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いつか話した通り、佐倉家は比較的に家族仲がいい。
特に千鶴が俺に懐いてくれるようになった今となっては家族間での悩みというものは殆ど解消されたと言って良いだろう。
けれどそれはあくまでも最近の話だ。
確かに仮に俺が上京するにしてもまだ時間はあるしマメに戻ってくるつもりもあるのだが、それで離れるとまた縮まった距離が開いてしまうのでは無いだろうかなどと不安にもなっていた。
懸念点はそこだけではない。
母さんと鈴音、また鈴音と千鶴の事も心配とまでは言わないにしてもやはり気になる。
それならばいっそこの街に残るという選択肢だってあるのだ。
一方で着実に良くなっている家族関係に安心し、家を出ていっても上手くやっていけるのでは無いだろうかという考えもある。
矛盾しているようで実に難しいが、今の俺はまさに宙ぶらりんの状態だった。
まだ少し先の話ではあるもののいずれはその時は確実に来るのだ。
自分の考えはしっかりとまとめないと。
そんな思考を片隅に俺はノートにペンを走らせ、ひたすらに問題集を解いていく。
──それから1時間は経っただろうか。
俺の耳に控えめなノック音が届いた。
誰か来たようだ。
ペンを置き、腰を上げると身体のどこかの関節がパキッと小気味いい音がした。
どうやらいい感じに集中出来ていたらしい。
そのままドアの前まで行きノブを捻りながら開けると。
「に、兄さん……起きてましたか……?」
先ほど酔いに酔った挙句寝落ちした妹、千鶴がどこか申し訳なさそうにちょこんと立っていた。
「千鶴、起きたの? 俺は起きてたけど……て言うか……大丈夫か?」
そんな言葉をかけると千鶴は頬を紅潮させ、慌てたように手を振った。
「だ、大丈夫です、その、さっきは、えっと」
しどろもどろになる千鶴のわたわたしてる様を拝む事たっぷり30秒。
「ご、ごめんなさい!!」
ぺこりと頭を下げられた。
「わ、私、さっきは頭がぼぉーっとして、凄くフワフワして、訳がわからなくなってたんですけど……お、起きて冷静になると……と、と、とんでもないことを兄さんに……」
あー記憶に残るタイプだったかー。
それは何ていうか、さぞ恥ずかしいだろう。
これでもかと言うくらい顔を赤くした千鶴は多分犬だったら耳や尻尾がしゅんと項垂れていたと思う。