【第一話】少女、ラグロイド大陸へ着く
やっと本編です。失礼しました。
「光は悪を討ち平和へ導く……そんな甘い世界はやだね。キヒヒ」
不気味な気配の漂う夜中。
薄暗い城の廊下を、コツコツと音を立てながらその男は歩いていた。
男の体は黒いローブで覆われており、素顔は見えない。どこか楽しいのか、夜中だというのに不気味に笑いながら歩いていた。手には骸骨などのおぞましい装飾の施された鎖鎌を持っていて、どこからどう見ても普通ではない。
足音が止む。男はゆっくりと扉を開き、待ち合わせをしている玉座の間へと足を踏み入れた。
今は薄暗いが、この玉座の間は広く、地面のカーペットや玉座、その他もろもろ飾りには赤と金が多く使われており、明かりをつければとても豪華で綺麗な部屋だろう。
黒いローブの男からは不気味な気配が漂っていることもあり、この場に相応しい人間だとは思えないだろう。
「どうだった?」
王座に座っていた一人の男が、重々しく口を開く。
頭には冠を被っており、彼がこの国の王だと推測できた。
「う~ん。何回やってもこうなるな」
ローブの男はため息をつきながら水晶玉を取り出した。占いの道具だ。
水晶占いは、この世界では最も信頼できる占いとされている。
そんな水晶の中には、剣を掲げる女のようなシルエットが映し出されていた。
「なんだこれは?」
「さぁ、わかりませんよ。ただ、タロットで例えると剣を掲げる女王に近いかもしれませんねぇ」
「女王?正義だか平等だか知らんが。計画の邪魔になる何かがいるということか?」
「そういうことですね。そうじゃないと面白くない……キヒヒ」
王はローブの男を冷たい眼差しで睨む。この男は信用できないし、生理的に受け付けない。
内心ではこんな糞みたいなゲス野郎にどうしてこのワシが頼らないといけないのか、などと考えている。
そんな王の感情を理解しているのか、ローブの男の口元は不気味に微笑んでいるように見える。遊んでいるのだろうか。
「……お前は確か占い師だったな?」
「やだなぁ。占い師ではないですよ。ボクはただの悪魔さ……キヒヒ」
「どちらでもよい。兎に角、邪魔者はさっさと排除するように」
「はいはい」
ローブの男の周りが光ったかと思うと、男はいつの間にか玉座の間から消えていた。
「本当に行ってしまうのか?」
「お父さんだって昨日まで冒険者になっていいって言ってたじゃん」
随分と朝早く。小さな島の小さな村の小さな家の前で、二人の人物が話し合っていた。
少女は頬を膨らませる。
父親は涙目で止めようとしていて、この前までは元気に「行って来い!」と言っていた人物とは大違いに見えるだろう。人間最後まで分からないものだ。
「それがいざその日になるとなぁ……」
「二年間も修行してたんだし、いいでしょ?」
「二年間って言っても、剣術も弓術も槍術も格闘術も魔術もそのほか全部もまだ途中だろ?」
この世界の冒険者は一つや二つ程度のものを鍛える者が多いが、少女はいろいろなことに手出していた。だが、手を出しすぎていたせいで二年間修行をしていてもどれも「上手い」というレベルにはなっていない。いわば器用貧乏だ。
父親はそれが心配で仕方なかった。
「別になんとかなるでしょ? じゃあね! また帰ってくるから!」
「待ちなさい」
少女は笑顔で別れようとした。だがそこで、母親が家から飛び出してきた。
「これを持っていきなさい」
「おにぎり?」
「必ず帰ってくるのよ?」
母親が差しだしたのは、三つのおにぎりだった。
「ありがとう! 絶対に帰ってくるから!」
少女は、今度こそ親の元から離れて行った。
両親は、子供が離れていく悲しさと子供が自立できるほど成長した嬉しさで微妙な気持ちだった。
ぎーこーぎーこー、と濃い霧のかかった海の上で、少女は眠りかけながらボートを漕いでいた。
暇で暇で仕方がなく、先ほどから手しか動いていなかった。
随分と朝早くなこともあり、眠くて眠くて仕方がない。
少女の髪は黒。前髪は目にギリギリ被らない程度に切られており、左右は耳を隠す程度。後ろ髪は肩より長く、その長い髪は赤いリボンで束ねられポニーテールにされている。
