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鈴音の様子は決して誇張や偽りとは思えなく、鈴音をよく知る俺にとって彼女がこんな出鱈目を言うなんてありえないと解っている。
だからこそ身体が震えて、止まらない。
「なんだよ…それ…!」
震える声で俺はそう呟いた。
血筋…? 名声…? そんなもののために鈴音はずっと、今まで苦しんでいたってのかよ…。
「本題は……ここからだ」
小さくそう切り出した鈴音は、一呼吸おいて話の続きを語り始める。
「父に、あるいは花菱の家にきっと嫌気がさしたのだろう…母は、当時身体が弱く赤子にして「落ちこぼれ」と烙印を押された、私と1つ歳の離れた妹を連れて、出ていってしまった…」
「っ! 妹…? 妹がいたのか…? 鈴音に…?」
鈴音はこくりと頷くと視線をこちらへ向け、黙り込んでしまった。
しばらく言いあぐねていた鈴音は、やがて意を決したようにその重い口を開いて俺にはっきりとこう告げた。
「母親の名前は、──花菱百恵。旧姓は……皆川百恵だ」
皆川…百恵…?
鼓動が急速に速くなる。
「聞き覚えが、あるだろう…?」
鈴音の声が聞こえた。
俺はその名前をよく知っている。
よく、知って…いる…。
視界がグラグラする。
鼓動は相変わらず早くなる一方だ。
俺はその人の子供を知っている…?
ああよく知っている。
だけどうまく言葉にならない。
息苦しい、呼吸がいつの間にか荒くなっていた。
「皆川百恵は私の母であり…千鶴は──
私の妹だ」
表情がよく見えなかった鈴音が俺を真っ直ぐ見つめその顔が分かるようになる。
月に照らされた鈴音は、
泣いていた。
3章前編・了