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親父の仕事のことは理解しているつもりだし、毎日朝から夜遅くまで男手一つで息子を育てている父には尊敬の念すら抱いていた。
いつだったか、誰かが家族は助け合うものだと言っていた。
だとしたら俺が親父の負担を減らしていけばそれは「助け合う」ことになるんじゃないか。
少しでもそう思えるのではないだろうか。
あの頃俺はそんな風に自分に言い聞かせて、それで何もかもを我慢していた。
寂しいのも辛いのも、羨ましいのも怖いのも。
そんな息子の気持ちに気付いていたからなのだろうか、当時、いつも親父は申し訳なさそうにしていたように思う。
親父のせいなんかじゃないってのにさ…。
とにもかくにもだ。
その日もそんな何気ない1日だった。
愛の鐘が終わり、けんちゃんとユッキーが完全に見えなくなった頃俺も帰るか
と踵を返そうとしたその時。
「いやっ! か、かえして!」
遠くの方で小さな女の子が、そう叫んでいるのが聞こえた。
見ると、公園のブランコの方で低学年くらいの女の子が明らかに上級生だと思われる男の子に絡まれていた。
男の子の背中では、小さな女の子と同い年くらいの意地悪そうな笑みを浮かべているこれまた女の子がいる。
「か、かえして! それかえしてくださいっ!」
必死に叫び上級生から何かを取り返そうとするも、まず上背が違うので背が届かない。
その上級生がバンザイをするみたいに手を上に上げると女の子は背伸びしようが飛び跳ねようが肘先にすら触れられなくなってしまう。
「おまえ、これ無いと帰れないんだってな」
ニヤニヤと心底意地悪そうにその上級生は笑った。
「うちの妹に謝ったら、これ返してやるよ」
その後ろで妹と呼ばれたらしい女の子は「ほら、早く謝んなよ」とせっついている。
あの意地悪い笑い顔がそっくりなのでまず間違いなくあの2人は兄妹だろう。
決してほっこりはしないが。
「わ、わたし悪くないもんっ! わたし、何もしてないもん!」
ほとんど涙声のように小さな女の子は叫んだ。
「はぁ? あんたがヨシキ君に好きって言われてたの見たんだから! 私がヨシキ君好きって知ってたくせに!」
どうやらあの妹の好きな男の子が女の子のことが好きだと判明してこんな事態になったようだ。
子供ながらに理不尽だろ、と遠目で嘆息した。