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 儀式が始まるのは夕方だが、二人は早めに宿を出た。


 ウィリアムはいつものように泰然としていた。

一方クリスは王宮に行くことが初めてということと、社交界にも出たことがなかったから、そういった場に行くという事で緊張を覚えてすっかり落ち着きを失くしていたのだ。

朝から忙しなく部屋の中を入ったり来たりしているクリスの姿を目にしたウィリアムは苦笑していた。


「緊張するのは分かるが、少し落ち着いたらどうだ」

「けど、兄さま……」

「まあ、私も初めて王宮に行ったときは緊張したものだよ」

「兄さまも?」

「ああ。こう考えたらどうだ? 場所は違うけど、やることは学院の儀式の延長みたいなものだって」

「でも、儀式には陛下もいらっしゃるのでしょう? あぁ、どうしよう……」

 クリスは頭を抱えた。

 可愛いが、今からこんなに緊張していては後で倒れてしまうかもしれない。


 そう考えたウィリアムは「行こうか」と立ち上がった。

「え?」

「まだ少し早いけど、気晴らしに散歩しながら行くとしよう。次は年末まで会えないだろうし……付き合ってくれるよね?」


 暦では6月だった。

 一応学院に短いが夏季休暇はあるが、クリスは家に戻らないつもりだった。

クリスの故郷まで馬車で二日以上かかるというのが大きかった。

夏季休暇は一週間ほどしかなく、仮に帰ったとしても向こうでゆっくりできるのは 一日か二日くらいだった。

家族へ顔を見せるだけならば十分な時間だが、クリスにはもう一人会いたい人がいた。

家族だけでなくその人とも会ってゆっくり話をしたかったから、もっと長い休みの時でないと帰りたくはなかった。


「サラが心配してたよ」

 クリスの心を読んだようにウィリアムはその名を口にした。


 サラ・コリンズは数少ないクリスの幼馴染だった。


 長い金髪を一つに束ねていて、青々とした草原のような鮮やかな緑色の目をしていた。

長いスカートを着ていて、いつもエプロンをつけていた。


 幼い頃、病気がちでほとんど出られなかったクリスを哀れに思った両親が、時折近くの子供たちを屋敷に招いていた。

サラもその中の一人だった。


「私、将来クリスのお嫁さんになる」


 ラッセル家の庭で遊んでいたときの事だった。

 サラがクリスに笑いかけ、そして告白された。

クリスは何と返したのか覚えていない。


 その時はクリスもサラも幼くて、結婚がどういうものか分かっていなかった。


 サラとのやり取りは、母のアリサも見ていた。

 アリサは幼子の戯れでも将来本当に結婚することになってもクリスが幸せならば構わないと考えていた。


 その時、クリスはサラが言ったことを冗談だと思った。

 貴族のしがらみがどうと言うことではない。ただ、ベッドの上で過ごすことが多かったから、無事に成長して大人になれるのかと子供心に不安だった。


 クリスが外で遊べるのは春と秋だけだった。

 夏は涼しければ出られるが、冬は全く出ることが出来なかった。


 そんなクリスのもとを訪れる子供たちは次第に減っていった。

 成長するにしたがって家の手伝いに駆り出されることが多くなったことと、クリスのもとへ行ったとしても、体調を崩していることが多かったためだ。


 そのことをクリスは寂しいとは思わなかった。

人との付き合いが希薄になっていたことをウィリアムは心配していたが、そのことを考える余裕がないくらいクリスは頻繁に寝込んでいたのも事実だった。


 そんな中、サラだけは毎日とはいかないまでも、よくクリスのもとを訪れていた。

幼いにしてもクリスに告白した子だったから、執事たちはサラの事に気を付けていた。

サラ以外に友達と呼べる存在がいなかったクリスは彼女の訪問を純粋に喜んでいた。


 何年経っても優しく接してくれていたサラにクリスは好意を抱いていた。

 それが恋なのかどうかは分からなかった。

何しろ、家族以外に親しい人などサラしかいなかったからだ。

クリスの感覚としては友達の延長線上だった。

色恋のことに疎かったせいもあり、執事たちがサラの何を気にしているのかも分からなかった。


 クリスは自分が貴族だという自覚が少なからずあった。そのため結婚とは家が決めるもので自分で好きなように出来るとは考えていなかった。

 成長したサラもクリスは貴族だったから結婚できるとは思ってもいなかった。

幼いころは軽く口にできた結婚の話も、することが許されないということくらいサラは弁えていた。


「クリス、勉強頑張ってね。寮生活というのは大変かもしれないけれど、応援してるわ」


 学院に入ると告げたとき、サラは笑顔でそう言った。その眦に光るものがあったのは気のせいだったかもしれない。


 彼女は会えなくて寂しいとも、行くなとも言わなかった。

 クリスの決めたことだから私は反対しない、と。


 しばらく会えなくなるという事もあって、クリスはこの時サラに絹のスカーフを贈った。

 いつもは花束しか贈れなかったが、成人の年という事で何か特別なものをと考えていた。

クリスとサラは同い年なのだが、サラの方が誕生日が六月の終わりとクリスよりも早かった。

王都で何か見てきてもよかったのだが、早く渡したかったというのが大きかった。

スカーフは学院で必要なものを見に行ったときに買ったものだった。


「ありがとう、大切にするわ」


 サラは微笑むとクリスに抱きついた。

初めての事でクリスは狼狽えたが、サラは腕に力を込めて話さなかった。


「ねぇクリス……王都に行くのには反対しないけど無茶だけはしないでね」

「わかった。約束する」

「約束よ……」


 自分のことを想ってくれている人たちのためにも立派になって帰ってくる。

 クリスは改めて決心したのだった。

サラは今のところ親友で、恋人の一歩手前という感じです。

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