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ユキバナ冒険記  作者: あきぐみ
第一章 新芽の冒険者
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【第三話】親切なレンジャーさん

「目印は『全身赤い衣装のウィザード』って……」


 そんなの何人もいるでしょうが! ヤダー! と心の中で叫びながらも、ユキバナは辺りをしっかりと探す。


「あれ……」


 そう思っていたのだが、意外といない。というか混雑しているためまだ一人も見つけられていない。

 ざっと五十人以上は普通にいそうなこの酒場兼冒険者ギルドでは、赤い衣装の人こそいるのだが魔法使い、ウィザードらしき人で赤い衣装を着た人は見つからない。


「どうしたものかねぇ……」


 ユキバナはいろいろ悩み続けていたが、ずっと立っているのもアレなため奥の誰も座っていないテーブルに座った。

 顎に手を当て、如何にも悩んでいますオーラを全開にする。


(大声で叫んでみてはどうだろうか、いやこれは間違いなくダメだ。恥ずかしいしそもそもこんなやつと組みたくねえって言われるかもしれない。じゃあやっぱ地道に探すしかないかなあ。でも一通り見た感じいないよね。お手洗いなのか出かけているのか……)


「やぁ、そこの君、悩み事かい?」


 考え事をしていたのだがふと、女性の声で阻まれる。

 振り向けば、金髪でロングの女性がテーブルの向い側に座っていた。

 いつの間に? とユキバナは少々驚いていた。自分がそれほど考え事に集中していたということだろうか。


「貴女は?」

「私? 私はただの冒険者だよー」


 女性はなんでもないよーと言いながら手を振る。

 特徴的な物は絵本で見たカウボーイのような帽子キャトルマンに、いかにも狩人というような衣装。それに長い金髪。透き通った蒼い瞳も特徴的だ。

 その特徴的な蒼い瞳は、今は何やら楽しげに細めている。

 歳は二十くらいだろうか?なんで話しかけてきているんだろうか?といろいろ疑問だ。

 背中には弓を背負っており、腰には短刀のようなものを仕込んでいる。服にはいくつものポケットがあり、それぞれに何かが入っているようだ。

 それにしても美人だ。女のユキバナでさえその雰囲気に呑まれてしまっていた。

 ただの冒険者と言っている割にはなんというか、気配が違うとユキバナは感じていた。


「実は赤い衣装のウィザードが見つからなくて……」

「ああ、あの子のことか。あの子なら目立つからすぐにわかるよ。なんたって全体赤一色だからね。帽子もローブも手袋もブーツもぜーんぶ赤色だ」

「え? でもいなかったんですよー。ひょっとしてもう行っちゃったりとか……?」


 そこまでユキバナが言うと、目の前の女性は何が面白いのか少しニヤリと笑みを浮かべる。ユキバナは悟った。


「ぴんぽーん! そのとーりさ! 彼女ならついさっき出かけて行ったよー。どこへ行ったかは知らないけどねぇ」


 ユキバナが悟ったとわかると、女性はさも可笑しそうに笑いだした。


「そ、そんなぁ」

「ははは、確か彼女はブルッファーの依頼を受けていたね。君もそれが目的かい?」


 何を考えているのか、意外と早口の女性はニコニコしながら問いかけてくる。


「そうです」

「ふぅん……まあ依頼を見た感じ数はあればあるほどいいらしいから競争にはならないし、別に問題は無さそうだね……」


 女性は間を空けて言った。


「私もいこう」

「ええ?」


 この女性はベテランの雰囲気を醸し出しており、どう考えても自分なんて初心者と組むより一人で行った方が早そうだ。この女性は何故そのようなことを考えたのだろうか、暇つぶしだろうか、とユキバナはいろいろ考えていたが、やっぱりすぐに考えるのをやめた。人の事を考えても仕方がない。


「ブルッファーってのは猪の魔物でさ。まあ突進が危険だけどそんなに強くは無いよ」

「へえ~」


 ユキバナは話を聞き流しながら、街を観察していた。

 行商人や冒険者が随分多く、活気に満ちている様は、ユキバナが夢見ていた街そのものだった。昔からこういった賑やかなところに住みたいと思っていたのだ。

 

「そういえばなんて呼べばいいのかな」

「あー私? レンジャーさんとでも呼んでよ。ハハッ」

「はぁ……あ、私はユキバナです」

「ユキバナ君か」


 どうも掴めない人だが、悪い人では無さそうだ。

 ユキバナはそんなことを考えながら歩いていた。


 アキシムの丘。

 新芽の街から北西に位置する、通称『始まりの丘』だ。

 名前の通り、初めて冒険者が通うならここ!とも言われている場所だ。

 丘と草原であるが、奥には森や湖が広がっている。魔物さえ出なければ景色を楽しめるだろう。その広さは尋常ではなく、小さな国の領土よりも大きい。魔物がかなり多く出ることもあって、周りから隔離された別世界のように感じるところである。

