【第七話】新たなる仲間?
「うぃ~……」
ユキバナはパシャパシャと足を動かしながら、うっとりと目を閉じる。
辺りからは湯気が出ており、その湯気も、お湯の流れる音も、すべてが心地よい。体の芯から温まり、今日一日の疲れを癒してくれていた。
思えば巨大花とマンイータプラントに襲われた時はたいへんだったけど、意外と早く終わったなぁ、とユキバナはぼーっと考えていたが、そんな考え自体もどうでもよくなってしまった。
「はぁ~……」
『風鈴の宿』は外から見れば粗末な建物にしか見えないが、実際は女将さんの人柄もよく食事もおいしく、今入っているお風呂もなかなかいいものだ。むしろ何故これだけ安く提供されているのか分からないほど、サービスも充実しているとユキバナは感じていた。
特にお風呂がお気に入りで、この露天風呂が混浴風呂だなんてどうでもよく入っていた。
「んふぅ~……」
もう何も考える気力も無く、ただただ温泉の暖かさに心が奪われ、ユキバナは好物である魚を使った最高級の料理を食べたような恍惚とした表情を浮かべていた。
元から気持ちのいいこの風呂であるが、今日は随分と疲れていたためさらに癒される。
そんな、ぼーっとしているユキバナの頭を突然パシンと叩かれる。
「あのですね、ここはあくまで混浴風呂なんです」
そういいながら、ユキバナを叩いた少女は長い藍色の髪を弄る。
「いててぇ。それにしてもこの宿だったんだね。コーネリア」
「いいえ。違いますけど?」
コーネリアと呼ばれた少女は髪を弄りながらユキバナの予想外の反応を示した。彼女も温泉が気に入ったのか、森で出会った時のような不愛想な顔なのだがどこか気持ちがよさそうに見える。
「え? じゃあなんでいるの?」
「愚問ですね」
コーネリアはこほん、とわざとらしく咳をする。その仕草がどこか可愛らしいとユキバナは思ったのだが、言えば怒られそうなので黙っておいた。
「まず私は普段は違う宿に泊まっていますが、特に荷物は預けていないので毎日宿を変えるということもあります。次に、私は修行にこの街へ来ました。もちろん高ランクの冒険者と組めればうれしいのですが中々組めるものではありませんし、この前まではあのディブロという男と行動しておりました」
コーネリアはスラスラと述べているが、ユキバナにはそれがここへ来る理由には繋がらないため少々疑問に思った。
「そしてディブロよりも見どころがありそうで、同じ性別同じ年代の貴女について行こうと思ったわけです。だからこの宿に来たんです」
他の理由に、まぁ頭が悪そうで思い通りに動いてくれそうだから、ということもあったのだがコーネリアは言わないでおいた。
ユキバナは純粋に褒められたことが嬉しかったのか、頬を紅潮させる。
「私って見どころあるの? ありがと! ……でも私がここにいるってよくわかったね」
「探知で貴女に近い『気』というか『魔力』の人物を歩きながら特定しておりました」
「そんなことできるの?」
「えぇ、もちろんです」
そういえば森での戦いの最中、コーネリアは後ろに目が付いているかのように辺りの状況を把握していたが、ユキバナはそんな魔力で特定をしていたとは思いもしなかった。勘か何かかなぁ? という程度しか考えていなかった。
「で、なんで上から目線なの? 私が仲間になると思う?」
ユキバナは少し挑発的な態度で質問する。実際ついてきてくれるのは嬉しいのだが、この自分より少し若そうな少女を遊んでみたい気分にもなった。実際は二人の年齢は同じなのだが、コーネリアはユキバナより体の凹凸も少なく背も低い。勘違いするのも仕方ない。
「三つほど言わせていただきます」
そういいながら、コーネリアは右手の指を三本立てる。青筋が浮かんでいて少し怒り気味のようにも見える。そして一本ずつ折りながら話を始める。
「一つ目。貴女は頭が悪い。田舎者なのでしょうが、私のような知性を持ち合わせた人間が側にいなければ貴方はきっと後悔するでしょう。わたしは特殊な探知スキルを使うことができます。滅多にいないので活用するべきでしょう。貴女のように鈍感な人はいずれ過酷な世界へ飛び出した時、後悔することになります。クソバカのサポートは知的と相場で決まっているのです。二つ目、貴女には仲間がいない。貴女はランクの割には腕が立ちますが、周りにその腕は分かるとは思えません。やはり私に頼るべきでしょう」
「チ、チキットがいるし……」
指を二つ折り、コーネリアはユキバナの気持ちなんて全く考えず正直に発言する。
ユキバナはそれを聞いて若干涙目になりかけていた。震え声で言い返すが、無視される。
「そして三つ目、これらのことから私から頼むよりも常識的に考えて貴方が土下座でもして頼むべきでしょうね。いいですか、まずはそのFランクという致命的な低ランクの底上げから始めましょう。貴女の目的は知りませんが何をするにしろランクは上げておいて損はありません。貴方の実力は私が保証します」
