少女、武術を学ぶ
こちらも飛ばしていただいて構いません。
暖かい陽気が気持ちのいい春の昼下がり。
そんな時間にある家の庭で、大小二つの影が木刀を持って戦っていた。
「甘いな」
「ぐぬぬぅ」
少女は木刀を勢いよく振り下ろした。普段から素振りをしているため勢いはあるが、型も何も無い荒削りなものだ。
それは目の前の相手に当たることなく、あっさり避けられる。
「あっ」
少女の持っていた木刀は目の前の相手――父親に簡単に弾かれ叩き落とされてしまった。
「もうちょっと手加減してよね!」
「はは、ダメだダメだ。それじゃ立派な冒険者になれんぞ?こう見えても父さんは昔冒険者で――」
いつもの長話が始まった。
なぜこの二人が木刀で打ちあっているのか。それは今日の朝のやり取りが原因だった。
「勇者になりたい? ハハハハ! お前はなんて無茶な事を言うんだ」
「失礼よあなた」
両親は今日は休みだ。
二人ともいるので、少女は両親に勇者になりたいと夢を話したのだが、ただ笑われるだけだった。
それもそうだろう。まだ十三歳の少女である。
「でも魔法は使えるもん!」
「ほんとか?」
父が挑発気味に笑う。
「見ててよ」
少女は少し大きな水球――一般の魔法使いのもの位の大きさ――を作り出し、庭の細い木に勢いよく投げつける。
その細い木はベキッ!っと音を立てながら簡単にへし折れた。
「お、おう……」
父は唖然とした。
「すごいわ! この子にこんな才能があったなんて! ……あれ? でもどこで覚えたのかしら」
母は喜びつつも疑問に思った。
特に魔法の修行なんてさせたことが無いからだ。
「えっへん!」
少女はまだ成長段階で小さな胸を張りながら自慢げに笑う。
「あっ」
突然声を上げた父は直ぐに靴を脱ぎ散らかして自分の部屋に飛び込んで行く。
戻って来た父の手には、少女が利用していた魔法本があった。
「これを読んだんだろう。いやー父さんは覚えられなくて地面にこの本を投げつけたんだけどなぁ」
「父さんはクソバカ以下ってことね!」
少女の突っ込みで父は落ち込む。
「ね?これなら勇者になれるでしょ?」
まだ若いしこれからがんばれば! っと少女は意気込む。普通なら馬鹿な夢だと嘲笑いそうだが、父の顔は明るかった。
「勇者アーランってのがいたな。父さんも憧れたもんだ。……あいつは勇者と名乗る前は何をしていたか知ってるか?」
「えっとぉ、冒険者だっけ」
「そうだそうだ。冒険者はいいぞぉ! お前も冒険者になれ! もしかしたらアーランみたいに有名になれるかもしれないし、なれなくても一人で金を儲けて生きていけるだろう」
「じゃあ、なる!」
少女はすごく憧れていた。それはもう小さな子がヒーローに憧れるように。だからこその即答だ。両親の事よりも勇者になることで頭がいっぱいだ。両親と別れて自立してもなんでもいいからとりあえず冒険者になろうと考えていた。
ちなみに父はそんなことまで考えていない。
「でも冒険者は体が大事だぞ? 魔力を纏えればいいんだが……お前に身体能力強化の魔法は使えんだろう」
「何それ?」
「あぁ、身体能力強化ってのは名前のまんまだ。魔力を全身に纏わせて身体の動きに魔力をプラスする技だ。これで力もいつもより強くなる」
「でもどうすればいいの?」
「うーん、人間は常に微量でも魔力を出し続けるもんだし修行でもすればいいんじゃないか? それに、冒険者になるには剣とか武器が使えないとダメだ」
側で聞いている母さんは「魔法使いなら剣はいらないでしょ?」っと突っ込みたくなったが父の威厳の為にもやめておいた。
少女は、「アーランも使ってるしね!」と納得していた。
「アーランはいろいろな武器を使う勇者だったが、やっぱりメインは剣だったしな」
「そっかぁ!」
「父さんも元冒険者だ。稽古をつけてやろう」
父の頭は、やっとかわいいこの娘に格好いいところを見せてやれるということでいっぱいだった。
「――で、まぁ引退したわけなんだが……って聞いてる? おーい?」
「あ、聞いてるよ」
少女はあまりにも長いので全くもって何も聞いていなかった。
「ま、そういうわけで、基礎体力作りは毎日同じ時間するとして、剣の型の練習もしないといかんな」
「みてみて、にとーりゅー!」
またまた父の言うことを聞かず、いつの間にか少女は二刀の木刀を振り回していた。
二刀流は扱いづらいし、何より魔力を両方に強く込めること自体が厳しいためあまり扱われていない。
魔力を込めた剣を使うにしても対人はいいとして、対魔物だと一撃の威力に欠ける点と防御用の盾が装備できない点は問題だろう。
「おいおい、危ないぞ」
「いくよー」
「ちょっまてっ」
二本とも少女が持っているため、父はもちろん何も持っていない。
父はある程度間合いがあるため当たらないから大丈夫、っと思っていたが、我に返った時には目の前に娘が迫っていた。
「おぉっ!?」
可笑しい。確かに間合いは開いていたはずだ。それなのに、娘は地面を一度蹴っただけで一瞬でここまで飛んで来た。
