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男女で着ているものは同じなのに「女子の体操着」と言うワードにどこかトキメキを感じてしまうのは何故だろう。
体育以外着る機会の無かった体操着に手を通しながらそんな益体もないようなことを考えていた。
部室には珍しく誰もいない様だ。
文化祭の話し合いをしているクラスも多いくらいだしその影響だろう。
去年の夏以来久しぶりに足を向けた部室は以前と全く変わっておらず、なんなら俺の名前が入ったプレートのロッカーまである。プレート外せよ。
まあロッカーの数はそれでも充足しているようなのでもしかしたら卒業までこのままなのかも知れない、と苦笑しつつ部室を出る。
扉を開けると鈴音はやる気満々といった感じで笑顔を向けていた。
「ふふっ、圭吾と走るのは久しぶりだな。さあゆったり外周でもしようじゃないか」
「外周でそんな喜んでる奴初めてみたぞ…」
「そうか? 私は意外と好きだぞ。タイムも気にしないで景色を眺めながら気持ちよく汗を流せる」
「あー。まあそれはちょっと分かる気がする」
俺が専門を長距離に選んだ理由もそれに近いところがあるからな。
「君は1年間のブランクがあるからな。軽く流すだけにしといてやろう」
「そうしてくれ」
軽く言葉をかけあいながら校門へと向う。
校門から裏手にそのまま回り少し広めの公園に出る。通り抜けて住宅街を通りながらぐるりと一周すると丁度1kmほどだ。
大体外周ではそれをぐるりぐるりと回って5周ほどは最低でも走るのだが、果たしてそんな体力はあるのだろうか、心配である。
少し不安になりながらも校門のスタート地点に2人並びまさに出発しようとしたその時のことである──。
「──鈴音」
低く冷たい声がした。
鋭く無機質な声がした。
後ろから聞こえたその声は先程まで楽しそうだった隣の鈴音を瞬く間に硬直させた。
「おい、鈴音」
声の主は依然鈴音を呼んでいる。
それでも鈴音は中々後ろを振り向けなかった。
よく見ると鈴音の表情は真っ青で肩は少し震えている。
「ど、どうして……どうしてここに……」
小さな声で震えるように鈴音は呟いた。
俺はゆっくりと声の主の方を振り返った。
──そこには長身の細い体に高級そうなスーツを纏わせ、氷のように冷たい鷹のような眼光で俺達を無表情に見る初老の男がいた。