【第五話】森林の異変
「あの森に行って何してきた?」
「何って? ちょっと遊んで来ただけさ」
「じゃあ、あの花はどう説明する?」
上空にフワフワと浮く二つの影があった。高度な浮遊魔法を使っているのか、平然と浮かんでいる。そのことだけでも不思議なのだが、最も不思議なのは二人の容姿だ。
遊んで来た。そう言っているのは全身が黒いローブのような物で隠れた人物だ。声からして男だろうと推測できる。手にはじゃらじゃらと鎖が付いた鎌を背負っており、どういった戦いをするのか戦士たちなら気になるであろう。滅多に使われる武器ではない。
もう一人の、ローブの男を睨みつけるのは褐色肌の女だ。人間の様にも見えるが冷たいその瞳は血の様に紅く、黒く長い髪から見える耳は尖っている。明らかに人間に近いが人間ではないこの不思議なこの女性は、魔族としか言えないだろう。
服装は黒のタンクトップに黒のショートパンツ、とシンプルなものだった。一応冒険者らしく両手に小手、左手にバックラーを装着していた。両足にもきっちりグリーブを装備している。やはり容姿は人間とあまり変わらない。
「あの花? ちょっと俺の魔力で実験しただけさ。キヒヒ」
「よく言うな。本当は人間で遊びたいんだろうに」
「そういうわけじゃあないんだけどなぁ~」
ローブの男は褐色の女の体をチラチラ見ながら笑っていたが、途中で言いにくそうに女性の胸を見つめる。随分と失礼な行為だが女は下を見ていて気づいていないのか、気づいていてもどうでもいいのか、何も言わなかった。
「あ、あのさ。君って……エロいよね」
「……ハァ?」
どこか言いにくそうにローブの男が言うと、女はあまりの発言に間抜けな声を出してしまう。
ローブの男の言う通り女は黒髪ロングがよく似合う美人でスタイルもよく、格好は小手などを除けば一般人よりも薄着であるし、いろいろと誘っているように見えないことも無い。胸も強調されている。
特に本人は自覚が無いのだが。汚い人間などに襲われても文句は言えないだろう。
……腕も筋肉が特にあるわけでもなく、一般の人間と特に変わらないように見える。ちなみにその右手には長い柄に湾曲した長い刃物、薙刀と呼ばれる物を持っていた。
ローブの男の目は女性の胸ではなく今度は薙刀に注目していた。
「なんだい? それ」
「長刀。薙刀だよ。知らんのか? 人間の流行に遅れてるな」
エロい件はどうした、と聞こうとしたが面倒くさい。女性は器用に薙刀をクルクルと回し、ピシッと構えをとりながら話に乗る。決めポーズのつもりだ。
「いやそうじゃなくて、前は弓を持って無かったっけ? 君」
ローブの男はそもそも薙刀は時代の先端なのか、と突っ込みたくなったがやめておいた。
「いや近接も素手だと鎧をぶち抜くとき痛いし。それに人間の槍の使い方を見て、『いいなぁ』って思ったのさ」
「素直に槍を使えばいいのに……『いいなぁ』の一言でいろいろ使う君は異常だよ」
「確かにこの薙刀は使いにくいけど、槍と違って刃も長いし使いこなせば槍より強いさ、多分。後お前にだけは異常と言われたくない」
「あ、そう」
ま、どうでもいいや。とローブの男は自分で質問したくせにすぐ興味を無くし、視線を下に落とした。ローブで見えないが、その目は笑っていた。
女は仲間らしきその男への警戒も怠らず、自分も同じく下に広がる森林を見ていた。
森兎三匹が一斉に獲物目掛けて跳びかかった。その高い跳躍力で一気に間合いを詰める。
だが目の前の剣士は不意打ちだというのにすぐさま剣を抜き、避けずにそれを迎撃する。結果、剣に向かって飛び込んだ形となりあっさり真っ二つとなった。残りの二匹が隙をついて突撃しようとするが、突如横から現れた火球に直撃し、これまたあっさり吹き飛ばされる。残りの一匹が剣士に噛みつこうとするがこれは素早く斬り上げられ、三匹とも不意打ちだったというのに僅か二秒で逆に全滅した。