実際は自分の修行の道具に使おうとしかコーネリアは考えていないのだが、あくまでも本人の為と言っておくことにしようと考えた。
一方ユキバナはコーネリアの印象が無口で不愛想な少女からかなり辛口の少女へと変わっていた。涙目である。
「あと……貴女タオルくらい巻いた方がいいと思いますけどねぇ」
「え?」
一番コーネリアが疑問視していたこと。それはユキバナが混浴風呂であるにもかかわらず素っ裸な事であった。コーネリアには破廉恥で考えられない行為である。
「そんなちょっと人よりいい体してるからって、入ってきた男でも誘惑する気ですか? 私のようにタオルで隠すという概念が無いんですか? クソビッチなんですか? クソビッチなんですね?」
コーネリアは執拗に問い詰めてくる。まるで最初の不愛想な無口の少女というイメージは消えてしまっている。
ユキバナは言い返そうとするが、その前にさらにコーネリアが罵声を浴びせた。
「あなたの事は淫乱クソビッチと呼んでいいでしょうか? 大体貴方はどうして年齢の割に無駄に胸が膨らんでいるんですか? 顔は幼さが残っているくせにスタイルが良すぎるのもどうかと思いますよ? 男でも誘惑する気ですか? ロリコンに近い人でもそうじゃない人も誰でも釣れますよ?」
「ち、違うもん!」
実際ユキバナは男性を誘惑するなどと考えたことは無い。昔から男女付き合いなんてものは全然なく、だからこそ常識外れの全裸という状態になってしまっているのだろう。
タオルは無いのだが両手で胸を隠す仕草をする。だがやはりタオルは無いので意味は無い。
「そうですか。では私はこれで」
さんざん言った挙句ユキバナの返事は聞かずに、コーネリアはユキバナの隣から勢いよく立ち上がり、しっかりとタオルで体を隠しながら風呂から去っていった。
ユキバナといえば、心の傷を癒すためもう少しこの露天風呂に残ったのであった。
太陽の光が容赦なく降り注ぎ、ユキバナの睡眠は妨害される。いつもなら心地の良い太陽の光が、まるで体を焼き尽くすようにも感じられた。
寝よう。二度寝しようそうしよう。そう思って布団にもぐろうかと考えたが、今日はクエストを受けて賃金を稼がなければならないし、昨日の報酬も受け取っていないため結局起きることにした。
冒険者稼業は厳しいとも言われてたが、ユキバナには楽しみでもあった。
「ふわぁ~」
ベットの上で大きく腕を上に伸ばし、間抜けな声を上げながらもなんとか立ち上がる。
今はサラシに下着一丁だ。コーネリアに何を言われるかもわからないのでさっさと白い着物と、赤い袴を装着し、腰には短刀と刀をそれぞれ下げ、いろいろ入る不思議な袋も装備する。不思議な袋の出番がまだないのだが、いつでも使える用に念のため短刀と同じ側の右腰に装着しておいた。
「おはようございます」
「あら、おはよう」
「おはよーう」
「おはようございます淫乱クソビッチさん」
朝起きれば他のメンバーはすでに出かけているのか、宿にいるのは女将さん、チキット、コーネリアの三人だった。チキットとコーネリアは二人並んでいる辺り仲がいいのだろうか?
「……っていうか、最後の一言余計でしょ」
「そうですかそれは失礼しました。……ところで名前なんでしたっけ」
なんとコーネリアは淫乱クソビッチ呼ばわりしていたせいでユキバナの本当の名前を忘れてしまったらしい。横でチキットが何やらクスクス笑っていて、ユキバナは顔を赤くしてしまう。
「ユキバナだよ! もう!」
ユキバナは顔を真っ赤にして言い返すが、コーネリアは「知ってますよ」と言いつつ軽く笑うだけだった。完全に遊ばれている。
「ふふ、早速仲がいいのね」
そんな様子を見て女将さんは軽く笑っていた。
ユキバナはとりあえずさっさと食事を終え、宿を出た。冒険者ギルドへ直行である。少し恥ずかしかったのもあるが、報酬を早めに受け取っておきたいとも思ったのだ。
「待ってくれよ」
「あ、チキット」
急いでチキットが後を追ってくる。何故だろう。
「なんでついてくるの?」
「なんでって、一緒に報酬受け取りに行こうぜ?」
「それもそっか」
昨日は疲れていて報酬を受ける暇も無かったため、二人とも明日へ回しておいたのだ。ディブロたちは昨日のうちに受け取ると言っていたが。
冒険者ギルドへの道は鍛冶屋の横を通る。一度この刀のお礼に行こうかとユキバナは思った。なんたってこの刀の斬れ味のおかげでマンイータプラントの群れは倒せたのだ。実際はユキバナの身体能力の問題もあるのだが、ユキバナはそんなこと知らない。
……そもそも借りているだけだが。
「後でいいか」
とりあえず予定通り先に冒険者ギルドへ行くことにする。
「ところでチキットって結構強いんだね」
「そりゃ俺は才能があるからな!」
