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『クリストファーへ


 元気でやっているだろうか?

 私の方は父上に領地の管理を任されるようになったよ。

と言っても何をどれだけ作って収穫できたか、とか祭の運営とかまだまだ簡単なものだけどね。

でも色んな人たちと話す機会に恵まれるようになったから、以前よりはずっと楽しい毎日を送れてる。


 そうそう、父上も母上も食事の席ではクリスの話ばかりしてるんだよ。

 クリスが家にいた時も学校に行くことが決まった時も、父上は特に何も言わなかったけど、あれで結構心配してるんだ。

成績の事ももちろん気にしてはいるけど、それよりもクリスが毎日元気で過ごしているかとか、友達は出来ただろうかとか、いつも言ってる。

 それならば手紙を書けばいいじゃないかって思うんだけど、あの父上の事だから言ったところで書けるはずがないんだよね。

父上はクリスへの手紙を書きたくないんじゃないよ。便箋とペンを机の上に置いて、必死で文章を考えてるのをこの前見たから。

 でも結局、クリスの名前しか書けなくて項垂れてたよ。

 これまでがこれまでだから、クリスとどう接したらいいのか分からないみたいだ。


 貴族としての役目はきちんと果たしてるから、その点では尊敬はしてる。

 けど、ちょっと不器用だよね。

 もう少し柔らかくてもいいのに…

 クリスは父上の硬いところに似てはダメだよ。


 私は選定の儀の前日には王都に入る。

 その時に色々話そう。

                            ウィリアムより』




(相変わらずだな)


 クリスは手紙を手に微笑んだ。


 この日は休日で、たまたますることがなかったクリスはウィリアムから届いた手紙をじっくりと読んでいた。

 ウィリアムは最低でも月に一度は手紙を送ってきていた。

 学院に来てからホームシックにはならなかったが、それでも手紙を読んでいると顔が見たくなった。


 クリスの両親は共に健在だった。

 しかし、父親のジョージ・ラッセルとの親子仲はどうかと問われると首を傾げてしまう。

育ててもらい、学院に入ることを許してもらってることを考えれば、それなりに愛されているとは思うが、あまり話したことがなかった。


 兄のウィリアムと話をしているところなら何度も見かけたことがあり、少し寂しさを感じたのは一度や二度ではない。

学院に入学して以降、ジョージから手紙をもらったことはなかった。


 もしかすると、自分は父にそれほど愛されてはいないのではないかと不安に思ったこともあった。

そんな父親の性格をクリスはウィリアムと手紙をやり取りするようになって初めて知ったのだった。



 クリスの父、ジョージ・ラッセルという人は、いつも無表情だった。

 貴族は領民のおかげで暮らしが成り立っているのだから、贅沢をしたりせず節約を心がけなさい。

 かなりの倹約家でペンもインクも必要最低限しか与えられなかった。

 衣類も貴族にしてはかなり質素なもので枚数も少なかった。

なので故郷を離れる際に色々持たせてもらえた時にはとても驚いた。


 手紙には多少の脚色もあるようだが、父が自分の事を気にしているのはきっと本当なのだろうとウィリアムの字だったから信じることができた。


 ジョージがクリスを愛していたのは間違いではない。

しかし彼は口下手で、身体が弱く寝付きがちなクリスにどう接していいのか分からなかったというのが本音だった。


「そうか、来週兄さまに会えるのか」


 重苦しい儀式は嫌だが、大好きな兄に会えるのは正直嬉しかった。


「皆、元気だろうか……」


 クリスは手紙を机の引き出しに仕舞いながら故郷に思いを馳せていた。




「父さま」


 士官学院に入学する何か月か前のことだった。

 その時まだ士官学院に入ることは決まっておらず、クリスは自分の今後について今以上に悩んでいた時期だった。


(こんなことを言ったら怒るだろうか)


