がありましてよ。」
「GOOD MUSICでしょうか?」
玄関先までお袋が出迎えてくれる。
「いいえ。ライトプロダクションと・・・」
ルルルルルルル・・・電話のコールが鳴り始める。
「私が取ります。」 家に急いで上がると電話を取った。
「はい。槇でございます。」
「私、芸能プロダクションの筒井と申します。シャールさん
ご滞在の槇様のお宅でしょうか?」
「左様でございます。ご用件は?」
「シャールさんと契約したくてお電話致しました。」
「・・・えっと・・・GOOD MUSICの方の先約が
ありますので、お断りいたします。」
「えっ?GOOD MUSICさんはやめた方がいいですよ。」
「どうしてですか?」
「倒産寸前の会社で危ないですよ。何でも、娘さんが
心臓の病気らしくて、会社の金を使って治療してるって
話ですし、タレントの給与も未払いでうちの事務所や
他の事務所にみんな移籍して、タレントが一人も居ない
事務所ですよ。少し前は勢いのある事務所だったんですがね。
今は社長の手島尚之って人と奥さんの二人だけの会社だし。」
さっき貰った名刺を出した。 マネージャー手島尚之と書いてある。
そっか・・・さっきの人は社長だったのか。
それが二人だけになって、敢てマネージャーって肩書にしたのだろう。
「ご丁寧にありがとうございます。決めました。
もし、私がそちらの世界に行く時はGOOD MUSICに御世話になります。」
「ええ?報酬貰いないかもだよ?話・・・聞いてましたか?」
「ええ。全てを理解した上での事です。」
「では、何かありましたらSR企画の筒井まで。」
「ありがとうございます。覚えておきます。では。」
電話を切った。横で一部始終聞いていたお袋が、
「一ヶ月だけですが、良い経験になるでしょう。
お父様には私から説得致します。
お受けになられてはいかがですか?」
お袋の意外な一言。
「落ち着くまで、学校にも行けませんし・・・
前向きに検討してみます。」
「一応、5社の事務所から同じ内容の電話がございましたので
この紙にまとめています。有名な事務所もありますので
ご検討材料に、お使いあそばせ。」
「ありがとうございます。」
紙を受け取ると、2Fの自室に戻って来た。
さっきのおっさんの顔が浮かぶ。
娘さん大丈夫かな。。娘さんの治療費の為にも
仕事はしないとだろう。さっき話した感じでは、全くそんな素振りは
見せなかったなぁ。。
ん~~~。俺を探し回ってたのだろうか?
電話でスカウトする他の事務所よりかは、誠意を感じる。
特別に金が欲しい訳でも無いが、娘さんの病気の事を聞くと、
このまま無視もできない。
んで、お袋が応援してくれてるって・・・
もうこれは、運命だな。必然って奴だ。
スマホを手に取ると、名刺の番号へ電話した。
つ・・・つ・・・つ。トゥルルルルル。
「はい。手島です!」
「あっ。あの・・・先程名刺を頂いたシャールと申します。」
「えっ??ええ??シャールちゃん??」
「はい。学校や家に負担が掛からない程度でしたら
手島さんの所で活動してもいいかな?と思っています。」
「ええ!!本当に??本当に??」
「本当です。ですが、交換留学で一ヶ月後にはフランスへと帰国します。」
「えええええ!! な、何だよ!それ。。。」
「それでも宜しければお願い致します。」
「そっか。一ヶ月か。。よし分かった!!宜しく頼むよ!」
「こちらこそ宜しくお願い致します。」
「早速だけど、明後日の土曜日に朝から会えないかな?
時間が無いから写真撮影したい。」
「土曜日ですね。お伺いいたします。」
・・・変な成り行きで、芸能界のドアを開けてしまった。。。