「Fランクだけどね」
「そりゃお互い様だろ!?」
ユキバナもチキットもまだ最低ランクのFランク冒険者である。
ユキバナもチキットも実際はFランク冒険者よりも実力はあるのだが、依頼をこなした数が随分と少ないため上がっていないのである。
「フレムボムだっけ? 随分と強いんだね」
「いやーそれが威力は高いんだけどさ、溜めるのに随分と時間がかかるんだよなぁ」
「そういえば遅かったよね」
二人が他愛もないはな冒険者ギルドへ入ると、いつも通り皆がにぎやかにしていた……していたのだが何故かユキバナとチキットを見ると動きを止めて、ヒソヒソと話しながら見てくる人達が多い。
「ど、どうしたんだろう?」
「んなもんわかるわけねえだろ」
二人も自然とヒソヒソ声になってしまう。それほど注目されてるのだ。
「ど、どうもぉ」
「ようお前ら」
一方いつものギルド職員らしき人、ジャッキーは元気だ。ユキバナ達が困っているのを見てニヤニヤしている。何か知っているらしい。
「あの~、なんでこんなに見られてるんですか?」
ユキバナは恐る恐る聞いてみることにする。流石にこれは不気味である。
「そりゃ昨日の依頼だろ? ディブロのやつがお前の噂しまくってたぜ? 確かマンイータプラントを複数瞬殺しただの見たことも無いでっかい花を衝撃波で一刀両断しただの」
「ええ!? 一刀両断できたのは刀の力が強かったからですよ。誤解です」
実際刀が強いからって強力な魔力を衝撃波のように放つのは至難の業だ。ユキバナはそれに自覚が無く、ウィザードのチキットもわかっていない。そんな自覚の無いユキバナにジャッキーは呆れてしまっていた。
「そうそう、報酬も受け取ってけよ」
「……多くないですか?」
報酬を見れば、一人に対して二千エンである。それを見て流石に多いのではないか、とユキバナは思った。あの以来の報酬金もそこまで多くなかったはずだ。
「ああ、なんたって未確認モンスターを討伐したんだからな。特別報酬だ」
「あの巨大花ですか?」
「そうだ」
ジャッキーの話によると、後からギルド職員たちが向かったのだがあんな巨大花は今までこの地方では確認されたことは無いらしい。もう少しサイズの小さいマンイータフラワーなら今までも時々発生していたそうだが、あんな突然変異の巨大サイズの化け物はあり得ないそうだ。
「ま、そういうことだから、未確認の魔物を討伐できた成果は大きいんだよ」
「そうなんですか。なんでそんな魔物が出たんでしょう?」
「さぁ……」
ジャッキーは言葉を濁し、目線を泳がせる。明らかに怪しい言動だが、ユキバナはその時後ろを見ていたために怪しむことも無かった。
「そういえば」
自分は報酬を受け取る意外にも何か依頼を受けるつもりだったことをユキバナは思い出した。
さて、何をしようか。
そんな考えをユキバナがしながら掲示板を覗いていると、肩をぽんぽんと叩かれる。
「ん?」
「やぁ」
見ればこの前会ったレンジャーさんが手をひらひらと振っていた。突然なので驚きはしたが、レンジャーさん本人に悪気は全く無さそうだ。
「依頼を受けるんだろ? ……こんなのどうかな」
「どれどれ?」
出会った傍から唐突に依頼を受けさせようとしてくるのは少し疑問なのだが、特に受ける物も無いので一応見てみることにする。
「なになに……」
そこにはこう書かれていた。
クエスト:ゴルトル工房の依頼
目的:倉庫整理
ランク:制限なし
報酬:百エン
場所:ゴルトル工房
期限:十日まで
依頼主:鍛冶屋の親方
内容:大量の荷物運びを手伝ってくれぃ。
「えっと、今は何日ですか」
「九日だ」
「受けます!」
期限までは十分間に合う。報酬はそこまでないが、なんたって親方にはこの刀を借りた恩もある。レンジャーさんがなぜ自分にこのクエストを見せたのかはわからないが、同じ街のクエストであるし遠出することも無いので問題は無いだろう。
ユキバナはそこまで考えて快く承諾した。
「俺もやろうか?」
「そうだね。男なんだから期待しないと」
チキットは個人的にユキバナに好意を抱いているため申し出たが、依頼内容は見ていない。
まぁなんでもいいや、という程度である。
「私も行きましょう」
「……結構です」
「いえ、任せてください」
いつの間にいたのか、コーネリアも申し出てきた。コーネリアはさり気なく依頼内容を確認しており、ゴルトル工房には自分も助けられているため申し出た。他にもユキバナをイジメたい、というのもあるのだが。
「ん~、まあいっか」
「そうですか」
ユキバナが迷いつつも承諾すると、コーネリアは顔に嫌がらせをする前の子供のような、少し気味の悪い笑いを薄らと浮かべた。
「さあ、行こう!」
「おう!」
「そうですね」
のんびりと歩くユキバナとチキットの後を、コーネリアは不敵に笑いながらついて行った。