服は上は白、下は赤の巫女装束のようなものだが、動きやすさを求めて袖も袴もある程度無造作に切られていた。スタイルも悪くなく、一部の人間からは変な目で見られてしまうかもしれない。
だが、別に変な趣味があるわけではない。少女はこれからいろいろと動き回る予定のため少しでも動きやすい服装にしようとしているだけだ。他の服を着ればいいかもしれないが、少女はこれが一番のお気に入りだったため切ってでもこれを着ている。
荷物は少なく、二種類の武器に小さな袋一つだけだ。
「見えてきた見えてきたー」
霧のせいでしっかりとは見えないが、目の前に薄く陸が見えてきた。
少女は手を大きく上へ伸ばしながら、やっと着いたことに喜びを感じるよりも先に、眠気を飛ばそうと伸びをする。
近づくにつれてわかるのだが、近くには村も何も無いようだ。普通なら迷うだろうが、少女はここがラグロイド大陸だということはわかっていた。そこを目指して真っ直ぐ漕いでいたつもりなのだから当然だ。
「ふぅ」
少女は地面を踏みしめる。ボートは借り物であるが、この際置いて行こうと考えた。後の事なんて考えちゃいない。
「さて、行きますか」
少女は美しい夕日のような橙色の瞳を輝かせる。
少女の名前はユキバナ。独り立ちするには早すぎる十六歳の少女だ。ラグロイド大陸の南東の小さな村で育った完璧な田舎者である。一人でボートを漕いでいたことからわかるように、彼女は一人で旅に出ようとしていた。
現在地も目的地も分からなければ普通ならどうしようか迷うだろうが、ユキバナは迷わない。正確には馬鹿なのだが、周りから見ればどんな困難にも屈しない立派な少女に見える……かもしれない。
「ふんふんふん」
行く当てはない。とりあえず適当に歩いて行こうとしか考えていなかった。そこで見つけた街にでも住もうか……その程度の考えだ。実に浅はかだが、止める者はいない。
薄い霧が幻想的な雰囲気を醸し出す青々とした森の中を、陽気にひたすら歩いていく。
このご時世、どこの大陸でも魔物というものは存在する。こんな何でも無さそうな森は、整備がされていないため魔物にとってはいい住処だ。
ふと、茂みからガサガサと物音がした。
だが、ユキバナは音に気付かずのんびりと歩き続ける。
茂みの中から赤い双眼が光る。
ユキバナは気づいていないが、奥から魔物、フォレストウルフがユキバナを狙っているのだ。
フォレストウルフは危険な狼の魔物で、名前通り主に森に生息している。初心者が相手にするような魔物ではないだろう。茂みや木を利用して隠れ、奇襲を仕掛けるのが基本的な戦法だ。
普段は集団で襲い掛かるのだが、このフォレストウルフは一匹だ。ユキバナと同じ迷子である。
フォレストウルフはまだこちらに気付いていないであろうユキバナを確認すると、瞬時に声を抑えながら茂みから飛びかかった。
「え?」
ユキバナが気づいた時には、完全に相手の間合いだった。
フォレストウルフはそのままユキバナの腕に――噛みつかずに空ぶった。
「グォ?」
「いててぇ~」
何故、と急いで辺りを見回すフォレストウルフ。左方向に、ずっこけたままのユキバナが起き上がろうとしていた。凄まじいスピードで体をねじって回避したのだろうが、それにしても速い。ドジすぎる気もするが。
飛びかかって完全に避けられそうにない距離だったというのに、掠りもしなかった。そのことに対してフォレストウルフは恐怖を覚えた。
「危ないなぁ。お仕置きしちゃうぞ! なんちって」
フゥッ、とユキバナの体中から魔力が放出される。
「キャインキャイン」
犬のような声を上げながら、本能的に危険を感じたフォレストウルフはダッシュで逃げ出した。
だが、逃げるフォレストウルフをユキバナが追跡しようと飛び出し、たった三歩で一気に間合いを潰す。人間と初めて遭遇した哀れなフォレストウルフは、人間の恐ろしさを知った。
ユキバナはそのまま長い棒状のもので、逃げるフォレストウルフの頭部を勢いよくぶん殴った。
