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後片付けくらい俺にやらせてくれと頼み込んだお陰でなんとか俺は洗い物をすることが出来ている。
あいつの夫になる奴は気をつけないと家では妻がいないと何も出来ないダメ亭主になりそうだぞ。
甲斐甲斐しく世話を焼いてニコニコ顔の千鶴を想像して思わず涙ぐんでしまう。
「だ、大丈夫ですか!? 洗剤、目に入りましたか!?」
そんな俺を見て千鶴がこちらを心配そうに見つめている。イカンイカン!
「あ、あぁ。いや違う違う。ちょっと遠い未来に想いを寄せてしまってな…」
「は、はぁ…」
小さく首を傾げながらテレビの方へと向き直る千鶴。
危ない危ない。危うく変な奴だと思われる所だった。
丁寧に食器を洗い、汚れがこびりついてないかしっかり確認してから指定の食器置き場に置く。
小さい頃から親父のいない日は毎日やっているので慣れたものである。
量も殆どないので10分もせず片付け終わり俺はリビングに戻った。
戻った瞬間千鶴が小動物のように一瞬ビクッと反応した、と思ったら次は微動だにしないようになりガチガチに緊張した面持ちで一心不乱にテレビを凝視している。
何これ、千鶴そんなテレビ好きなの?
「あー。…なんか面白いの、やってる?」
「い、いえ。と、特には…」
あんなに真剣に見てたのに?
まあ確かに画面の中では少し前に流行ってそれ以来あまり見なかったお笑い芸人が京都らしき場所を大袈裟にリポートしてるだけだった。
「そ、そうか」
「は、はい…」
「「…………」」
そして、沈☆黙。
未だこういう空気に慣れていない。
ホントに通じ合ってる家族とか友人って「沈黙」すらも心地良いとかって言うだろ?
俺達2人はまだそのレベルにまで達していない。
ともすればそんな仲良くない友人レベルだった。
そして突然千鶴は思い立ったかのように立ち上がった。
「そ、そうだ! 私ちょっと走ってきます!」
「お、おぉ! 気をつけろよ!」
「は、はい! では兄さん、また後ほど!」
言うやいなやたっかたかーといった感じで自分の部屋に戻り、10分後くらい
に学校指定のジャージに着替えた姿で「い、行ってきます!」と言い放ち千鶴は外へ出ていった。
もしかしなくても、逃げられたよな…。
1日目からこんな調子だったら、先が思いやられるな…。
またひとつ、ため息がこぼれてしまう。