「びっくりしたぁ。三匹は反則だわー無しだわー」
「敵の数が増えてきてるよね。油断は禁物か」
今までも複数戦闘はあったのだが、森に入ってから急激に増えた。森の中はやはり危険である。
チキットがいきなり強力な火球を放てたのには意外だったが、顔と違って意外と強いのだろうか……とユキバナはチキットをチラチラと見ながら考えていた。
ちなみにチキットはチラチラと視線を感じて、こいつ俺に気があるのか? などと見当違いの事を考えている。
森の中での戦闘も順調だ。本来はEランク冒険者が四人揃って入るか入らないか程度の森なのだが、二人は全く躊躇せず奥へと入っていった。
ユキバナは好奇心から。チキットは自分の力に自惚れてだ。
出てくる敵の強さも草原より少し厳しい程度なのだが、数も違えば見渡しも悪く、木々が邪魔で思う様に動くことができない。それでも二人が無事なのは、その戦闘スタイルからだろう。
ユキバナは基本相手が気づいていないとき以外は先手よりも後手に回ることの方が多い。これはいつも人間と戦う時は相手の力を過信しないように。という父からの教えなのだが、魔物との戦いでもユキバナには役に立った。
チキットは相手が気づいていようが気づいてなかろうが魔法を使った遠距離攻撃がメインなため、相手が至近距離に接近してこない限り地形は視界を阻むだけのものになる。
「敵じゃないね」
「師匠もお前みたいなひよっこには無理って言ってたけど、案外余裕だなははは」
「ストップストップ。ダメだよチケット」
チキットは高笑いをするが、急いでユキバナがそれを止める。
「チキットだよ! で、なんで?」
「魔物がいっぱい寄ってきたらどうすんの!」
「別にこの辺の敵なら俺にとっては余裕だし……?」
チキットがウインクをしながら余裕の笑みを浮かべる。
だが、油断しているユキバナ達へヒュンッと甲高い音を立てながら鞭のようなものが足を搦め捕ろうと襲い掛かった。ユキバナはそれを軽く跳躍して躱し、空中にいる間に素早く辺りを観察する。不意打ちに対応できたのはその素早さのおかげだろう。
「おわっ」
しかしウィザードのチキットは一般人と運動神経もそこまで変わらない。足に鞭のようなものが絡まり逃がすまいと引きずられる。
「そこだ!」
着地すると同時にそれを見たユキバナはファイアボールを放った。咄嗟だったので威力もそこまでないのだが牽制程度にはなるだろう。
さらにそこへチキットもファイアボールを放った。こちらも咄嗟であるが、ユキバナのものより威力は高い。剣士のユキバナより高いのは当然かもしれないが。
二つの火球の爆発によって煙が舞い上がり、中からその化け物が現れる。
「グオァ……」
「うわぁ……」
その化け物の体は森に溶け込む緑色で、顔には巨大な口があるだけ。目は無く、鼻は小さいためぱっと見では見れない。巨大な口からは唾液が垂れている。
目が無い代わりに臭いだけで敵の位置を察知しているのだろうか。耳も無いらしい。魔物の中にはそういったものも多く、魔力の流れで感知する魔物もいる。
とにかく、この魔物を一言で表せばそのまんま人喰い植物だ。そんな見た目である。複数の触手は相手を捕食するためのものだろう。マンイータプラントという魔物であった。
それを見たユキバナは思わず顔を引きつらせる。
「ファイアボール!」
チキットは相手が動くよりも先に火球を放った。焦りながら放ったために命中はしたが威力は低くく、怒らせただけだ。
怒ったマンイータプラントは鞭のような触手をチキットへ向けて勢いよく複数伸ばした。かなりの速度で触手はチキットを狙う。だがこれを、ユキバナが太刀で切り裂いて妨害する。
