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ほう、と息を1つ吐いて落ち着いた声色のまま千鶴はそう言った。
俺の返事を待たずそのまま千鶴は話を続ける。
「初めて会った時のこと、覚えてますか?」
「あ、あぁ。4人で初めて食事に行った時のことだろ?」
彫刻のようにガチガチに緊張した親父と、30分もせず打ち解けてしまった俺と母さん。
そしてやはり彫刻のようにガチガチに緊張していた千鶴。
あの当時は目も合わせてくれなかったっけ…。懐かしい。
しかし千鶴は静かに一言「いいえ」と呟いた。
「やっぱり──覚えてないんですね…兄さんの……ばか」
「あ、あれ? それ以前に俺と千鶴に接点なんてなかっただろ…?」
俺個人では千鶴を知っていた。
生徒会会計にして、弓道部期待のエースと評判の女の子。
その活躍ぶりは実はかなり有名だった。
だが、学年が違えばこれといった接点などない。
遠巻きに見かけることはあっても、それ以上のことなど無かったはずだ。
当然千鶴がろくに目立ちもしない俺を知っていた、とも思えない。
まさか気付かないうちに何かやってしまっていたのだろうか。
…記憶にない…。
「──出会ったのはその時じゃないです」
そうはっきりと千鶴は告げた。
取り繕うにもやはり上手く言葉が出ない。
いくつか記憶を探っても俺と千鶴の記憶の始まりは、やはり食事会からだった。
やがて、千鶴が再度口を開いた。
「……兄さんが兄さんになる前……ううん…せんぱいになる前から……私達は…出会ってるんです」
──先輩になる前。
そのフレーズにふと、フラッシュバックのように何かの記憶がよぎる。
千鶴の言葉にほんの少し、ほんの少しだけ引っ掛かる何かがあった。
記憶をさらに過去まで遡らせる。
高校からの、ではない。
それよりもっと、もっと前。
゛私は、私の名前は──゛
──瞬間、俺の靄がかかったような記憶の中にポツンと、「ある小さな女の子」の影が浮かび上がった。
ガバッと起き上がる、暗闇の中にも関わらず俺は千鶴の顔をしばらくそのまま見つめていた。
「え………マジで………?」
「思い出しましたか…?」
闇に慣れてきたからか、ぼんやりと千鶴の表情が分かった。
千鶴は、微笑んでいるのだ。
「私達は……子供の頃一度だけ──会ってたんです」