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と、しかしここで小さな問題発生。
「あ、しまった。箸がない」
「あ、そっか。…パンだもんな」
うっかり失念していた。
と言っても恐らく探せば弁当袋に割り箸か何かがあった筈。
「待ってろ、確かこの辺に……。──何してんの?」
鈴音は俺の方に身体を向けてじっと俺を見つめていた。
肌綺麗だなとかまつ毛長いなとか髪サラサラだなとかどうでもいい印象は次から湧いてくるのだが、よく行動の意味を飲み込めない。
「鈴音?」
「…君が口に放り込んでくれればそれで足りるだろうが」
口を尖らせそう鈴音がぼやいた。
え? それって…。
はい、あ~ん(はぁと)ってこと?
「べ、別に深い意味はないし、今は誰も見ていないだろう! 変な誤解も受けん!」
「ま、それでいーなら。ほれ、口開けろ」
小さな口にゆっくりと玉子焼きを放り込む。
実際俺達の間に甘酸っぱい恋人同士のような空気など流れない。
これだってその実ほぼ只の餌付けみたいな感覚だった。
ムードもへったくれもない。
「圭吾、君は幸せ者だな。こんなに美味しい玉子焼きを毎日食べれるなんて、罰が当たるぞ」
幸せそうに玉子焼きを咀嚼する鈴音はこちらも自然体のように感じる。
「兄の特権ってやつだな。──ほら、口開けろ」
「………試しにあ~んって言ってみないか…? な、なんて──おい、何だそのしかめっ面は!? 私には似合わないとでも言いたげだな!?」
「以心伝心してんなら何よりだ。ほれいいから口開けろって」
「むぅ………」
そして千鶴作のトンカツも食べさせてやる。
揚げ物の油が桜色のぷっくりとした唇についてテカっているのが艶かしい。
もくもくさくさくとこれまた幸せそうに食べた千鶴はペロッと小さな舌で唇を舐めとって、
「中にチーズが入ってるのか。どうやら圭吾の好みに合わせたな、…恐れ入る」
と感想を述べた。
その仕草が妙に色っぽかったので一瞬ドキリとしてしまうも、あまり気にしないことにする。
見た目だけは本当に可愛いから、気にしてたら心臓が持たない。
女の子として見てしまえば最後、俺は3日と保たずに鈴音に恋する自信がある。
第一印象からしてとんでもない女、でなければこんな関係にならなかったのかもな。
小さな風が吹いた。鈴音の長い髪が微かに揺れる
それを見てふと懐かしい思い出が蘇った──