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カバンの中身は会計を済ませていない本が数冊、そのことに俺以外は誰も気づかない。
店員の呑気な「ありがとうございました!」という声が聞こえた。
そして、何食わぬ顔で先輩はコンビニの外へ──
「──待て」
行けなかった。
先輩の腕をガシっと掴んで逃さないようにしている者がいたからだ。
「君は買い物の仕方を知らんのか?」
その者は同じ制服を着た女の子で、ワッペンの色からして同級生だ。
肩まであるセミロングの黒髪とすらっとした健康的な身体付き、ピンと背筋の伸びた凛々しい立ち方は女の子なのにも関わらず格好良い。
「……は? んだよテメ」
年下の女の子に止められるとは思ってなかったんだろう、一瞬狼狽した顔を見せた先輩は鬱陶しそうに掴まれた腕を振り払おうとする。
だが、思いの外強い握力なのか女の子は掴んだ手を離さなかった。
「は、離せよコラ」
先輩が凄む、小さな声だった。
あまり騒がれると困るのは先輩なのだ。
「──だからどこへ行くつもりだ。レジはそっちではない」
だがそんなもの女の子は意に介する気もないらしい。
「さ、さっきから何言ってんの? 俺商品なんか持ってないんだけど。…お前後輩だよな? タメ口とか何調子のってんの? あんまナメたクチ聞くと女だからって──」
「──やかましいぞ」
ゾワッとした。威圧感という奴だろうか。その瞬間空気がまるで水を吸ったように重くなったのだ。
切れ長の大きな瞳は真っ直ぐに、そして鋭く強い眼光で先輩を睨み付ける。
まくし立てるように女の子に言葉を浴びせていた先輩がたったその一言と一睨みで何も言えなくなってしまった。
流石にその空気を感じ取ったのか店員が恐る恐る「あの、いかがなさいましたか…?」と声をかけた
やがて女の子は先輩を一旦離すとふむ、少々失敬と言いつつ先輩のカバンをぶんどり中身を開ける。
どさどさどさ!
床下に数冊の本が散らばった。
それを見た店員は初めてこのコンビニで万引きが行われたことを理解した。
「これでもう言い逃れは──」
再び女の子は先輩に向き直るも言葉は途中で消えてしまった。
氷のように無表情な顔から一転キョトンとした少し間抜けな顔を見せる。
そう、女の子が手を離した一瞬の隙をついて先輩はコンビニを飛び出して行ったのだ。
端的に言うと、逃げられた。