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その様子を観ていた男はすぐに、まるでつまらないことのように俺と鈴音に背を向け、
「まあいい。どちらにしろ些末な問題だ。──鈴音行くぞ」
そう吐き捨てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 千鶴が…俺の妹が何なんですか!」
その問いかけには答えてくれない。
代わりに初老の男はこちらを見向きもせずひどく冷たい声で
「自己紹介がまだだったな。俺の名前は──花菱蔵人。鈴音の父だ」
そんな挨拶をして去っていったのだった。
「なあ鈴音……鈴音ってば」
鈴音はこちらを見ようとせず小さく肩を震わせながら俯いている。
「さっきの話なんだ? 話してないってなんの事だよ? なんでお前の親父、千鶴のこと知ってんだよ?」
そのどの問いにも鈴音は答えてくれない。
答えに迷っているかのようだった。
「鈴音、人の問題にクビ突っ込むのは俺の趣味じゃないんだけどさ…。もし千鶴が何かに関わってんなら話は別だ。しかもお前の様子だっておかしすぎる。千鶴と鈴音の問題は…俺にとって無関係じゃねえよ」
肩を震わせて俯いている鈴音の表情は俺からでは判らない。
少しの間のあと鈴音は蚊の鳴くような声で言葉を絞り出した。
「圭吾、すまない。…ちゃんと話すから、……ちゃんと話すから少しだけ時間をくれ」
「鈴音…」
こんな、鈴音を見るのは初めてだった。
「今まで言えなかったこととか…私が抱えてた問題とか…全部言うから…お願いだ圭吾…」
懇願する鈴音。
泣き出してしまいそうな表情も弱々しい声色も、それは俺の知ってる鈴音とは思えないくらい痛々くて脆く見える。
そんな鈴音をこれ以上言及することは、俺には出来なかった。
「……あとで必ず説明してくれよ…」
「うん…すまない…すまない圭吾…!」
何度も頷き謝る鈴音、そしてまた肩を震わせながら俯いてしまう。
俺はと手を頭に乗せる。
「…じゃあ気をつけて行けよ」
「…うん、ありがと…。……帰ってきたら……ちゃんと話すから…」
「ん、分かった」
言うと幾分安心したのか鈴音も少しだけ笑ってくれた。
そしてそのまま鈴音の父──花菱蔵人の元へ向かっていく。
後には話しの半分も理解出来なかった上に何やら妹がおかしな事情に巻き込まれているかも知れない、と悶々とひたすら考え込む俺がポツンと校門前に立っているだけだった。