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「何をしている、こちらを見ろ鈴音」
初老の男はまるで隣の俺が見えていないかのように目もくれず低い声で鈴音に呼びかける。
やがて鈴音も忌々しそうにその初老の男に向き直った。
「…何故ここにいる…? 何しに来た…!」
鋭く睨む鈴音は結構な迫力だったはずだが男は眉1つ動かない、むしろ、男の無機質な声に、氷のような眼に萎縮しているのは鈴音だった。
「今すぐ車に乗れ、今日は大事な会合がある」
鈴音の意思など意にも介さないようにそれだけ告げて男はすぐそこに停めてあった車へと足を向ける。
「ちょっと待て! 私は今から部活で──」
「──早く車に乗れ」
その有無をいわさぬ口振りにあの鈴音が、押し黙った。
しばらく俯いた鈴音は小さく「わかった」とだけ言って今度は俺の方に向き直る。
「お、おい鈴音──」
「すまない、圭吾。……家の用事が出来てしまった……私から誘ったのに……本当にすまない…」
何度も謝る鈴音の表情は俯いていてよく見えない。
「い、いや…家の用事なら仕方ねえけど…な、なあ、あの人ってさ、もしかして…鈴音の…」
「…そうだ。君の思っている通り、あの男は、私の──」
と、そこで。
「待て、そこのお前……圭吾と言う名なのか?」
唐突に初老の男は俺にギロリと鷹のような眼光を浴びせてきた。
え? なんで俺?
「そ、そうですけど」
「名字を言ってみろ」
無機質な声でそう言われる。
「ま、待て! 圭吾は関係ない!」
慌てたように鈴音が叫ぶも初老の男は、それを意に介さないように俺だけを射殺すように見つめている。
「は、はあ…佐倉ですけど」
名乗った途端。
無表情だった初老の男の口の端がほんのわずか上がった。
「やはりそうか。……そうかお前が千鶴の…」
「え? 千鶴? な、なんで千鶴の名前を──」
状況が上手く飲み込めない。
「まさかお前…話していないのか?」
初老の男の問いかけに口をつぐむ鈴音。
「…話していないようだな。その様子では千鶴にもか」
「な、なあさっきから何だよ? 何で急に千鶴の話になるんだよ…。なあ鈴音!」
「…………っ」
鈴音は何も答えてくれず、ただ悔しそうに唇をかみ締めている。
何か言いたいことがあって、それでも言い出せない。そんな表情だった。