19P
「えへへ、兄さん照れてます?」
「照れてるよ、悪いか」
イタズラっぽく顔を覗き込む千鶴の頭を照れ隠しにわしゃわしゃする。
「ひゃあ! 兄さん髪ぐちゃぐちゃになっちゃいますー! やーめーてー!」
そう言いながら抵抗しない千鶴は割りと楽しそうなので少しの間わしゃわしゃは止めてあげなかった
暫くそうしてじゃれ合った後、千鶴が髪を手櫛で直しながら「もう、兄さんの意地悪」と口をへの字に曲げる。
「うぅ、褒めたのに」
「褒められるような事じゃないよ。──きっと俺1人だったらこんなに上手く行かなかった」
「そう、でしょうか?」
「あぁ、俺が頑張れたのは千鶴の後押しがあったからだ。だから千鶴のおかげでもあるの」
やっぱり俺はかっこいいヒーローにも主人公にもなれない。
きっと殆どの人間は一人きりでは大したことは出来ないのだと思う。
大切な人達の応援や力添え。
後押しや励ましがあるから人は頑張れる。
俺にとってその相手は妹である千鶴だった。
だから千鶴なしではきっと何も出来なかったと俺はそう思ったのだ。
「えへへ、じゃあ私もお役に立てたんですね」
「もちろん。まだやらなきゃなんない事はいっぱいあるけどな」
「きっと大丈夫ですよ、私と姉さんも、姉さんとお母さんも」
千鶴のその表情は穏やかで、とても幸せそうで。
こちらも幸せにさせてくれるような気にさえなる。
「姉さんはまだリビングに?」
「あぁ、母さんと話し込んでるみたいだよ」
「それは……良いことですね」
囁く千鶴に笑顔を返す。
「千鶴もいっぱい色んな事話せよ、せっかくの姉ちゃんなんだ」
「──はい!」
そうして、俺達はお互いが眠くなるまでまた他愛もない話を続けた。
今までの事、これからの事。
来たるべき学校祭へ向けての事や、明日のお弁当の中身。
特に修学旅行の話は今年まさに行くことになる千鶴にとってはかなり興味深い話だったらしい。
そんなありふれた時間をこれからも何度だって過ごすことが出来る。
きっと俺がいつか家を離れたって、いつか千鶴が結婚することになったって、それは変わらない。
これからは姉である鈴音ともこんな時間を過ごして欲しい。
そして願わくば千鶴と鈴音にそんな幸せな日々がいつまでも続いて欲しい。
心の底から、そう思えた。