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「千鶴も頑張れよ、じゃあ」
と言い校門に身体を向けると後ろからか細い声で「あ、あの…」という声が聞こえた。
「どうした千鶴?」
「えっと………実は…………な、何でもないです」
「? そ、そうか。じゃあまた家でな」
「…はい。それじゃあ」
そんな会話をした後俺はバイト先へ向かったのだ。
× × ×
思えば千鶴はこの時今日のこと──親父へのプレゼントのことを相談したかったのか。
心なしかしょんぼりしながら校舎へ歩いてく背中は多分そのことを切り出せなかった後悔からだろう。
その後は時間帯の違いで中々俺たちが接触する機会もなかったのだが、まさか、あんな夜遅くに千鶴からの来訪があるなんて。
きっとなけなしの勇気を振り絞って、頑張って俺の部屋を訪れたのだろう。
そんな些細な相談事にまで躊躇するほど人見知りなのか、はたまた俺が怖がられてしまっているのか。
──きっと両方だ。思わずため息をついてしまう。
といってもいままでの接し方を省みるにやむを得ない話か。
なんせ千鶴は、余りにも俺のことを知らなさすぎる。
そして俺も、千鶴のことを知らなさすぎた。
実際分からないのだ、どんな顔をして接すればいいのか、どんな立ち位置で付き合っていけばいいのか。
ほぼ会話もなかった後輩をある日突然妹として扱わなければならないというのは額面通り突拍子も無いし無茶苦茶だ。
そして逆も然り。きっと千鶴も全く同じことを考えていることと思う。
そういう意味では千鶴はきっと俺の唯一の理解者なのだろう。
せめて普通に会話するくらいには仲良くなりたいよな。
小さくて真面目でお淑やかで人見知りで、父親への誕生日プレゼントに真剣に頭を悩ませるくらい優しい女の子。
そして突然出来てしまった俺の妹。
その妹の初めての些細な、本当に些細な兄への相談事。
千鶴はもしかして戸惑いながら躊躇しながら、それでも前に進もうとしているのだろうか。
俺との関係を少しでも変えたいと、思ってくれているのだろうか。
──だとしたら。
俺に協力しない理由なんてものは、考えるまでもなくこれっぽっちもなかった。