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二十八日、午後五時。私は空港で英子を待った。
梨花も来ると言っていたが、まだ来ていないようだった。驚くことではない。むしろいつものことだ。待ち合わせの時間に遅れて来るなんてことは。
そのまま十分ほど待っていると、英子らしき人物がでこちらに歩いてきた。
目を凝らしてみると、やはり英子である。
「今、梨花から電話があって、今日は来れないんだってさ」
英子は残念そうに私に言った。あいつめ、なんだってこれなくなったんだ。あんなに即答だったくせに!
「そっか、忙しそうだったもんね」
思わず適当なことを言ってしまう。もちろん当の本人はそこまで忙しくはないのだろうが。
立ち話もなんなので少し歩いて珈琲ショップに向かうことにした。
「ごめんね急な話で。これから寂しくなるね」
英子は言った。私だって寂しい。確かにそのはずなのに数日前のあの考えが頭の中にチラつく。
「なんでまた海外に? 日本の大学じゃダメなの?」
「うん、夏休みの間向こうにいて決心が付いたんだ。私、今まで日本にいる間あまり頑張ってこなかったと思う。勉強にしてもその他のことにしても。今ではすごく後悔してる。なんだかこっちの友達を裏切るようで悪いけど、自分の意思で決めたことなの」
「そう」
「向こうでいい大学に進学して、本気で自分の勉強したいことに集中しようと思う。やりたいことがあるの」
英子は真っ直ぐな視線を向けていた。全身からエネルギーが溢れ出ているようだった。
それに比べて、今の私ときたら……
「まあ、東京で一人暮らしっていうのに気が進まないのも理由のうちかもしれないけどね」
英子はそう付け加えると手元の珈琲を飲み干した。
せっかくの機会だ。私も何か話さなければ。
「そっか。でもそれにしたってすごいよ。一人で行くんでしょ。私には到底できない」
「まあ、何かあったらいつでもメールしてよ。私もしょっちゅうメールするだろうし」
「うん……そうする。英子も向こうで頑張ってね」
何故だろう。そう言ったのに、そこまで「頑張れ」という気持ちが起きない。一体なんなのだろう。私はどうしてしまったのだろう。
そんな話を長々としているうちに時間はすぐにやってきた。
「あ、これ。貰ってくれる? ネックレスなんだけど」
私は小さく溜息をついた。そして英子にネックレスの入った袋を手渡した。
「できれば、あとで開いて欲しいんだ」
この場で開けられるのが嫌だった。
「うん、わかったよ。ありがとね!」
英子は快くそれを受け取った。
「それじゃあ、またね。来年の夏に!」
英子は元気よくそう言うと人ごみの中に消えていった。一瞬だけ追いかけたい衝動に駆られたが、私はそのまま回れ右をして引き返した。
そして一度も振り返らずにずんずんと歩いた。歩いているうちにどんどん目頭が熱くなった。
知らぬ間に、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
空港を出た時には誰にも見られたくないほど涙でぐしょぐしょになっていた。辛くて辛くて仕方がなかった。
「そうか」
私は呟いた。
本気で「頑張れ」と思えなかったこと、電車の中で独り焦ったこと、英子は本当に友達なのかと疑ったこと……
私は親友である英子が去っていくのを直視したくなかっただけだったのだ。素直に受け入れたくなかったのだ。どうしても認めたくなかったのだ。
私は地べたにしゃがみこんで泣いた。
「そうか、やっぱり……」
やっぱり、英子は私の友達だった。