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──翌日、そのまま手を繋ぎ合って寝てしまった俺達は実に照れくさい朝を迎えることとなる。
一晩中千鶴がいたせいか、女の子の良い匂いが僅かに部屋に残っていたがあまり気にしすぎると変態シスコン野郎の汚名を被せられるので、気にしないようにする。
あ、そうそう。これは後日談だが──。
親父達が帰ってくるまでの間俺はバイトのシフトを減らすことにした。
さり気ない感じで店長に相談してみたところ「この機にもっと青春を謳歌してきなさい。ホッホッホ」
と快諾してくれた。最後のホッホッホは言ってなかったかもしれないが。
そしてなんとそれは千鶴も同じだったようで、弓道部の顧問から「練習も大事だが家のことも大事だ」となったらしい。
その件に関しては鈴音も大層納得のご様子で
「可愛い千鶴が幸せそうで何よりだ」
と、カラカラ笑っていた。
そのことを千鶴に話すと会長らしいと小さく笑っていた。
そんな千鶴を見て、全くその通りだなと、つられて俺も笑った。
──今日もよく晴れたいい天気だ。
青空を見上げながら実に晴れやかな気持ちである。
すると間もなくちまちまと階段を降りてくる小さな影が見えた。
「お、お待たせしました…」
「いや、全然待ってないよ」
千鶴の鞄を渡してやるとそれをおずおずと受け取る。
「あ、ありがとうごさいます。──あ。兄さん、前髪にゴミが」
え? マジ? どこ? と聞く前に千鶴の端正な顔が急激に近くなる。
ふわっと石鹸の良い匂いがした。
「──はい。とれました」
「……ん。さんきゅ」
少しドキリとした。照れくさいのを隠すように顔を逸らしてしまう。
そんな空気がなんだかくすぐったかった。
「そろそろ行くか」
「そうですね」
あの日俺が助けた小さな女の子、千鶴は今どんな因果か俺の妹になった。
そしてあの日俺が握った手のひらをもう一度掴むことが出来たのだ。
俺達はきっとほんの少し変わった兄妹かもしれない。
けれども間違いなく千鶴は俺の大切な妹で、千鶴も俺の妹になれて良かった、と言ってくれた。
だから、俺達はもう1人ぼっちじゃない。
今はそう思える。
俺達は揃って、行って来ますを言うと2人並んでゆっくりと学校への道を歩く。
俺達の間に流れる空気にかつての気まずさはもうどこにも無い。
今は沈黙すらも、心地よかった。