 今度のことは誰にも相談していなかった。尊敬していた兄ウィリアムにもだ。


 将来のことで悩んでいても、ただただ時間が流れていくだけだった。

 それならば、一歩進んでみようと思ったクリスは父の部屋の前に立っていた。

 薄い冊子を胸に抱え目を閉じて何度か深呼吸をした。

抱えていた冊子はユリウス士官学院の資料だった。

意を決し目を見開くと父の部屋の扉を叩いたら、すぐに「入れ」と部屋の中から声がした。


「失礼します、父さま」


 机の向こう側に父の姿があった。

 机の上に書類が山のように積まれていて、父は忙しなくペンを動かしていた。

 領地運営に関する細々とした事務処理は父が全てやっていたのだ。

ウィリアムも時折手伝っているようだが、それでも最後には必ず父が全ての書類に目を通していたらしい。

何でも先代の頃に人に任せ過ぎていたせいで痛い目を見たらしいが詳しいことは分からない。


 部屋に入ってきたクリスを父は一瞥しただけだった。

 無言ということに僅かな寂しさは感じたものの、いつもの事なのでクリスは率直に用件を告げた。


「ユリウス士官学院に入りたいのですが、いいでしょうか?」

「士官学院に?」


 そこで初めて父が顔を上げた。

 眉間と口元に深い皺が刻まれている彫の深い顔だった。

ウィリアムと似ていたから、兄が老けたらこんな顔になるのだろうかと感じていた。

 もともと深い眉間の皺だが、この時はさらに深かった。

 そんな表情を向けられたのは初めてで、クリスは思わず表情を強張らせた。


 もしかしたら、士官学院に入りたいというのは父の気に触れることだったのかもしれない。

内心では恐々としながらも「はい。どうしても行きたいのです」とクリスは父の目を真っ直ぐ見た。


 ジョージは束の間そんなクリスを見つめた後、特に理由を聞くこともなく「行ってくるといい」とだけ告げて再び書類に目を戻したのだった。


「ありがとうございます。では…」


 ジョージの部屋を出たクリスはほっと胸を撫で下ろした。


 これまで勉強はウィリアムに見てもらうことがほとんどで、家庭教師を付けられはしなかった。

倹約家の父だったから、学校とはいえ王都の名門校に行きたいといえば反対されると思った。

反対されても押し切る気ではいたのだが。


 クリスは学業の事だけでなく、自分を磨きたいと思った。

流されるだけでなく正しい考えを持ってしっかりと意見できる人間になりたいと思った。

そんなクリスの思いを感じ取ったのか学院に行くことに父が反対することはなかった。



 出立の日の朝の見送りはウィリアムだけだった。

 両親は急な用事が入り日の出前に屋敷を出ていたので仕方がなかったし、その辺りはクリスも弁えていたから口には出すことはなかった。

 それでも少し寂しげな表情を浮かべていたクリスにウィリアムは手紙を送ると言って励ましたのだった。


(まさか、毎週送ってくるとは思ってなかったけど)


 クリスの引き出しの中にはウィリアムからの手紙が山になっていた。

 いつか整理しなければいけないと思ってはいるのだが、時折読み返したりしていたので一向に片付くことがなく、四つある引き出しの内一つは手紙に占拠されていた。


 目を閉じるとウィリアムの姿が頭に浮かび、思わず頬が緩んだ。


(来週が待ち遠しいよ、兄さま……)



 クリスは部屋に差し込んだ暖かな日差しを肌に感じ目を開けた。


(そう言えば、今日は日曜だったな)


 学院とその周囲にある寮の周りを高い塀が囲んでいた。

正面には大きな門があり警備の兵が常駐している。

門の内側に入ってすぐの所にある小さな建物は学院の受付兼兵士の詰所だった。

貴族の子供が多数いる学内に不審者を入れるわけにはいかないという理由から外から来る者は受付の兵士が全て確認を行っていた。

外に出るのは基本許可証が必要なのだが、平日は許可が下りにくい。許可なく外出しようものなら罰則を食らうのと同時に当分の間学院の敷地外に出ることは許されなくなる。

敷地の中を時折兵士が巡回で見回るから見つからずに出ることは難しい。

学院には外に通じる地下通路があると聞いたことがあるが、あくまで噂で誰も確認したものはいないらしい。

そんな危ない橋を渡らずとも、週末は外出するのに許可は必要なかった。

許可証が必要でない週末は特に不審者が入りやすいと思われがちだが、学内にいる者の顔は全て受付にいる兵士たちの頭に入っている。生徒、教職員はもちろんのこと寮で働く料理人やメイドの顔まで全員兵士たちは覚えていたので、これまで誰かが入りこんだりという事は無かった。


 もともと王都ということで正規軍の兵士が他より多く配備されていて巡回の頻度も多い。

 街を出歩けば必ず兵士とすれ違うほどだった。

 警備の厳重さで言うと学院は王宮の次だろう。

 よく言えば過保護、悪く言えば厳しい監視下で過ごさねばならない。勉強がしたくて学院に入ったクリスは後悔はしていないが、そんな環境に息が詰まりそうだった。


 そんな日々を過ごしている学院の生徒たちに娯楽のようなものはほとんどなく、楽しみは週末の外出くらいだった。

 週末の王都はいつも羽を伸ばす生徒でごった返していた。

 

「エドガーでも誘おうかな」


 暖かな陽気に誘われるようにクリスは部屋から出ていった。


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