【第六話】異形の植物
「はぁ?」
「おわわ」
謎の叫び声を聞きつけて駆けつけようとしていた二人、というかチキットを置いてけぼりで駆けつけたユキバナだったが、前方からこちらへ向かってくる音がしたため少々戸惑ってしまう。逆にこちらへ向かって走ってくるものは三人。
例の三人だ。ディブロ、キース、コーネリアの順でこちらへ走ってくる。コーネリアは未だ鉄仮面の様に無表情のままだが、ディブロ、キースの二人は凄まじい形相だった。
「おじさん! 何があったんです!?」
「見たこともねえ植物に追われてる! 逃げろ!」
ディブロが全力ダッシュでユキバナを抜く。
ユキバナはディブロが逃げる方向に自分も走り、先ほど来たルートを引き返しつつ会話する。少し遅れてきていたチキットは逆にそれが幸いで、皆に後れずに合流できた。
「何が起こって……うわっ!?」
横から突風が吹き、チキットは急いでそれを相殺する。全員が風で吹き飛ばされることは無かったのだが、チキットは狙われたのか触手で足を捕まれてしまう。ウィザードは魔法こそ優秀なのだが両手がふさがって行動ができなくなってしまうことが欠点であろう。
残りの三人がどうするか決断するよりも早く、あっという間にマンイータプラント二頭が目の前を塞いだ。どこから沸いたのだろうか。最初から潜伏していたのかもしれない。
「くそう」
「え?」
ディブロが声を上げ、それにユキバナは何事かと振り返る。そこには二頭のマンイータプラントがいつの間にか立っていた。
「嘘!?」
目の前にも二頭、後ろにも二頭、完全に挟まれた。
ユキバナだけなら逃げることも可能だが、きっとチキットやあの動きの遅そうな大男たちは逃げられないだろう。迎撃しなければならない、とユキバナは目の前の一頭に剣を向け正眼の構えをとる。
「チキット! おじさん! そっちは任せる!」
「俺は老け顔だけどおっさんじゃねえ! それに名前はディブロだ!」
「任せるよ! ディアブロさん!」
「誰が悪魔じゃ! ディブロだ!」
ディブロは怒鳴りながらも余裕をもって突撃していく。
「お、俺は一人でこいつを狩るのかぁ? ……一発行きますか」
チキットの力量では厳しいだろう。そう判断していたユキバナとは予想外に、チキットは今までよりも強力な魔力をチャージしている。
危険と感じたのか妨害しようとしたマンイータプラントだが、突如放たれた矢によって妨害された。コーネリアだ。さり気なくサポートに回ったのだろう。チキットが頼りないからだろうか。どのみち的確なサポートである。
「これなら安心かな」
ユキバナはすぐに正面へ向き直る。マンイータプラントは動かずにじっとしているだけだ。
「ん?」
いや、じっとしているわけではなく、何かを溜めているらしい。まだ魔力の感知に慣れていないユキバナだが、すぐに微量の風がマンイータプラントの周りに発生し始めたことを見逃さなかった。
だがユキバナが避ける準備をするよりも早く、マンイータプラントはユキバナに向かって突風を巻き起こす。
「ひぃ!」
先ほどの突風もやはりマンイータプラントの魔法だったらしい。
だが範囲も広く躱せないためにユキバナは咄嗟に刀を振るう。すると、無意識に魔力がこもっていたのか風を切り裂きマンイータプラントを風の刃が掠める。
一度馬車を救出した時に見ただけの魔法剣だったが、この咄嗟の状況で真似することに成功したらしい。威力は流石に低いが。とにかく、ユキバナへの突風も分散され、かき消された。いまだチャンスである。
「せいやぁ!」
一気に素早さだけを活かした強引な剣技で、先ほどと同じようにマンイータプラントの首を両断した。自分の魔法が破られ呆気にとられていたマンイータプラントは、あっさりと絶命する。
「みんなは!?」
相手の生死は確認せずとも先ほどと同じ殺し方なので問題は無い。急いで周りを観察する。
「火炎爆弾! くらえ!」
チキットの指からなんと三つの火球が撃ちだされ、マンイータプラントへと命中し爆発した。通常のファイアボールと同じ規模のものを三つ同時に発射と言うのは高度なものだ。
