桜日和 『虹』
「虹って国によって色の分け方が違うらしいんですよ」
「ん?」
放課後、今日もいつものように屋上でのんびりしていると、これまたいつものように唐突に桜が話しかけてきた。
先ほどまで降り続いていた雨が上がり、一転してまぶしい太陽光を受けた大気は、それはもう色鮮やかな虹のアーチを描き出していた。屋上からはここら一帯の景色を一望することができるために、その虹の全貌をしっかりとらえることができた。そんな虹を見て目を輝かせながら彼女は続ける。
「日本では七色ですけどね。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫ですよね。どこか忘れましたが三色っていう国もあるらしいですよ。三色はあまりにも大雑把すぎますよね。まあ日本のもなんで六色にせずにあえて藍色を入れたのか疑問ではありますけど」
「確かになあ。藍色なんて普段使わない色だもんなあ」
「それでも昔、虹の色を決めようとした日本人には藍色が見えたんですね」
改めて虹を見てみる。赤、橙、黄、緑、青、…で藍色が一応あるらしく、最後に紫。やはり藍色には無理があるような気がしてならない。
「きっと藍色に慣れないのは藍色のものがあまり身近に存在しないからでしょうね。本当かどうかわからないですけど。赤ならいちご、橙色ならオレンジ、黄色ならバナナ、緑ならスイカ、青なら海、紫ならブドウ、みたいに」
「青だけフルーツじゃないな」
「え…。咄嗟に思いつかなかったんですよ。青いフルーツ…、青いフルーツ…」
それきり桜は頭を抱えて、んーんー唸りながら少しの間考え込んでしまった。その間僕もいっしょに考えてみたが思いつかなかった。無いのか?青いフルーツ。
「と…とにかく藍色だけ身近に無いですよね!だから藍なんてあまり親しみの無いものの名前がつけられてますし」
「なら昔虹の色を決めたっていう日本人は藍染め職人だったのかもな」
「そうかもしれませんね」と桜は微笑みながらこちらを見る。
きっと虹の色決めのとき、ものすごい剣幕で藍色を推したのだろう。その執念に圧倒され、虹色選考委員会も首を縦に振らざるを得なかったのかもしれない。
僕がそんな藍染め職人の知られざる奮闘を妄想している横で、桜はまた虹を見上げる。つられて、僕も見上げる。
虹は少しずつフェードアウトしかけていた。色も先ほどのように鮮やかな七色には見えなくなっていた。少し寂しさを覚えたのはおそらく僕だけではないだろう。桜の目もどことなく憂いを帯びているような気がした。
少しずつ消えていく虹を目に焼き付けながら、しばし沈黙に身を任せていると、ふと桜が声をあげた。
「ブルーベリーがありました!」
そこには先ほどの憂いなどどこ吹く風の笑顔があった。その笑顔を見ながら僕は思った。
―ブルーベリーって青いか?
その後それを指摘された桜は、またあたふたと考え込んだ挙句結局思いつかずに、翌日名前も聞いたことのないような青いフルーツの写真を持ってきて、図鑑ばりの解説を小一時間僕にすることになるのだが、それはまた別のお話。