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「おっと悪い、話がそれたな。そういう訳でさ、蔵人とは顔見知りだったんだ。……最後にあいつに会ったのは死んだ嫁の葬儀場で、まだ赤ん坊だった君を抱いた百恵ちゃん。……母さんを連れて来た時だったよ」
「圭吾の母親の……」
鈴音が呟いた。
俺を産んですぐに亡くなってしまったお袋。
俺が物心つく前の話だから、お袋の記憶は全くない。
写真で顔くらいは知ってはいるが、声も、仕草も、どんな人だったのかさえ分からなかった。
「君と俺達が出会ったのは、それが最初だったんだよ。まさかこんなに美人さんになっていたなんて驚きだったけど」
感慨深そうに話す親父の語調はひどく優しいものだった。
「母さんからも鈴音ちゃんの事は聞いていた。……母さんはきっとあまり話したがらないだろうけど、君の親権を取れなかった事をずっと気に病んでいてね。話し出すと最後には……君を案じて泣いてしまうんだよ」
「…………」
「勝手な話かもしれないし、関係のないオッサンが何を偉そうにと思うかもしれない。──けれど、母さんの事、恨まないでやって欲しい。……そして、出来れば母娘に戻って欲しい…………俺は今、そう思ってるよ」
「…………はい……母を恨んでは……いないです」
掠れそうな小さな声で鈴音は一言だけ返す。
それきり鈴音はまた俯いてしまった。
親父の言葉を聞いて、思うところはいくつもあるのだろう。
親父が言った願い。
きっとそれは親父や母さんだけじゃない。
俺や千鶴だって望む事だ。
母さんだって鈴音を見捨てようとした訳じゃない。
そんな事は誰だって、鈴音にだって理解出来ている事だ。
けれども、鈴音の心がそう割り切れるかとなると、それはデリケートな問題になる。
それは勿論母さんにもだ。
親父は答えを急かすことはせず、ゆっくりでいいさと鈴音の頭を撫でる。
鈴音の表情は横髪に隠れて、うかがい知ることは出来なかった。
× × ×
「お待たせしました!」
千鶴の声と共に運び込まれる料理の数々。
綺麗に飾られたサラダに揚げたての唐揚げと春巻。
ちらし寿司までテーブルに次々と。
……気合入れすぎじゃね?
だが、テーブル上の料理はどれも美味しそうで腹の虫は先程から鳴りっぱなしだ。
「デザートもありますからね」
鈴音に微笑みかける千鶴はとても嬉しそうである。