……どうなったのか。普通なら止めをさされていただろうが、フォレストウルフは生きていた。
「もう悪いことはするんじゃないぞー!」
ユキバナはにこにと笑った。鬼を見た後の猿のように逃げていくフォレストウルフには目もくれず、近くの岩場に腰を掛ける。
普通なら仕留めるだろうが、ユキバナは特に必要と感じていなかったので仕留めなかった。
「えっと……」
荷物のチェックを始める。
魔物が出ることは知っていたので、武器は持っている。……練習で使っていた自分の背丈ほどの物干し竿である。さっきもこれでフォレストウルフをぶん殴っていた。
物干し竿で殴られただけなので死なないのも当然だ。魔力を帯びてある程度強化されていたため、威力はあっただろうが。
人間は特に意識をしなくても微量に魔力がこもってしまう物だ。モンクなどの使い手にもなると、魔力を帯びて身体能力を何倍にも強化することができる。無論修行していなくても持った武器や身体に強い魔力を無意識に纏う者も多い。ユキバナは無意識にこもってしまうタイプだ。
「やっぱ長くて実戦だと使いにくいかな」
ユキバナは物干し竿を槍のように扱っているのだが、長すぎると使いづらい。物干し竿の端を膝を使ってベキっとへし折る。これで自分の身長よりは少し短い程度になり、扱いやすくなった。
へし折った短い方も勿体ないので服の間に挟んでおいた。
背中に背負っているのは猟師からの貰い物のボロ弓に、四本の矢が入った矢筒。腰に下げた袋にはおにぎりが三つだ。
「もぐもぐ」
おにぎりを食べながら歩き回り、次から何をするかのんびり考える。母のおにぎりは愛情がこもっていて美味しい。
しばらくすると、森から出て道らしきものを見つけた。そこだけ雑草があまり無く、馬車のようなものを引きずった跡が薄くできている。
とりあえず街を探そうかな?とのんびり考えているが、本来ならば一人でこんなところにいるのは危険すぎる。
ユキバナは知らないがこの道はとある町と国を繋ぐ道で、商人が通ることもある。ただ、人通りがそこまで多いというわけでもなく、魔物も多いので一人で通るようなものではない。
しかし、道に沿って行ったら絶対にどこかにつくのでは、と考えたユキバナはそう判断するとなんとなく北に向かって歩き出した。ボートを漕いできてからずーっとまっすぐ歩いている。ユキバナは真っ直ぐな人間なのだ。
ユキバナは長い間歩き続けた。が、先ほどから何もない。
ずっと歩き続けているのだが、鬱蒼と生い茂る森も全く変わらない。木々に挟まれたこの道はどうも魔物が潜んでいるのか、嫌な気配が漂っている。
ボートを漕いで、歩いて、狼を殴って、といろいろ大変だったので少し疲れていた。
どこかで休むべきだろうか。
そんなことを考えながら歩いていた時だ。さらに向こう、ユキバナが歩いていた方向からさらに北に、狼が集まっているのが見えた。
何をしているんだろうか、気になったユキバナはすぐに状況を確認する。
どうやらフォレストウルフの集団が何かを狙っているらしい。
最初に見た迷子のフォレストウルフはここの群れから外れたのだろうか。
よ~く観察する。それは人だった。フォレストウルフは集団で馬車を狙っているらしい。
狼と戦っているのは二人の少年だ。馬車の主は……怯えている中年のおじさんだ。二人の少年は善戦しているとは言い難く、馬車を死守するために戦っているので防戦一方のように見える。
フォレストウルフは計六匹いるのだが、戦っているのは二匹だけで、後は様子見しているのか動こうとしない。
側には三匹の死骸があるため少し前から戦い続けているのだろう。
一人の赤髪の少年が何かの魔力を剣へ伝わらせ、魔法剣を作成してフォレストウルフに向かっておもいっきり振った。振られた剣からは風の刃が発生し、フォレストウルフに襲い掛かる。
だが、溜めるのに時間が掛かりすぎたのか易々と回避されてしまう。どうやら一撃の威力は高いのだろうが、当てられないらしい。
もう一人の、着物を着た少年は刀で何度も斬りかかり何度も当たっているが、威力があまりなく致命傷を与えられないようだ。
