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「なあ圭吾、私は君が中学時代からあんなに必死に打ち込んでいたのを知っている。そんな君が大した理由もなく走るのを辞める? 有り得ない!」
「買い被りすぎだ。そこまで必死だった訳じゃなかったさ。大体そんなの別に珍しいことじゃないだろ、他の奴らだってもっと適当に──」
「私は、君だから有り得ないと言っているんだ」
断言。大真面目らしい。
随分変な信頼を寄せられていること。
何故か鈴音は妙に俺に期待をする時がある。
根拠も何もない意味不明の絶対的信頼。
その期待や信頼は、心地よくもあり時に重くて痛かった。
「…そいつも買い被りすぎだよ」
「…はあ……全くのれんに腕押しだな…」
目を細めて、もういいと諦めたように、あるいは呆れたように鈴音はため息を
つく。
「この際陸上部のことは今はいい、ただそれはそれとしてだ、せめてもう少し千鶴の側にいてやれないのか?」
「おい急に話がガラッと変わってないか? なんでいきなり千鶴の話題になんだよ?」
「先ほども言ったろう、千鶴は…まあ隠しているつもりなのだろうが…寂しがっ
ている」
「千鶴が…? いやまさか、そんな小さな子供じゃあるまいし」
「そうだな…」
本当に小さな子供のようだ、と鈴音は呟いた。
まさか、と言いつつも心当たりは俺自身にもあったことだった。
子供の頃、何度も体験してる誰もいない家。
ただいまもおかえりもなく、夕食も1人で、静寂と暗闇がやけに怖いあの感
覚。
恐らく俺と千鶴はそれこそ、毎日のように経験していたことと思う。
そして今、両親が共に旅行へ行き、俺と2人きりの生活。
だが生活サイクルも何もかも噛み合わない俺達は一緒にいないことの方が多い。
「本人すらあるいは自覚してないかもしれないがな」
「いまいち釈然としないんだな」
本人の預かり知らぬ所での話だしな。
「とにかく、もう少し妹の事を気にかけてやれ」
そう言い、肩をぽん、と叩いた。
「千鶴はあれで、君を信頼している」
「……だといいけどな」
照れくさいのでそう言うとふふっと鈴音は小さく笑った。
「信頼には応えてやれ。──兄さん」
「……その呼び方やめろ」
ともあれ、肝には命じておかねば。
鈴音に軽く礼を言い、俺はその場を後にした。