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「ど、どうした? 千鶴?」
「い、いえ。なんでも…」
と言ったものの千鶴はピクリとも動かない。
「もう少し後に入りたいのか?」
「えと…そういう訳でも…」
なんとなく千鶴の歯切れが悪い。
更に言うと目はバタフライの勢いで泳いでいる。
「もしかして浴場で1人になるの……怖いとか?」
「…………うぅ……」
さっきのどんだけ怖かったんだよ、本当に。
「ち、違うんですっ! ……これは……違うんですよ……ぜ、全然怖くないですよ…! こ、子供じゃあるまいし…」
流石にプライドが許さないのか頑として認めない千鶴。
でも千鶴ちゃん? さっきから君ずっと俺のシャツの袖掴みっぱなしだからね? 伸び伸びだからね?
あと完全に怯えた子犬みたいな目してるからね? プライドもクソもないからね?
ふう、とため息をつく。さてどうしたものか。
「じゃあ先に俺が入るから、千鶴は入りたくなった時入れよ」
そう言い立ち上がろうとする。が
「っ!!」
ぐいっ!
「うおっと!」
千鶴はシャツの袖を離してはくれず立ち上がることは出来なかった。
「ち、千鶴さん?」
「…………っ」
あからさまに目を逸らすな、こっち見ろこっち。
「………ごめんなさい……」
うなだれながら小さな声で謝る千鶴。
ただし掴んでいる袖は決して離してはくれない。
断固としてその手を離すつもりがないことに対してのごめんなさいなのか。
それともこんな状況になってしまったことへのごめんなさいなのか。
判断に迷う所だった。
実際千鶴がどうしたいのか、俺に何を求めているのかよく分からない。
出来るだけ優しく俺は千鶴に語りかける。
「な、なあ千鶴、離してくれないと俺どこにも行けねえよ」
「………うぅ」
「いや、確かに怖かったけどさ。大丈夫だって。もしなんかあったらすぐ駆けつけるから。な?」
「…………さ……い……」
「ん? 千鶴?」
「……か……さい…」
蚊の鳴くようなか細い声でぼそぼそと呟く千鶴。
最初はよく聞き取れなかった。
「ん? 何だって? ごめん聞こえなかった」
すると、千鶴はシャツの袖をより一層ギュッと掴み、顔を見上げて縋るような視線を俺に向けてこう言った。
「──どこにも……行かないでください……」