 最も、奥に行くほど強い魔物が出るので初心者は湖には行くべきではない。何かが原因で、強力な魔物も存在するのだ。奥はその原因と思われる魔力で発生したらしい霧が出ていて視界が悪く、魔物の強さもあって危険視されている。本格的な調査は行っておらず、何故魔力の溜まりが発生しているのかは全く分かっていない。

 ここに最も近い新芽の街では新米や初心者冒険者が多く、熟練冒険者が少ないのも原因だろう。

 ついでにアキシムの丘の『アキシム』とは、この辺り一帯を領土にしている国の名前だ。

 大昔の英雄の名前から取られたと言われているが、定かではない。

『国の秘密調査団が何かの目的で調査している』という噂もあるが、これも定かではない。


「あれがブルッファーだ」


 少し離れた位置に、猪の魔物が二匹歩いている。

 あれがブルッファーだ。普通の猪よりも遥かに凶暴で、巨大な湾曲したキバが特徴的だった。

 一応冒険者の中では雑魚扱いされているが、油断をしているとあっという間にあの牙でやられてしまうだろう。一直線に突進することしかできないのだが。

 

「へえ、猪みたい」

「……言わなかったっけか」


 レンジャーさんは頭を掻きながら、ユキバナを眺めていた。


「ほら、やってごらん」

「は~い」


 ユキバナは言われた通りブルッファーに向かってダッシュしていった。……物干し竿でだ。


 あの弓は使わないのかなあ、とユキバナが背中に背負った弓を使わないことに疑問を感じるレンジャーさん。

 ちなみにユキバナは弓の存在なんてすっかり忘れている。


「どっせぇい!」


 ユキバナは不意を突いて勢いよく物干し竿で殴りかかった。

 不意を突かれたブルッファーはあっさり吹き飛んだ。

 ユキバナからすれば何度もやっていることなのだが、レンジャーさんは口を大きく開けて唖然としていた。

 それ見ていたレンジャーさんは、ユキバナの足の速さに少々戸惑っていた。流石に上級の冒険者でも中々いない速さだろう。驚くのも当然だ。


(……生まれつきだろうか? 世の中には生まれつき魔力がおかしな人間もいるし、ありえないことではないけど……やっぱり私がぱっと見ただけでも普通とは違うと感じた子だ)


 レンジャーさんが考え事をしながら腕を組んでいると、ユキバナに向ってもう一匹のブルッファーが突進してていた。

 だがそれを避けようとせず、ユキバナは少し体を突進の範囲からずらし、思いっきり蹴りを放った。

 蹴りが直撃したブルッファーは右の牙が折れながら血をまき散らし盛大に吹き飛んでいった。


「おおぅ。モンクみたいだねぇ」


 遠くから見ていたレンジャーさんは、モンクが魔力を纏ったときの格闘術を思い出しながら感心していた。……まだ完璧ではないらしく、ユキバナは右足の臑を痛そうに摩っていたが。

 だがそこで予想外のことが発生した。空から二羽の巨大な鳥がユキバナ目掛けて襲い掛かってきたのだ。今の戦闘の間にユキバナが体勢を崩すタイミングを狙っていたとでもいうのだろうか。かなりタイミングが悪かった。

 レンジャーさんもユキバナに注目していたせいで、つい気づくのが遅れてしまった。このような低レベルの魔物しか出ない草原だからという理由もある。


「ユキバナ! 避けろ!」

「えっ?」


 臑をひたすら摩っていたユキバナは、急いで顔を上げる。

 レンジャーさんも、流石にマズイと焦りながら急いで拳銃を取り出し、上空の二羽に向かって連射した。

 一発目は当たったが二発目は外れてしまった。そのまま一羽がユキバナに襲い掛かる。

 ユキバナを見れば、足を摩っていた時に投げ出したのか物干し竿を持っておらず、弓を取り出す暇も無く、他の武器は持っていない。足で蹴るにしても、上空から猛スピードで降りてくる鳥を蹴り飛ばすなんて運が悪いとユキバナ自身の足も折れるし、なによりタイミングがわからない。

 レンジャーさんは「早く避けろ!」と怒鳴りつけるがユキバナは逃げようとしない。ユキバナは逃げずに、咄嗟に何かを突進してくる鳥に投げつけた。

 『何か』は咄嗟に投げたというのに、凄まじいスピードで鳥に向かって飛んでいき、激突した。鳥の突進スピードが速いこともあって、鳥の頭に簡単に『何か』は突き刺さった。鳥は死んだ。


「取っといてよかったぁ」


 ユキバナが投げたものは、偶然持ったままだった物干し竿の欠片だ。咄嗟に投げたのだが、その判断は正解だったらしい。欠片と言ってもユキバナの折り方が下手だったため大きく、先端も結構尖っていたが。