そういえばいつも届け物をしてくれる時も異様に早かったなぁ……と、父は初めて娘の脚力が可笑しいことに気付きながら思いっきり木刀で殴り飛ばされたのであった。
翌日。
娘の才能――というか脚力の可笑しさ――を知った父は張り切って剣術を教えようとしていた。
あれだけ早ければ先手必勝でなんでもできるだろう、と考えていたのだ。
まずはその脚力を更に鍛えるため、本気で踏み込む練習からさせている。
「ダッシュだ! 本気で!」
「ほんき!」
ヒュンッ!と甲高い音を立てながら少女は父の横を通り過ぎた。早すぎて見えない。
とにかく踏み込みの基本を教えつつ何度も走らせる。
「よ、よし、大分早くなってきたな。次は剣術だ!」
剣にはいくつもの種類がある。
通常のショートソードを片手に持ち、もう片手に盾を持つ物。両手で巨大な剣を持つ物。両手にそれぞれ二つの剣を持つ物。
他にも細身の剣や短剣だけで盾を持たない物などたくさんあるのだが、もっとも主流なのは基本である片手剣と盾を装備する物だ。剣の長さも形も人により、盾の大きさも独特であるが、どんな状況でも戦いやすく初心者でも盾があればどうにかなる場面が多いので重宝されている。
巨大な剣を持つ物は主に一撃の威力に重点を置いており、盾を装備する箇所は無い。だが、もしもの時は剣の腹で相手の攻撃を防いだりする。ただ、細長い剣では魔法の類はガードできないが。
逆に、二刀流はこの二つに比べて随分少ない。そもそも相手の攻撃をガードする手段も無いため、上級者向けの剣技とされている。だが、対人では強いのだろうが対魔物ではガードができないことはもしもの場合に対応できないので、本当に使い手が少ないのだ。
父は息を切らしながらも覚えている限り娘に言って聞かせた。娘は二刀流が何故か気に入っているようなので、使わせないようにだ。
「で、どの使い方がいい?」
「二刀流!」
父はがっくりと肩を落とした。
翌日。
「いいぞ、腰を深く落として、自分の手で突き刺すように一気に突きさせ!」
「せぇい!」
父は槍の練習でもさせようと考えていた。
ちなみに家に槍は無いので丁度いい長さの物干し竿である。丁度いいといっても少女の慎重より少し長いが。
槍はリーチが長いため、剣よりも安全なことが多い。
槍はいくつか使い方があるが、主に巨大な盾とランスを使った動きの速さを犠牲にして防御性能を上げ、生存率を上昇させる方法が一番安全だろう。乱戦には弱いが、突くために特化したランスを使えば盾で守り、ランスで的確に突くといった安全かつ安定した戦法が可能である。一般的には騎士たちの戦法だ。
もう一つは、細くて長く、突きも斬撃も可能な槍での連撃をするスタイルだ。こちらは片手や両手と戦闘中に何度も持ち替えて戦うため盾が装備できない。かといってそこまで重いわけではないので、片手で持ちながら魔法を放つことも可能であるし、安全性には欠けるが攻撃的なスタイルといえよう。
ただ、やはり父は騎士風の戦法にしてもらいたかった。安全だからだ。
「で、どっちがいい?」
一通り説明した後に聞いてみると……
「連撃!ドドドンって!」
父はがっくりと肩を落とした。
翌日。
「よし!一気に撃て!」
「はぁい!」
ヒュッと風を切るような音を鳴らしながら矢は的に命中し、粉砕した。
「壊れちったか」
父は安全な後衛職の武器である弓を覚えさせようと考えていた。
銃は高くて使いにくいし、弾と魔力を両立できない点で弓に劣るので考えていない。
そもそも弓と違い銃はいろいろ面倒くさく、魔力を注ぎながら撃つと銃が壊れるため、魔力を込めた弓には強さでも使いやすさでも勝てないだろうと父は娘に言い聞かせていた。
ついでに弓は知り合いの猟師から借りて、的は手作りである。
「お前魔法使っただろう」
威力が普通じゃなかった。きっと矢に魔力を込めて放ったのだろうと父は考えた。
「あったりぃー!魔力を込めたらどうなるかなぁって」
てへっ、と少女は笑った。
作るの大変だったのに……と父はがっくりと肩を落とした。
翌日。
「よし!ジャブだジャブ!」
「ぱんちぱーんち!」
今度は武器を持たない状況での取っ組んだ。
素手で戦う職業にはモンクと呼ばれる修行僧があった。この修行僧たちは攻撃するポイントに魔力を纏って防御力と攻撃力を同時に上昇させているのだ。リーチは無いのだが、魔力をうまく纏う者の腕は鋼鉄よりも硬くなるのだという。
「はいキーック!」
「キックはやめなさうごぶっ!?」
少女は思いっきり蹴り上げる。
父は盛大に吹き飛んだ。スカート、というより袴の状態で蹴り上げるとはしたないため父としてはあまり気が進まなかった。威力は凄まじく父が上空を舞うほどだが。
「け、蹴りはやめなさいはしたない」
「いやでーす」
父はがっくりと肩を落とした。
少女はこれから二年近くいろいろな武器の修行を繰り返すのだが、そのたびに父はがっくりと肩を落とすのであった。