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 ほんの、一瞬の出来事だった。

 いっそ死んでいまいたいと、あの時俺は思った。

 あの日、俺はバイクのライトが来る途中で壊れたのもお構いなしに友達の家に行くため人通りの少ない道を急いでいた。

 女の人が飛び出してきた時、頭の中は真っ白だった。だが、確かに何かを轢いたという感覚が嫌になるくらいはっきりと全身に伝わってきた。

 俺はそれを信じなかった。信じられなかった。ただ単に怖かっただけかもしれないが、心のなかで絶対に轢いていないと何度も何度も自分に言い聞かせた。

 気がついたら逃げていた。

 これは夢か?

 俺はバイクから降りて街灯の下まで歩いた。所々に血がついていた。それを見た瞬間、全身が凍りついて一歩も動けなくなった。普通に呼吸することもままならなかった。

「どうすれば……」

 そんなことを言いながらも本当はわかっていた。

 自分はこれからどうするべきなのか。

 戻るんだ。

 俺は救急車を呼んであの場所に戻ることを決意した。

 あの場所に戻ったとき、最低なことだが俺は思わず戻しそうになった。

 女の人は確かに死んでいた。それくらい、俺にだってわかった。生きていてはおかしい姿をしていたから。

「そんな……」

 もしかしたら生きているかもしれないという自分の中の小さな希望はこのとき音を立てて崩れ落ちた。

「嘘だ」

 俺は崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。

 遠くでサイレンの音が聞こえた。

 懲役は何年くらいだろうか。このひとに家族はいるのだろうか。いるだろうな。なんて馬鹿なことをしたんだ。

 そう考えた瞬間、目頭が焼けるように熱くなり、大粒の涙がぼとりぼとりと音を立て、自分の膝に落ちた。

 暫くその場に座り込んでいると、じきに救急車とパトカーがやってきた。

 俺はぐったりとうなだれていた。

 サイレンの音に釣られて野次馬達も当たり前のように集まってきた。

「やめろ、来るな……こっちを見るな!」

 俺は唸るようにそう言った。

「泣かないでよ。私が悪者みたいじゃない」

 どこかでそんな声が聞こえた気がした。正直、怖かった。今自分が顔を上げたなら、目の前に何が見えるのか。誰が立っているのか。考えると恐ろしくて、とてもじゃないが顔なんて上げられなかった。

「こんな顔じゃ娘にだって見せられない! それに、ケーキも買ってあげなれなかった」

 俺の頭がおかしくなってなかったのであれば、確かそんなことをその人は言っていた。

 そのまま下を向いていると、やがて何も聞こえなくなった。

「ほら、立て」

 無理やり警官に立たせられ、パトカーの中に押し込められた。

 これ以上は、説明する必要もないだろう。



 そして、あれから1年が経とうとしている。

 俺はまだこの狭い場所から出られない。今でもたまにこの世界から消えたくなる。

 今日は3月14日。あの人の命日まで、あと3日。

 そんなことを考えながら、当たり前のように1日は過ぎていった。

 そして、妙な夢を見た。

 いや、夢なんかではない。もっとなにか、別のものなはずだ。

 言葉では表しづらいが、絶対にただの夢なんかではなかった。


《お願いがあります》


 あの人の声だと俺にははっきりわかった。

 透き通った静かな声だった。

 《明日、あなたに私の代わりに渡してほしいものがあります。私の娘にです。あれは、できることなら直接娘に渡したい》

 それから要件を話し終えた彼女は、最後に小さく掠れた声でこう言った。

《私に直接会って謝ろう、なんていう考えを少しでもあなたが持っているのだとしたら、その考えは今すぐ捨ててください》



「木山、頼みがある」

あの言葉を聞いた翌日、俺は友達の木山にあの人のに言われた通りと事を話した。

「本気か? お前、頭は大丈夫なのか?」

「信じてくれ、頼む。俺だって、自分が馬鹿みたいなことを言ってる自覚はちゃんとあるんだよ」

 木山はかなり困った顔をした。無理もない。何も証拠なんてないし、死者が話しかけてくるだなんてどう考えてもおかしいことだ。俺はやっぱり無理か、と諦めかけた。

だが、

「本当に今日の夕方の4時半でいいんだな?」

 この時何故木山が納得したのか、俺にはよくわからなかった。

「なんて名前の人だっけ?」

「植原、佳苗……おい、信じてくれるのか。どうして」

「いや、特に理由もないけど」

 木山は言った。

「なんとなく。この機会を逃したらいけないような気がする。色んな意味で」

 恐らく木山は俺がこれ以上おかしくなることを心配したのだろう。

 ここで「そんなことやるわけ無いだろう」などと言ってしまったら、まずいことになると思ったのかもしれない。それとも他に、何か引っかかることでもあったのか。

「なあ、念のために言っておく。俺は大丈夫だ。おかしくなんてなってない」

「わかってる」

 木山は立ち上がった。

「それじゃあ、行ってくる」

「頼んだ」

 俺は大山の背中を見送った。


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