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「鈴音ちゃんの事はさ、実は少しだけ知っていたんだよ」
「……え」
「赤ん坊の頃だけどな、あの蔵人に娘が出来たって当時は驚いたもんさ」
懐かしそうに語る親父。
というか、さっき気安く「アホ蔵人」とか呼んでた事と言い、親父の奴まさか。
「親父、鈴音の父ちゃんと知り合いだったのか……?」
「ん? 言ってなかったっけ? 前の旦那とは古い友人だったって」
俺と千鶴が初めて2人で買い物に行った辺りでそんな事に触れたような気もするけど。
誰がそんな古い伏線覚えてるんだよ。
そんな伏線とも呼べないような新事実に俺と鈴音は声も出ない。
「俺と蔵人、そして死んだ俺の元嫁は高校の同級生だったんだ。いつも3人一緒で中々楽しい青春時代だった、当時は蔵人もあそこまで鉄面皮じゃなかったしな。──決定的に変わっちまったのは……高校3年の頃、あいつの志望してた大学への入学を花菱のお偉いさんが邪魔して、取り消しになった事からだったよ。以来あいつとは滅多な事じゃ会えなくなっちまった」
親父はどこか悲しげな、故人を悼むような口調だった。
鈴音は居心地悪そうに身をよじると小さく咳払いをして親父を見据える。
「私の父にも、ああなったのは……何か事情があったのだと……そういう事ですか?」
それは暗に「私にあの男を許せと言っているのか」という非難の言葉にも聞こえた。
いや、それはもしかしたら俺の思い過ごしかもしれなかった。
鈴音は単純に事実確認としてそんな問いを投げかけただけかもしれない。
そう聞こえてしまったのは、きっと俺自身が親父の言葉に「蔵人を許せ」と言うニュアンスを感じ取ったからだ。
だが。
「んにゃ?」
親父はそれを一言で否定する。
「あいつの事情なんか知ったことじゃないしどんな事情があったって娘の人生を踏みにじるなんて親のする事じゃない。蔵人を庇うつもりなんて俺は微塵もないさ」
ただ、と親父は言葉を付け足す。
「俺は悲しいだけなのさ、自分が親友だと思っていた男が、妻と娘を捨て、更に残った娘にすら酷い仕打ちをするようなクソッタレになってたことがさ。──そして、1番悲しかったのは、1番蔵人が傷つけちまったのは他でもない鈴音ちゃんだ」
その事が俺は、とても悲しいと、親父は小さく呟いた。
俺達を心配させないように笑顔で。
けれどもその笑顔は、少し悲しそうでもあって。