「ふぅ、ごめんドジった」


 レンジャーさんは恥ずかしそうに笑いながら、二羽の鳥の死骸を見つめた。

 綺麗な紫色の体色が、頭部だけは血の色で赤に染まっていた。ユキバナが勢いよく欠片を投げつけた方に至っては鳥が相当の速度を出していたこともあって顔が原形をとどめていない。魔力を使って投擲したのだろう。


「どしたの?」


 レンジャーさんは死骸を見つめたまま、顎に手を当てに何か考え事をしていた。顔は真剣そのものなのだが、ユキバナには何を考えているのかさっぱりわからない。


「んー? いや、なんでもないよ?」


 レンジャーさんは何でもないといいながら笑顔に戻る。真剣な表情だと地味に怖いな、とユキバナは感じていた。


「さて、行こうか!」

「あ、はーい」


 気を取り直したのかレンジャーさんは笑顔を振りまきながら歩き出した。一瞬どこへ? と思ったユキバナだったが、すぐにブルッファーの死骸を見つけたので牙を取りに行くのだろうと理解した。


「この液体をかけてからねぇ。こう短刀でザクッと……」


 死骸の前に屈みこむと、レンジャーさんはポシェットから液体の入ったビンを取り出した。ビンの蓋を空け、牙の根元に近い位置に液体をゆっくりとかける。次に短剣を取り出し、液体のかかった部分を一気に切断した。あんな短剣でも簡単に切れるということは、液体は物を切断しやすくするものなのだろう。


「わざわざかけなくてもベキってへし折っちゃえばいいじゃん」

「ははっ、それだと変に亀裂が入ったり短くなっちゃったりするだろう。君が蹴り飛ばした物みたいにね。」


 レンジャーさんはわざと皮肉を言ってユキバナをからかった。

 ユキバナがごめんなさい! と頭を下げる様子を見てさも楽しそうに笑う。

 ……そもそもへし折ること自体が大変だということには本人も自覚が無いようだし、触れないでおいた。

 牙は一本は雑にへし折れてしまっていたため、合計三つしか手に入れることができなかった。


(それにしてもこの鮮やかな紫……デスファルか。何故デスファルがこんなところに……? やはりあの影響か?)


、笑顔の下でレンジャーさんはいろいろと考え事をしていたのだが、ユキバナにはわからないことだった。


「……あっ」

「どうしたんです?」


 いきなりレンジャーさんが声を上げたことでユキバナは驚いた。

 

「あの鳥から剥ぎ取ってなかったや。ははは。こいつの翼は意外と価値があるんだよねー」


 レンジャーさんは笑いながら鳥の翼を切断する作業に入った。

 顔面をへの一撃だけで仕留めていたおかげで、翼は綺麗なままだった。剥ぎ取るのは簡単らしく、液体をぶっ掛けながらせっせと作業をしていた。

 ユキバナはその様子を、じーっと真剣そうに見つめていた。



 それから残りのブルッファーの牙を手に入れ、帰って来たユキバナたちは、早速冒険者ギルドへと入った。

もう夜に近いのだが、冒険者ギルドは盛り上がっている。帰って来て飲み会のように盛り上がることが大好きな人たちが多いのだ。


「お疲れさん。これが報酬だ」


 ジャッキーさんはニカニカと笑いながら、報酬を差し出した。三百エンだ。これでユキバナの手持ちはまたまた五百エンになった。

 魔物の素材は剥ぐ技術も大切なため、報酬もまぁまぁ高いらしい。


「じゃ、私は用事がるからねばいばーい。後これは上げるよ」

「えっ」


 レンジャーさんは小さな腰に下げた袋から、いきなり巨大な翼を取り出した。何事か!? とユキバナが驚いていることに構いもせず翼を押し付けてくる。


「どうやって出したんですか? 手品ですか?」

「魔道具の一種さ。袋の中は空間魔法で作られた特別な空間になっていてね、ある程度のものならなんでも入る便利な物さ。上げようか?」

「いいんですか?」

「いいよいいよ。二つあるしね。そのかわり約束だ。君は実力はある。がんばってFランクより上を目指しなさい」

 

 レンジャーさんは優しく微笑むと、袋に翼を入れながら差し出した。

 なんて太っ腹な女性だろう、とユキバナは感動していた。流石に一度出会っただけでここまで親切にしてくれる人は中々いない。この袋が高価なら尚更である。

 仮に高価じゃないとしてもユキバナは感謝するつもりである。値段は関係ない。

 約束も簡単だ。元より有名になりたいのでそのつもりだった。なので問題は無い。


 しばらくして、感謝の言葉を述べようと思い袋から目を外し正面を見たが、いつの間にかレンジャーさんはいなくなっていた。


「う~ん、これからなにしようかな?」


 これからは何をしようか、と考えていたユキバナだったが、結局眠気には勝てず宿屋へと帰った。

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