初級魔法の火球の上位、中級魔法である火炎爆弾である。Dランク以上の冒険者でないと使う者はいないのだが、チキットは魔法の才能があるのだろうか。
ユキバナは戦闘中であるにもかかわらずチキットの魔法の威力を見て素晴らしいと感じていた。性格はともかく、ウィザードとしての才能はあるらしい。
チキットの横を見れば、そちらでもとっくにマンイータプラントが死んでいるのが見えた。ディブロが一撃で斬り伏せたのだろう。火炎と剣が一体化した高威力の斬撃にマンイータプラントは成す術も無かったらしい。
「うわっ」
だがもう一頭は生きている。そういえば誰が相手をしているのか確認していなかったが、相手をしているのはキースらしい。だが正直ユキバナからすると彼はチキットより弱いという印象しかなかった。現に彼だけ仕留めきれていない。
しかしいつの間にいたのか、コーネリアがそのもう一頭に矢を連射し続け、討伐した。ピンポイントにすべてが頭部に必中しているとそれはそれで不気味である。
「ふぅ……」
ユキバナは初めて来た森で初めて敵に囲まれ、少々疲れてしまっていた。とりあえず、と宿屋の女将さんからもらった水をゴクゴクとおいしそうに飲み干す。
チキットがそれを見て羨ましそうにしているが、ユキバナはあえて無視を決め込んでいた。嫌がらせである。
「……来るよ」
「来るって?」
コーネリアがぽつりと呟き、その声に全員が反応した。ユキバナとチキットは何が来るのかさっぱりわからないのだが、ディブロとキースは途端に真剣な目つきになり、それぞれ休息する間も無く武器を構える。ユキバナもただ事ではないと悟り、水の入ったケースを投げ捨てて警戒する。
瞬間、轟音とともに文字通り地面が割れた。
「っ!?」
それがちょうどユキバナが立っていた地点だったため、あっけなくユキバナは吹き飛ばされた。
すぐに下を確認すると、赤いものが蠢いている。……一瞬何かわからなかったのだが、その赤いものは花びらだった。そして花びらの間が大きく開き、巨大な牙を生やした口が出現した。どうやらこの異形の植物がマンイータプラント達を統率しているらしく、新たに周りからマンイータプラントも出現する。
「あっ」
マンイータプラントが巨大化して花が咲いたようなその異形の化け物は、空中に浮いたユキバナを確認するとすぐさま複数の触手を勢いよく伸ばし、両腕と両足を捉えた。どうやらそのまま食べようとしているらしい。ユキバナの眼前にはゆっくりとだが、唾液で生臭く気持ち悪い巨大な口が迫っていた。
「あわわ」
急いで魔法を唱えようとするが手を掴む触手の力強さで思わず顔を顰めてしまう。
しかし下で爆発音がするとともに、触手が体から離され、ユキバナは落下する。落下するはいいものの、その落下先はもちろん口である。
「ひええぇ!?」
思わずどうしようもないと目を瞑ったユキバナだったが、急に感覚が変わり、目を開けば自分は抱かれているということがわかる。
だが、誰に? そう思いユキバナは振り返ると、自分を抱きかかえているのはなんとコーネリアであった。
あの距離からジャンプして受け止めたのだろうか。そう考えればかなり身体能力があることになるのだが、今はそれどころではない。
「ありがと!」
「……別に目の前で食べられるのが気持ち悪かっただけ」
ユキバナが感謝の言葉を短く述べるが、コーネリアは不愛想に巨大花へ突っ走っていった。
弓使いが何故? と思うユキバナであるが、疑問を声に出すよりも早くいつの間に沸いたのか、二頭のマンイータプラントが妨害してきた。ユキバナはそれを見てから咄嗟に回避するが、かなりギリギリの状況であった。ユキバナはコーネリアを助けに行きたいが、まずはこの二頭をどうにかしなくてはならない。
「……探知」
コーネリアが低い声で一言発する。恐らく魔法なのだろうが、周りに特に変化は無さそうだ。
巨大花の触手だけが横へ回り込み、魔法を唱えた後で無防備なコーネリアの視界の外から襲い掛かる。
「危ない!」
それを見ていたキースが思わず叫ぶが、触手はコーネリアに届くことは無く、切断された。
「コーネリアは剣も使えるの?」
マンイータプラント二頭の猛攻を潜り抜けながらもユキバナはコーネリアから目が離せなかった。
