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「私は……あなたや、千鶴の……家族になっても……いいんですか?」
鈴音の瞳からも涙が落ちる。
今日の鈴音はきっと今まで生きてきた中で一番涙脆い。
けれどもそれは決して悪いことではない。
今まで鈴音はたった1人で、泣きたい時にも泣けず、助けてくれる人だっていない中必死に頑張ってきたのだ。
母とも離ればなれになり、父からも愛情を注がれず、鷲津さん等鈴音の味方であった使用人のお陰で何とか人格を曲げずひたむきに生きてきた。
背筋を伸ばしてばかりの人生だったろう。
心休まる時は少なかったろう。
だから今日くらいは、今この時くらいは鈴音は弱くなったって構わない。
張り詰めたその力を抜いたって、誰も文句は言えない。
鈴音は瞳から涙を流したまま母さんの背中に回した腕に力を込め、躊躇いがちに母さんに問いかける。
「私を……愛してくれますか……?」
その小さな、消えてしまいそうな声に母さんは、
「当たり前じゃない……」
刻みつけるように強く答えたのだった。
──俺がその場に居て見た光景はそこまでだ。
後に、鈴音と母さんはそれから失った時間を埋めていくように色々な話をしたと言う。
俺と親父は2人きりにさせてあげたくて席を外したのでどんな話をしたのかまでは分からない。
けれど、きっとあの2人はもう大丈夫だ。
きっと家族に戻れる。
そんな確信めいた、少し感傷的な気分になる俺だった。
ちなみに席を外した俺と親父は2~3会話をした後、話すこともなくなったので早々に自分の部屋へと戻った。
割とドライに見えるかもしれないが、父親と息子は案外そんなものだし、仲が悪い訳では全く無いのであまり気にしないで欲しい。
──そして、自分の部屋にて椅子に腰掛け、時計を確認するとまだ22時前。
寝るには少し早い時間帯だった。
さて、どうしたものかと考えこむと、丁度目の前の参考書が目に入る。
そういえば今日は勉強してなかったな。
むしろ学校にすら行っていない。
折角なので少し受験勉強でもしておこうと俺は机に向き直り、問題集と参考書を並べる。
ちなみに余談だが、実は最近進路について少しだけ悩んでいる。
都会への進学を目標にしていた俺だったが、正直に言うとようやっと妹と仲良くなり始めた矢先に家を出てもいいものかと考えるようになっていたのだ。