疲れているらしく、両者とも動きが鈍い。
それを見たユキバナは、若干ニマニマと笑顔になりつつ、武器を取り出した。
人のピンチを見て笑顔になるのはあれだが、手助けをしようと考えているのだ。
実はユキバナは実戦経験がほとんどない。このような状況に出会ったのは初めてである。
ユキバナは直ぐに跳びかかろうとしたが、手に持った武器は物干し竿だ。どこの世界で物干し竿で助太刀をする人間がいるだろうか。
とりあえず、とユキバナは背中から弓と矢を取り出して、弦をいっぱいに引っ張りながら少年と戦っていない、様子見をしているフォレストウルフに狙いを定める。流石に動き回る対象を狙うと誤射する可能性が高いし、少年を撃ったら大変だ。
(距離があるから……)
距離があるし少女の力では届くか不安だったのである程度近づいていく。弓をある程度習ったが、ユキバナはあまり得意ではなかった。
すると、最も近いフォレストウルフが気配を感じ取ったのかこっちに振り向いた。
そのまま息を吸い込んで仲間に知らせようと――
「やばいやばい」
思わず声に出しつつもユキバナは急いで矢を放つ。矢は先端に尖った金属が付いているため、フォレストウルフの頭部を簡単に撃ち抜いた。
だがフォレストウルフが倒れたその音で、他のフォレストウルフがこちらに気付いてしまった。少年と戦っているフォレストウルフ以外の三匹が一斉にこちらへ走り出す。
「意外と速いね」
軽口を叩きながら、ユキバナは弓をその場に置いた。相手が三匹、しかもこちらへ向かってくるため弦を引いて撃っている暇が無かった。
「ふぅっ」
軽く息を吸い込む。
一番右のフォレストウルフが最初に攻撃を仕掛けるが、これを体をねじって紙一重で避ける。だが、避けた方向にもう一匹が鋭い牙をむき出しにして襲い掛かった。
それをユキバナは物干し竿で思いっきり横から殴りつける。フォレストウルフは血を吐きながら盛大に吹き飛んだ。
普通なら物干し竿が折れてしまいそうなものだが、本人の自覚無しではあっても魔力がこもっている為問題は無い。
最後に残る一匹が正面から飛びかかってくる。ユキバナは思いっきり武器――というか物干し竿――を振った後の硬直で、両手を戻すまで一瞬の隙ができてしまう。時間にして一秒も満たないのだが、フォレストウルフにとってはチャンスタイム以外の何物でもなかった。
「せぇい!」
だがそこでユキバナは、一気に右足を振り上げ、フォレストウルフを蹴り飛ばした。凄まじい威力だ。人間よりも大きく重いフォレストウルフの体は簡単に吹き飛んだ。恐ろしい凶器である。
「グオォォ」
自分の攻撃が避けられたために後ろから噛みつこうとしていた、一番最初に回避されたフォレストウルフだが、流石に仲間二匹のやられようと見た限りでは勝てないと悟ったのか、すぐに逃げ出していった。
残る二匹のうち物干し竿で殴られた方は生きていたが逃げだし、蹴り上げられた方はあっさりと絶命した。
「やっぱ物干し竿だと格好悪いなぁ。しかも止めがキックって……」
少女はがっくりと肩を落とした。
――そんな少女の背後、誰にも悟られないような距離のある位置に、ある人物が立っていた。
いや、立っていた、というよりは茂みと木を利用して隠れていた、と言った方が正しいだろう。
黒いローブですっぽりと体は隠されており、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。
唯一見えている口元は、どこか面白がっているように三日月形に歪んでいた。
「狼の群れを一瞬で、か。面白い奴だ……キヒヒ」
ソレは不気味に笑うと、こちらへ逃げてきた狼の頭をそっと撫でた。
撫でられたフォレストウルフは敵意を示さず、気持ちよさそうに目を細める。
「それにしてもアレは……、どうやら報告しておいた方がよさそうだな」
フッ、とローブの周りが光る。
光が消えた後、その場にはローブの男はおらず、狼しか残っていなかった。
gdgd感があるかもしれないのでどんな感想でもお待ちします。