弓を持っているからてっきり後衛職だと思っていたのだが、コーネリアは素早く巨大な花まで接近し近接戦を始めていた。触手も短剣で切断したのだ。ユキバナと同様で弓はメイン武器ではないのかもしれない。
「あ……」
そういえば自分には弓があった、と今更ながらユキバナは思い出した。
相手と距離をとってから矢を……取ろうとしたが無いことに気付く。どうやら吹き飛んだときに落としてしまったらしい。そりゃ固定もしていなかったし仕方ないか、とユキバナは諦める。
一方コーネリアは右手に持った短剣に氷魔法をかけ始める。妨害しようと巨大花とは離れた位置にいるマンイータプラントが妨害しようと触手を伸ばすが、後ろを振り向くことも無くステップで難なく回避した。
無駄に分厚い氷ではなく、短剣は薄い氷で無駄なく覆われていく。それだけにとどまらず、短剣の長さを超えて氷が剣の形状を作り上げ、氷を纏った剣ではなく剣をベースにした長い氷へと変化していった。
元の短剣の二倍は長く、青白く輝くその剣は見る物を魅了する、そんな氷剣が完成した。
「死ね」
コーネリアはドスを聞かせた声でそれだけ言うと、巨大花へ勢いよく飛びかかった。短剣よりも随分とリーチのあるその氷剣で勢いよく触手を複数切断する。
「ギョワワワァ!」
巨大花は悲鳴を上げながらも残りの触手で応戦する。だがコーネリアはそれも見切っていたかの如く、すべてステップで回避する。まるですべてを計算しているかの如く、紙一重の回避を何度も繰り返していた。いや、回避するだけなら触手に捕まる可能性もあるので、可能な限り氷剣で切断しながら回避を繰り返している。
「す、すごい」
一方ユキバナも愛刀(借り物)の切れ味のおかげで、簡単にマンイータプラントを退治していた。何頭も沸いていて困っていたのだが、どうやらボスらしき巨大花が呼び寄せていたらしく、あちらが戦闘に集中しだした途端マンイータプラントは沸かなくなった。それでも何頭も同時に相手をするのは辛いことこの上ない。
だがユキバナは何度かマンイータプラントを相手しているうちに、戦い方を覚えていた。マンイータプラントの動きの予兆という物が、だんだん読めてきていたのだ。最初は一頭を相手するだけでも緊張していたのだが、今なら一頭程度すぐに討伐できるだろう。
ディブロとキースは二人ペアで行動している。実質キースに何の役目があるのかユキバナにはさっぱりわからなかったが、どうやら初級の風魔法を用いて相手の動きをある程度抑制しているらしかった。そういう戦い方もあるのか、とユキバナは風魔法の扱い方に感心していた。
チキットはユキバナの視界に最初は収まっていなかったが、よく見ればディブロの少し後ろに陣取っている。何気にこの戦いの中心地点なので全員が魔物を抑えている場合は最も安全な地帯だ。流石ヘタレ、とユキバナは思わず感心してしまっていた。
「チキット! 早くサポート!」
「お、おう!」
敵がいなくなったことを確認すると、チキットは巨大花へ魔法を放とうとチャージを始めた。恐らくフレムボムを放つのだろうが、あれは中々に威力があるとユキバナも感じていた。だが溜めるのは随分と時間が掛かるのか、すぐには放たない。
一方ディブロは剣を振り、植物の体液を振り払っていた。火を点火させて斬りつけていた時と違い、やはりただの剣で斬れば血が付いてしまうだろう。血というよりも植物の体液であるが。
「これである程度体液は落ちたな」
ディブロは満足そうに剣を眺めている。実際は少しついてしまっているのだが、後から拭くのだろう。
ユキバナも真似をしようと思ったが、いいことを思いついたと自分に感心しながら、剣に魔力を伝わらせる。魔力は水に変化し、剣の周りを水が勢いよく渦巻いて体液を吹き飛ばした。荒業である。
「ってこんな場合じゃないか」
今思えば最後の一頭の巨大花は、なんとかコーネリアが抑えてくれている。だが段々と動きが鈍くなってきている当たり
一方コーネリアは少し息を切らし始めていた。魔法剣を維持するにはそれなりの魔力を消費するし、そもそもこの巨大花は普通じゃない。