チキットは恐怖のあまり、威勢が無くなってその場に尻もちをついてしまっているが、ユキバナは気にせずマンイータプラントに跳びかかった。
そのまま、愛刀(借り物)で胴体らしき茎から頭をあっさり切り落とし、止めをさした。
「ふぅ~。こんなもんか……って何してんの?」
ユキバナが一息ついていると、チキットが腰を抜かしていた。
「あっぶねぇ死ぬかと思ったぁ。もう帰らない?」
「帰るわけないじゃない」
自分から行こうと言ったくせにこの程度で何を言うか、とユキバナは呆れる。
チキットは戦闘経験が少ないので、今日初めて死ぬかと思う体験をした。ガクブルである。もう怖くて帰る気満々だ。
逆にユキバナはやる気満々だ。
「ギャハハハ!」
森の向こうから笑い声が急に聞こえた。二人は笑い声の方向を見るが、その笑い声の主はこちらを見て笑っていた。こちら、というよりは明らかにチキットを見て笑っている。
「な、なんだよ」
「いや別に、お前みたいな雑魚がここで何してるんだよって思ってな」
ゲラゲラと笑う男の後ろからは二人の冒険者も見えた。
チキットはどうしようかわからずユキバナを見るが、ユキバナの顔がかなりひきつっているのを見て、何が起こったのか気になった。
ユキバナは、その人物に見覚えがあった。……冒険者ギルドで最初にぶつかった大男だった。
「あ、てめぇは」
「ど、どうもぉ……」
ユキバナを見る目が怖い。まるで親の仇を見るかのような凄まじい形相だ。ユキバナは知らないふりをしようとしたが、反射的に小声で返事してしまった。
「お前みたいなひよっこがなんでこの森にいるんだ!」
大男は盛大に怒鳴る。それも当然だろう。現に腰を抜かしている人もいる。ここは草原とは違って危険なのだ。初心者は入ってこられて勝手に死んでも困る。
「いや、あの、その。後ろのお二人は何方で?」
「あぁ? 今関係ねぇだろ? キースとコーネリアだ!」
男は唾を吐きながら怒鳴る。
ユキバナは結局教えるんだ……と内心笑っていたが、顔に出さないように必死だ。
チキットといえば、立ち上がりはしたが黙っている。ここで喧嘩しても意味が無いとわかっているらしい。
「へっ。こんな森で腰を抜かしてるなんて。これだから雑魚は困るんだよね」
だが火に油を注ぐというのだろうか。大男の後ろにいた男が指を差しながら笑う。
あのチャラチャラした野郎がキースか、とユキバナは内心少しイライラしていたが我慢した。が、チキットは爆発したらしい。すぐに男へ突っかかった。先ほどまで腰を抜かしていたのはなんだったのか。
「あぁ? お前みたいなキザなやつに言われたくねえよ!」
「僕の容姿は関係ないだろう!? 大体君は馬鹿みたいな顔してさ?」
「お前だってうざい顔しやがって」
「うざい顔ってなんだよ。君の顔みたいなことか?」
両者は口喧嘩を始めてしまった。魔物に寄ってこられる可能性もあるためユキバナが止めようとするが、先にキースといわれた男の背中をぐっと、コーネリアと呼ばれていた女性が引っ張った。
「……行きますよ」
コーネリアは無口なのか呆れているのか、一言しか発しなかった。
「ま、雑魚の相手も飽きるしな。ハハハ!」
「そうだな」
「ふぅ……」
コーネリアがため息をつきながら一人で歩き出すと、二人がその後をついて行った。
大男がリーダーではなく、彼女がリーダーだろうか。彼女も変な男二人を連れて大変だな、とユキバナは思った。
「なんだったんだ……」
残されたチキットは呆然としている。
「とりあえずマンイータプラントを倒して行こうよ」
「えーあいつ見た目も怖いし気持ち悪いし怖いんだけど……帰っていい?」
「いいわけないでしょっ!」
ユキバナがチキットの頭をしばき、チキットも渋々歩き出した。
「言っとくけど俺ここ初めてだかんな? 死んだらどうすんの?」