よく観察していると、徐々に傷口が塞がっているのだ。魔法を使っているわけでもないらしく、自然回復がかなり早いということだろう。これではこちらが消耗するだけである。
バラバラに切った触手もすべて再生していた。
周りからの助けが来ないことに普通は疑問を持つかもしれないが、コーネリアには辺りに出現したマンイータプラントのことがわかっていたため問題ない。
「……氷結剣」
コーネリアは更に魔法を強化し、跳びかかる。巨大花もこの程度の斬撃なら耐えられると考えているのだろうが、先ほどと違いコーネリアは更に魔力を溜める。これを使えば魔力の使い過ぎで自分は一時的に行動不能になるだろうが、それを計算した上で溜めている。
「……氷結刃」
少し離れた距離から一気に氷剣に溜めた魔力を開放する。すると、氷属性を帯びた衝撃波のようなものが勢いよく巨大花に命中し、巨大花にダメージを与える。更に、先ほどよりも強力な氷が傷口に付着し、自然回復を遅らせることに成功する。
だが魔力剣を維持し、あの猛攻を潜り抜けるのは随分と体力を消費してしまうため、コーネリアは思わず膝をついてしまう。体の表面が凍っている今が再生も遅れ、一番のチャンスであるにも関わらず、コーネリアは動けない。いや、無理をすればまだ動けるのであろうが、あえて動かない。
「いいとこいただき!」
するとユキバナが急に後ろから飛び出て、コーネリアを追い抜き一気に巨大花へ肉薄する。ほんの一瞬で距離を詰めるのでいきなり出てこられては戸惑うはずだが、コーネリアはまるで来るのがわかっていたかのように何も反応しない。逆に戦闘がもう終わるとわかったかのように短剣の氷を解除する。
「ギョワワァ!?」
かなりの速度で遠くから突っ走ってきたため、コーネリアの斬撃で怯んで、コーネリアだけに反撃をしようとしていた巨大花は不意を突かれた形となる。
ユキバナは跳躍しながら、先ほどと同じく剣に魔力を溜め、一気に巨大花の顔面目掛け振り下ろす。やはり型も糞も無い振り下ろし方だが、同時に魔力が剣の先から発生し、衝撃波となって巨大花に命中した。命中はしたのだが、ギリギリ躱されてしまい花びらが三枚ほど舞い落ちただけだった。
「次ぃ!」
さらに切り返す刀で、更に魔力を発生させ斬りつける。それを魔法で弾き返そうとした巨大花だったが、横から飛んで来た巨大なチキットの火炎で妨害されてしまう。
火炎で動きを止められているため流石に命中し、巨大花は言葉にできないような悲鳴を上げながら崩れ落ちた。なんと真っ二つである。
「すげぇ」
そう漏らしたのはディブロだ。自分の剣の威力にあの少女の細い剣の威力は近いのだ。しかもあちらは剣が短く細いうえに魔力が飛び道具の様に放たれる。凄いと思わない方がおかしいだろう。恐らく自分よりあのFランク少女は強い。そうディブロは考えていた。だがそんなFランク冒険者なんて普通いないだろうし、何かしら理由があって最近冒険者登録をしただけで戦闘の道ではベテランなのかもしれない。
「疲れたぁ」
戦いが終わった途端、ユキバナは地面に思わずどさっと座ってしまう。
異変があった森からも、徐々に不気味な気配が無くなっていったのがわかる。
すると少し前までは膝をついていたコーネリアが歩いてきて、笑顔で手を差し伸べてきた。
さっきまでの不愛想な態度はどこへ行ったのか、とユキバナは内心クスクスと笑いながらもその手を取り立ち上がった。
「あ~あ。あっけなかったなー」
そのころ上空では、鎌を振り回しながらローブの男が暇そうに呟いていた。結界魔法を展開しているらしく、この空間だけは辺りから切り取られたかのように他の人物に見られることはない。
「ふん。確かにそうだな。それより召集の時間だぞ? いや、召集の時間ですよ?」
「なんだよいきなり。……ってちょっと待ってよ」
ローブの男の言葉を無視し、魔族の女は目の前から消えてしまった。
「それにしてもあの速さにあの魔力。特に風の魔力が濃いらしいな。調べてみるか……キヒヒ」
ローブの男は目線を下へ向け、その少女――ユキバナの姿を確認する。そして不気味に笑みを浮かべながら、その場から先ほどの魔族の女のように姿を消した。