「私だって初めてよ。でもなかなか楽しいじゃない」
「た、楽しいって……」
コイツは戦闘狂か? とチキットは思った。
ちなみにユキバナは自覚は無いが、戦闘大好きであった。そう思われても仕方がない。
ただ人同士の殺し合いは嫌いだ。人同士の殺し合いなどは想像しただけで恐ろしい。
「そういえばさっきの人たち、奥へ行ったよね」
「それがどうしたんだよ」
「いや、なんか、またあの大男と会ったら嫌だなぁって」
「はは……同じく」
二人は顔を見合わせて苦笑し合う。
「さて、マンイータプラントだっけ? さっさと仕留めて帰ろう」
「お、俺は嫌だけど、しゃあねえなあ」
実際受けた依頼を破棄しては信用にも関わるし、どれだけ他の連中に笑われるかもわからない。チキットは仕方なくだが仕留めることを考えた。
それに、絶対に口にはしたくないのだが、チキットはこのユキバナに興味が沸いていた。
「うわっぷ!」
チキットは全力で回避する。滅茶苦茶にダイブしたため思いっきり体をぶつける。痛い。
その横を、弾丸のようなものが勢いよく通り過ぎた。
風である。マンイータプラントが放った圧縮された風魔法だ。当たったらヤバい。あれに当たるよりは少しの痛みの方が絶対にマシだろうな、とチキットは思いダイブした……わけではなく全力で回避しようとして足が縺れて結果前方に身を投げ出した状態になっただけである。
「こいつ魔法もできんのかよ!」
チキットは態勢を整えながらも負けじと溜めていた火球を放ち、マンイータプラントに直撃させる。顔面に命中し、あっさりと仕留めることに成功した。口の中が燃えたのだろう。
「へっへへ、あいつら顔面が弱点なんだな」
最初は腰を抜かしていたチキットも、いつの間にかやる気を取り戻していた。ユキバナはそれを見て半ば呆れ、半ば感心していた。
「さっきまでの様子はどこ行ってたんだか……まあやる気を出してくれる分にはいいんだけどさ」
ユキバナは大きなバッタのまものを撃退しながら感想を漏らしていた。バッタと言ってもやはり魔物なため、ユキバナの腰くらいには大きいのだが。
「何してるの?」
戦闘が終わると、チキットは右手に魔力を溜めはじめていた。アレでは歩いているだけでも維持するために魔力を消費していくのでは、とユキバナは思った。
「あ? いやほら、いつもウィザードが戦闘で遅れるのは魔力を溜めるのに時間が掛かるからだろ?それなら先に溜めといた方がいいじゃん?」
「いやそれはわかってるけど、疲れないの? ふつうやらないよね」
そりゃそっちの方が早くて楽なのだろうが、魔力を消費してしまうため普通は思いついてもやらないだろう。
「俺の師匠が普通じゃないだけだよ。そういう訓練もさせられたからある程度は大丈夫さ」
なんてことはない。とチキットは大変な事であるのに平然と言ってのける。
(どうしよう。ちょっとこのヘタレが格好良く見える……)
ユキバナが内心で褒めているのか褒めていないのかわからないことを考えているが、チキットに知る由は無かった。
二人は平和である。
一方森の奥では、明らかな異変が起こっていた。そもそもマンイータプラントが複数出現していること自体が異常なのだが、その発生原因がこいつだろうか。
先ほどから、大男たちは順調に森の奥へと入っていった。
明らかにいつもの森とは違う気配を感じていたウォリアーの大男とレンジャーのコーネリアだが、キースは気づかずにのんびりと歩いていた。
大男、ディブロはCランク冒険者で、街では実力がある方である。昔からこの森には何度も入っていたために、少しの変化でも感じ取ることができた。
一方コーネリアは、最近引っ越してきたばかりなのだ。だが、その実力を買われディブロと行動しており、最も得意な能力である危機探知は重宝されていた。虫の知らせ、第六感とでもいうのだろうか。コーネリアは生まれつき勘が鋭く、自分でも勘に頼って危険を切り抜けてきた。
だがそんなコーネリアが声をかけても、ディブロは聞かない。ディブロも変化には気づいていたのだが所詮ここはランクの低い森。少しの危険はあった方がいいと好奇心で油断してしまっていたのである。
コーネリアの実力は未知数だ。なんたって全力を出すところをディブロは見たことが無い。
「やべぇぜキース」
「どうします? ディブロさん」
ディブロは額に汗を垂らしながらも背中から長い剣を引き抜き、戦闘の構えをとる。本能がマズイと叫んでいるようだ。
左腕に装着しているバックラーと、右腕に持つ剣はまさしく闘士の正装らしく、勇気もある大男の彼が危険と判断している相手がどれだけ強いのか、キースにはわからない。
キースは腰から短剣を引き抜くが、その手が震えていた。チキットのことを散々馬鹿にしていたが、こういう点では同じようにしか見えないかもしれない。
この三人の中では圧倒的実力不足なキースだが、彼はディブロに一度助けてもらったことがある。その恩が忘れられず、口は生意気ながらも尊敬して付いてきているのだ。ディブロにとっては弟分のようなものである。
キースは本来ならば逃げ出していたが、自分を可愛がってくれるディブロを見捨てることはできそうになかった。
二人は剣を構え、マンイータプラントを殲滅しようと考える。あのわけのわからない巨大な花は恐らく三人揃えば倒せないことは無いだろう。だが取り巻きの連中が厄介だった。
後衛からこちらまでやってきたコーネリアは、既に弓を構え戦闘態勢に入っている。
三人は今、マンイータプラント三頭に囲まれていた。それだけならディブロ達三人でもどうにかなるのだが、目の前にはひときわ大きいマンイータプラントが立っているのだ。いや、頭には更に大きさを錯覚させるような巨大な赤い花を咲かせており、こいつがボスだということがわかる。最初に触手で攻撃され、すぐに回避した三人だったのだがその触手が罠だった。避ける方向を計算されていたのか、あっという間にマンイータプラントとそのボスに囲まれてしまったのである。
だが本当に計算していたとすればかなり危険な相手に違いは無かった。
なぜこのような魔物が出現したのか、ディブロはわからない。とにかくディブロにわかることは、こいつがかなり危険でCランク以上の魔物の可能性がある。いや、ほとんどの確率でそうだろうということだ。
「火炎剣!」
ディブロが剣に火を纏う。魔法が苦手なディブロの火炎は微量だがディブロの戦闘力自体がその辺りのウォリアーより凄まじいため特にこれくらいで問題は無い。マンイータプラントの弱点も火属性だ。
「行くぞ!」
「お、おう」
「……了解」
ディブロの掛け声とともに、この低ランクな森には異質な、激戦が始まった。
その様子を空から観戦している人物が二人いるのだが、三人はまだ知らない。
「なんか変じゃない?」
「そうか?」
ユキバナ達はこの辺りの魔物にも慣れ、余裕の表情で突き進んでいた。
初めて森に入ったのだが、そんなユキバナでも感じる違和感が森全体を覆っていた。まるで謎の支配者が君臨しているかのような、魔王が辺りを統一しているような、そんな感じだ。ユキバナは魔王に会ったことすらないのだが。
その時だ。一瞬の静寂の後。ミシミシと木の倒れる音が響き渡り、同時に複数の謎の叫び声が上がった。
ユキバナの違和感は確信に変わり、チキットでさえも異変に気が付いていた。
「急ぐよ!」
「お、おう!」
ユキバナは辺りを警戒する暇も無く凄まじい勢いで正面へ走り出した。
その様子を見てただ事ではないと、チキットはユキバナの後を追って全力で走り出した。一瞬逃げようか迷ったのだが、そこまでひどい人間になる自信も無かった。